渇望ドッペル
久しぶりの投稿になりますが、今回は短編小説を
書いてみました。わりと暗めの内容ですが、
是非楽しんで頂ければ幸いです。
私は都内の大学に通う、大学二年生。
特別頭がいいわけでも、特段顔がいいわけでもないけれど、そんな私でもチヤホヤされる場所がここにはある。大学に入って見つけた私の居場所、
「漫画アニメ研究サークル」。
私はいわゆるオタサーの姫、みんなに可愛いと思われなくてもいい、それならばいっそ一部の人に刺さる『私』を演じようと思い、入ることを決めた。
高校時代の私はそんなに目立つ方でもなく、友達も多くなかったけれど、一部の男子から向けられる視線や優しさから得られる優越感が心地よかった。
その視線や優しさの裏にいかなる劣情を孕んでいても、私は見て見ぬふりをした。チヤホヤされたい、その欲望は日に日に増していき今に至るのだけど。
そこで私は大学デビューなるものを考えた、目立つ方じゃなかった私が目立つ方法を。普通の男子を数多くはべらせるなんてできるとも思えない、私は身の程を知っているから。等身大の女の子を知らないでいて、かつ女の子に理想を抱いている男達の居るところでその人達の好みの女の子を演じることができれば私でもお姫様になれると。私は多くは望まない、もてはやされればだれであろうと心地いいのだから別にかっこよくなくていい。
その為にまずオタクが好きそうなファッションや髪型、仕草を研究した。
髪は長く伸ばして姫カット。全体的にフリルの多い服で、下は必ずスカートにニーハイソックスかタイツ。清楚な方がオタク受けがいいので下ネタは分からない振り、あからさまだと不思議に思われるのである程度は反応してあげることでナチュラルな清楚さを演出する。
「うんうん! 川田くんって色んなこと知ってて尊敬しちゃうな」
話し方はあざとさ全開で名前を呼ぶときはくん付け、常に会話は受け身で共感した振りをする。
「えっそうかなあ? へへへ、やっぱり愛梨ちゃんは優しいなあ!」
最悪内容を理解する必要はないので、とりあえず賛成しておけば上機嫌になってくれて扱いやすい。
最初はこのオタク達に体が拒否反応を示すこともあったけれど、慣れたらお菓子やお茶を出してくれるし何よりチヤホヤしてくれる。
この服が欲しいとかここに行ってみたいとか、金銭が発生する頼みでも大抵一緒に着いていって上目遣いでお願いすれば買い与えてくれる。
不安だった大学デビューも無事成功して、気持ちの悪い下心丸出しのオタク達にとは言え、毎日チヤホヤされて安定したオタサーの姫ライフを送っていた私に転機が訪れた。
人に可愛いがられるだけが楽しみだった私が、恋に堕ちたのだ。
見た感じ180cm程のすらりとした長身にシュッとした目鼻立ち、それでいて恋愛慣れしてる雰囲気のあるイケメンだった。これが恋と呼べるものなのか、今までこんな経験がなかったせいで私には分からないけれど、一目見ただけで心を奪われたような気がした。
とりあえず情報収集から入ろうと思ったけれど、ここの人達に聞いても大した情報は持っていないかもしれない。
「あっ、ねぇ高橋くん達って織田さんのこと知ってるかな……?この前織田さんの落し物を拾っちゃって……どういう人か知らないから渡すのちょっと怖いんだよね」
守ってあげたくなるような庇護欲を刺激する上目遣いも忘れずに。
「あーあのいかにも遊んでそうなお方でござるね。うーむ、拙者はあのような殿方は怖くて近付けないでござるが愛梨ちゃんは優しいですな」
「そっかそっか! ありがとね♡ 一人で頑張ってみる!」
最初から期待なんてしてなかったけど案の定まったく使えない。
どうしようもないので勇気をだして私の方からコンタクトを取ってみる。もちろん落し物なんて存在しない為、わざとらしく余所見をしてぶつかってみることにした。
——どんっ。
どうしたものか、思いのほか強くぶつかり過ぎてしまい、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
「……ったたぁ。大丈夫? 怪我とかない?」
「あっ、ごっごめんなさい……! 大丈夫です。ありがとうございます……」
「気を付けて、次からは余所見しないようにね」
「は、はい……♡」
そのまま去られてしまったけどやっぱり近くで見るとかっこいい。それになんて優しいんだろう。
それをきっかけにその後会う度に話しかけていき、少しずつだけど距離を縮めていくことに成功して一緒に飲み会に行って貰えることになった。
「七瀬愛梨です、今日は皆さん仲良くしてくださいね♡」
「うお、愛梨ちゃん可愛い! 今彼氏とかいないんですか?」
「やめろよ、愛梨ちゃんが困ってるだろ」
私のこのキャラはある程度普通の人にも通用するのかもしれない。
いつものあの人達にチヤホヤされるのとは違う優越感がある。
