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第86話 新天地

 目が覚めると、一面に青い空と緑の木々。

 私は草の上で横たわっていた。


「……」


 身体を起こして、辺りを見渡す。

 木漏れ日が差す森の中、どこからか小鳥のさえずりも聞こえる状況から感じたものは、既視感、日常感だった。

 

 前世にもありそうな風景だが、本当にここは異世界なのだろうか?

 しかし、さっきの出来事が夢や幻というわけではなさそうだ。

 漆黒と深紅の鎧に身を包み、腰には神剣サンソレイユを差している。

 それがなによりの証拠だろう。

 

 ひとまず散策してみようと立ち上がる。

 そのとき――

 まるで平穏な日常が崩壊するかのような叫び声が上がった。


「きゃー!」

「やべー!」

「逃げろー!」

 

 穏やかじゃないその声は、ここからそう遠くない距離からだ。

 なにが起きているのか気になった私は、声のする方へ駆け出した。


「……!」


 驚いた。

 身体が軽い。まるで足に羽が生えて滑空しているようだ。

 太陽神からもらった力で、こんなにも早く走れるようになったのか。

 しかも、疲れる気配がまったくしない。


「お、おい! どこに行く気だ!」

  

 身体能力の向上に感動を覚えながら走っていると、後ろからだれかに声をかけられた。

 振り返ってみると、剣を持った男がふたりに、杖を持った女がひとり。

 さっきの叫び声の主達だろうか? すれ違っていたことに気がつかなかった。


「そっちにはオーガがいるぞ!」

「大勢でも危険なのに、ひとりなんて食い殺されに行くようなもんだぜ!」

「早くワタシ達と逃げましょう!」

 

 狼狽する彼らの口から『オーガ』という聞き覚えのない単語が飛び出した。

 その慌てぶりを鑑みるに、太陽神が話していた魔物だろうか? しかもかなり強力な。

 

 それなら……是非腕試ししてみたい。

 

「うわ! 来た!」

 

 思いが通じたのか、威圧感を放つそれは前方に現われた。

 筋骨隆々の肉体に、私の倍はあるだろう身長。

 目のつり上がったすさまじい形相と角の生えた頭は鬼そのもの。

 さすがオーガと名付けられているだけある。


「おい! 早く逃げろって!」

 

 忠告を無視した私は剣を抜く。

 神剣サンソレイユの刃と初のご対面。


「……!」


 私は惚れ惚れさせられた。

 

 それは通常の刃では考えられない透き通るようなオレンジ色。

 まるで宝石のようだ。

 もちろん刃こぼれなどひとつも見当たらず、美しきことこの上ない。

 

 さて、この刃から炎が湧き出すはずだが……。

 

 私は肝心なことを聞きそびれてしまった。

 どうやって炎を出すのだろう?


「なにしてんだよ! 前見ろ! 前!」

 

 言われたとおり前を見上げると、オーガが目と鼻の先にいた。

 そして、手にしていた棍棒を私めがけて振りかぶっている。

 

 うーん……炎はあとでいいか。

 やられたらお終いだし、私も打って出よう。

 

 剣を握りしめた拳を顔より上へ。

 オレンジの切っ先が、空へと突き刺さる。

 

 攻撃態勢、蜻蛉。

 私の剣道は、神の剣を手にしても示現流だ。

 

「きゃー!」

 

 後ろから叫び声が聞こえるとともに、オーガが棍棒を振り下ろした。

 しかし、その棍棒は私を捉えることなく空を切る。

 当たるわけがない。だってその前に斬ったから。

 電光石火の早業で、先制攻撃は私のもの。

 


 ――ザン!――

 

 

 オーガの胸を、一閃。

 目にも留まらぬ早さの斬撃は、全てを置き去りにした。

 まばたきする間もない一瞬の出来事だ。


「ウッ……ウウウ……」

 

