やきもちの木
ある町に、小田 光という10歳の男の子がいました。
光君の家族は、お母さんとおじいさんの3人暮らしです。
おじいさんはお母さんのお父さんです。
光君のお父さんは、光君が3歳の時に病気で亡くなりました。
おじいさんが一緒に暮らすようになったのはその後からです。
ある日の夕方の事です。
(ごめん下さい)玄関のチャイムが鳴るなり、若そうな男の人の声がしました。
(はーい。どなた様)
光君のお母さんが、玄関の戸をガラ、ガラ。と開けると
そこには、光君と2年2組の担任、増田先生が立っていました。
先生が家までみえるのは、家庭訪問以来。お母さんは胸騒ぎです。
光君は下ばかり見ていて、顔を上げようとしません。
先生が居間のテーブルに座る頃には、光君は階段をかけ登り、自分の部屋です
先生は(怒らないでやって下さい)と、前置きしてから今日みえたいきさつを話し出しました。
光君はクラスに最近転校して来た、男子のスニーカーの片方を隠したのです。幸いすぐに見つけて、大騒ぎにはならないで済んだ事。
自分は誰にもいう積もりはないし、隠された本人には、きっと出来心だから、誰かわからないが、先生が突き止めたら
叱っておくから大丈夫だよ。大変だったねと言っておきました。
光君は良い子ですから、きっと、自分から謝ってくれると、私は信じています。
ただ、 どうしてクラス1の優等生が、こんな事をしたのかと思い、光君に聞いたが、教えてくれないので、お母さんから聞いて欲しい。との事でした。
先生が帰ってから、お母さんは優しい口調で光君に訳を聞きましたが、沈黙のまま時だけが過ぎて行きました。
困ったお母さんは仕事帰りのおじいさんに相談しました。
おじいさんは光君に言いました。
(光、明日は土曜日で学校休みだな。おじいちゃんとお出かけしようや)
土曜日。2人は2駅ほど電車に乗り、駅から見える緑がいっぱいの丘に登りました。
道すがら光君は、おじいさんに先生が来た時の事を聞かれはしないかと、内心びくびくしていました。
胸はドキドキして、まるで耳が心臓になったみたく大きく鳴っていました。
でもおじいさんはその事は何も言いませんでした。
おじいさんが足を止めたところの前には、とても大きな木がそびえ立っていました。
高くて、太くて、大きな木の真ん中に、光君が一人位は入れそうな穴があいていました。向こう側は見えない、まるでどこかの入り口のように見えました。
おじいさんは言いました。(光、この木は不思議な力があるらしのだ、悲しい事や、苦しい事や、嫌な事を、この穴に向かい大声で叫ぶと、そんな気持ちが全部なくなってしまうのだよ、おじいちゃんは耳をふさぐから、叫んでごらん)
おじいさんは両耳に人差し指を突っ込んで、微笑みました。
それからクルット後ろを向きました。
光君は、そんなこと、ほんとにあるのかな。そう思いながらも
最初は小さな声で、(畑君が転校して来たから)
次にはもう少し大きな声で(勉強は僕が一番であったのに)
そして次は怒鳴るように(僕が苦手な体育だって、カッコいいのだ、一番なのだ。嫌いだ! あんなヤツ)
光君が半分叫ぶように言い終わると。
木々からピューっと一瞬風のようなのが吹き、穴の中に雨だれが下りてきました。
それはどんどん大きくなり、何かを写しているようです。
光君は近づいてみました。
そこには大人の男の人が写っていました。
(だれだ、このオジサン)
良く見たら、背広を来た首から掛けているネームプレートには、
社長 小田 光。と書かれていました。
光君は驚き、後ろに下がりながら言いました。
(この人、僕の未来なの。...僕、社長さんになるの、本当に。)
光君は思っていました。偉い人になるのに。なんか今の自分が小さな、小さな人になってしまった気がしました。
ああ、止めた、もう止めた!
光君は強く思いました。
後ろを向いていたおじいさんですが、もちろん一部始終分かっていました。
2人の帰り道はまるで違う道のように、青空でした。
光君が寝てしまった後、おじいさんからお母さんに、お母さんから先生に。まるで伝言ゲームみたいに、光君の気持ちが伝えられました。
次の日。
光君は畑君に謝ろう。そう心に決めて勇んで学校に行きました。
それから30年後、大人になった光君の大の親友は、だれだと思います? そうです。そうなのです。あの畑君なのでした。
終わり
多かれ少なかれ人間に生まれて1度位は味わう事があるのではないでしょうか、厄介な感情。
やきもち。
そんな、ストレスになりそうなものは何処かへ吹き飛ばせれば一番良いですね。
そんな願いを込めて描きました。