好きな人と一緒に居られるのが楽しくてつい遅くまで飲んでしまい、一人ではたてない程にまで酔い潰れていた。
「一人で大丈夫? じゃないよね、送ろうか?」
そう言って家まで送ってくれた。帰り道、橋の上から見える夜景や、アルコールが気持ちを高揚させていく。
まだ早いと思ってた。それなのに気付けば勢いで告白してしまっていた。我慢できなかったんだ。
「あ、あの……織田さん。初めてぶつかったときから好きでした。付き合っていただけませんか……?」
もうとっくの昔に慣れてしまったはずの、こんなときにこそ出て欲しいあざとい私じゃなく、本当の私のままだった。
きっとどれだけ演じようとも演技は演技で、どこまで演じていこうが本当の私は変わらないんだと実感した。
「初恋は実らない」
よく聞く言葉、でも私には関係ないと思ってた。こんな格好をしてあんな私を演じてあの人達にチヤホヤされて浮かれていたんだろう。
そんなネガティブな想いばかりが走馬灯のように私の頭の中を駆け巡る。
「いいよ、付き合おっか」
答えは思ってたものとは違い、晴れて私達は付き合うことになった。
付き合い始めて一ヶ月がたった。サークルに行く機会はめっきり減って付き合ってからは、2、3回程しか顔を出していない。
何故急に来れなくなったのかと問われることもあったけど、オタサーの姫としてやってきたからにはだれかと付き合ってるなんて知られない方がいい。
家族が入院しているからお見舞いに行っていると言ったら簡単に信じてくれた。
「ありがと♡ 本当にごめんね……? また顔だすから……!」
「いつでも待ってるでござるよ!」
それから数日後、織田くんに予定があると言うので暇を潰しにサークルに来ると、いつも優しく出迎えてくれるのに何故か全員殺気立っている。
普段私にこんな顔なんて見せたことなんてなかったせいで尚更不安を煽られる。
「みんな怖い顔してどうしたの……?」
「愛梨ちゃんコレ聞いて」
そう言って一人がスマホの録音画面を差し出した。
そこから聴こえてきたのはこの前一緒に飲んだ人達と彼の声だった。
「お前そう言えば愛梨ちゃんとはどうよ」
「ちょっと可愛いかったから付き合ってみたけど、キモイオタクにチヤホヤされたくてあんなサークル入ってる癖にオタクのことボロくそ言ってるクソ女だからさあ」
「まじ? オタクくん達かわいそー」
「しかもこの前キスしたときも下手すぎて牛タン舐めてる方がマシなレベルだったわ」
そこで男は再生を止めた。
「なに、これ……」
「昨日酒を飲みに行ったら隣から聞こえてきたんだ」
頭の整理がおぼつかない。理解出来ないのではない、したくないだけだ。
そんな私に男は尋問を始める。
「俺らのことボロくそに言ってたって本当?」
「そんなの言ってない……みんな優しいし大事な人だもん。言ったりしないよ……」
第一私が誰かの前でこの人達の悪口を言った覚えなんてない、事実無根だし冤罪だから認められない。
「そんなこと言って心の中では今までも軽蔑してたんだろ!」
「俺らもばかじゃないから薄々気付いてたよ、ばかにされてることも利用されてることも。傍から見ればそりゃキモイだろうし、でもだからこそ君のためにやれることはなんだってしてきたんじゃないか。こんな僕らにも愛想振り撒いてくれる君だから君の言うことはなんだってばかみたいに信じてきたのに……ッ!」
「違……本当に思ってない……っ!」
言葉が思うように出てこない。でも恐らくいくら言葉を重ねようとも彼らの誤解を解くことはできない。
「いいから待てよ!」
「ちょ……やめて! 触んないでっ気持ち悪い……!」
「やっぱり思ってたんじゃないか!」
急に腕を掴まれて反射的に出た言葉がまた私の首を締め上げる。
どう足掻いても無駄でしかない言い訳しか出てこない。
「い、今のは違うの!」
「どうせ僕らのものにならないならどうなってもいいや……」
「嘘……やだ、助けて織田くん!」
このままじゃいけない。一対一でも逃げれるかわからないのにこの人数じゃどうしようもない。でもこんなときに頼れる人なんて゛もう゛居ない。
「あの男ならどうせ他の女と遊んでるよ」
男達はもう目と鼻の先まで迫っている。もうだめだと悟って目を瞑る。
「すみません、漫画アニメ研究サークルということで見学に来たんですけど」
すると、運良く見学に来た人が助けを呼び、事なきを得た。
あと少しでも遅かったら何をされていたかも分からなかった。そう 考えるだけで震えが止まらない。
「本当にありがとうございました……」
「見た目、随分変わったね。前より可愛くなった。でも僕は昔の君が好きだったな」
そのまま立ち去ろうとする彼を引き留める為の言葉を探す為に記憶を辿る。
聞き覚えのある声と見た目はだいぶ変わってるけどきっとあのときの……。
「待って。高校のとき優しくしてくれた紫苑くんだよね……? その、久しぶりだね……あはは」
「覚えててくれたんだ、ありがとう七瀬さん。やっぱり今も僕は君のこと好きみたいだ……じゃあもう行くから。さようなら」
覚えてるに決まってるじゃないか。取り柄なんてない私に声をかけてくれたのも、優しくしてくれたのも全部彼が初めてだった。彼の優しさは劣情なんて混じっていない、純粋な憧れだったはずだ。
それを勘違いして大勢をはべらせて気持ちよくなって利用して、挙句の果てには自分が利用される側になって。ばかだ、大ばかだ、吐き気がする。
「待ってってば……っ!」
怒気の混ざった声が虚しく室内に反響する。
彼に対しての怒りじゃない。私に対してだ。
気付くと彼の姿はもうそこにはなかった、床には水滴が数粒、タイルの上で留まっていた。
私のものではない、彼の涙だ。
数日後、私はあのときのことをちゃんと話に行く為に織田くんの家に行った。
あんなことを影で言われていたのは正直もう立ち直れないくらいショックだった。
でも織田くんが言ったことは何も間違ってないから。自分だって散々あの人達のことをはべらせて、心の中ではばかにして幾度となく罵詈雑言を浴びせた。
人にされて嫌なことを先にしたのは私だ。だからこれは天罰だ。
これからは心を入れ替えて元の私に戻ることにした。きっといちから話せば分かってくれるはずなんだ。
——ピンポーン。
「あれ、出ない」
——ピンポーン。ピンポーン。
何度鳴らしてもやはり出ない。電気は付いてるし声も聞こえてくるのに。
「鳴ってるけど出なくていいの?」
「あー昔の女、もうしつこいから振ってくるわ」
そんな会話が聞こえてきて数分後に少し乱れたシャツとそれを隠すように、あるいはバレてもいいと思っているのか、ジャンパーを乱雑に羽織り彼は私の前へ現れた。
「ごめん、もうお前と付き合うの無理だわ」
「待って。ちゃんと話そうよ、その為に来たの」
「あれ、なんか雰囲気変わったね。まあいいや、今いい所だからばいばい」
そのままドアを閉められて鍵をかけられた。
情状酌量の余地すら与えてくれなかった。分かってはいた。そんな気はしてた。捨てられて当然だもの。
もう私に居場所なんてないのかもしれない。
こんなときだからこそ、こんなときですらだれかに頼りたくなってしまう。
どうしようもない私に嫌気が刺す。他人は嫌になったら離れられるけど、自分のことだからどうしようもなく腹が立つ。
ふと思い立ち連絡先の一覧を眺めていると、あった。紫苑くんの連絡先だ、最後に話したの二年前か。
今でも私のこと覚えてて、好きだとも言ってくれた。
電話したら出てくれるかな……縋ってもいいのかな……。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
音声アナウンスが流れると同時に小さな嗚咽が漏れた。
「うっ……ぐすっ……うぅ……あぁぁぁぁ……」
遂に耐えきれなくなって咽び泣く声が辺りに響いた。
通り過ぎゆく人達の中には心配して声を掛けてくれる人もいた。
嫌だ、恥ずかしい。こんなのだれにも聞かれたくない。見られたくない。
それなのにだれかに慰めて欲しい。傍にいて欲しい。
これはバグだ、理に叶わない。
昔の私に戻ろうと決めたのにやっぱり変われない、いつの間にかこっちの私になり変わっていたんだ。
いつからだろう、心にぽっかり穴が空いて満たされなくなったのは。
常に愛情を注がれていなければ零れ落ちていく。
でもその愛情すらも、いつかは小さな綻びができて離れていってしまう。
「そっか、私はただ愛されたかっただけなんだね」
私が選んだ選択によって今がある。それで誰かを恨むのはお門違いだ。
だから私は選択を続けていく、もう間違えないように。この選択が間違いではないことを願って。
来世が存在するならば、今度はちゃんと幸せになってね。
バッドエンドと短編小説ということで初めての試みでしたが、お読み頂きありがとうございました。
ここからは解説になります。
タイトルの渇望ドッペルですが、まず渇望には、
心から望むことや、待ち焦がれるという意味があります。
そして「ドッペル」は、ドッペルゲンガーからとったものでドイツ語でdoppelとなります。
意味としては「二重」、「生き写し」、などがあり、
別の自分になり変わるという意味合いで使用しました。
名前については本文が完成してから考えました。
主要のキャラクターは全て花言葉から考えているので花言葉の説明だけさせてください。
主人公の名前である愛梨の「梨」は、花言葉で「愛情」や、「慰め」、「癒し」などの意味があります。
愛情に飢えて破滅することと、最後に慰めや救いを
求める姿から決めました。
また彼氏である織田は苧環という植物からとっています。苧環の花言葉には「愚か」という意味があります。
そして紫苑ですが、花言葉には「君を忘れない」という意味があります。