 うめき声を上げて、倒れるオーガ。

 私が強いのか、それとも実はオーガが弱いのか。

 どちらが正しいのかは不明だが、確実に言えることはひとつ。

 この三人が恐れるオーガは、私の敵にすらなれない。


「えっ……えっ……?」

「倒したの……オーガを……?」

「一撃だったよな……早すぎてよく見えなかったけど……」

 

 振り返ると、口をあんぐり開けている三人組。

 そのあまりに驚くさまをしばらく眺めていると、


「あっ!」

 

 ひとりが私の後ろを指差した。

 その先には、またオーガ。二匹いたのか。


「こ、今度こそやばいよ……」

「ああ、まぐれは2度も続かないぜ……」

 

 まぐれ? 聞き捨てならない言葉だ。次も一撃で片付けてみせる。

 

 それと……次こそはサンソレイユの炎をこの目にしたいところだ。

 しかし、どれだけ剣を弄ってもそれらしき装置は見当たらない。

 そうこうしているうちにオーガがすぐそこまで迫っている。

 

 ……仕方ない。

 

 炎を出すことを諦め、蜻蛉を取る。

 太陽神め、本当に炎が出せるようにしたのか? 

 もしかして私、騙された?

 

 思えば、太陽神は私に向き合った時間の中、ほとんど胡散臭い笑みを浮かべていた。

 脳裏にちらつくと非常に腹が立つ笑みだ。

 

 ……くそっ! くそっ! 


 あのペテン師め。神だかなんだか知らないが、もし今度会えたらとっちめてやりたい。

 この剣、叩こうが撫でようが、なにも起こらないじゃないか。きっと炎など嘘だったんだ。

 

 太陽神への苛立ちが募る。

 色んな方法を試してみたが、もう尽くせる手はない。

 やってないことと言えば――

 

 ……念じてみる、とか?


 いやいやいや、そんなことで炎が湧き出るわけがない。

 たとえば、


 炎よ、出ろ!


 なんてね。

 

 




 ――ボワッ!――

 

 


「ああああっっっっつつつつ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 





 あっつ! 熱い!

 異世界に来て初めて発した言葉が、こんな間抜けでいいのだろうか?

 

 サンソレイユは、蜻蛉を取った私の頬を焦がさんとばかりに、その刃に灼熱の炎を纏っていた。

 その方法はまさかもまさか。

 念じることで、轟々と燃えさかる炎は湧き出したのだ。

 

 しかしそれはいいとして……。


 この炎、大きすぎる。

 これじゃあ蜻蛉を取ったとき自分の顔を焼いてしまう。

 魔物を焼くはずの炎で自分がダメージを受けるなんて、端から見れば滑稽で、かつ非常に情けない。

 

 もう少し小さくなればいいのに……。

 

 そう思ったとき、サンソレイユが纏う炎がスッと小さくなった。

 え? 火力調節もできるのか?


「きゃー!」

 

 叫び声に反応して見上げると、オーガが既に私めがけて棍棒を振り下ろしていた。

 少しサンソレイユで遊びすぎたようだ。


「よけろー!」


 そんな声も聞えた。よける? なぜよける必要があるのだ?

 だって……。


 相手より先に攻撃すればいいだけだろう?


 先制攻撃は示現流の信条。

 蜻蛉を取った私は、オレンジの刃に静かに揺れる炎を宿したままオーガの懐に切り込んだ。

 このままの火力でも充分だろう。でも、

 もし、最初に湧き出た炎がこの剣の限界でないのならば……。

 もし、まだ最大火力を隠し持っていたとすれば……。


 見てみたい、この剣の限界、最大火力を!


 もっともっと、力の限り燃え上がれ!


 天高く伸びゆく刃を振り下ろし、オーガに触れる間際のことだった。

 サンソレイユに命じた私の念は形となり、まるで踊るように燃えさかる炎が爆誕。

 切れ味鋭いオレンジの刃と共に、筋肉質の胴体を一瞬で焼き斬った。

 

 死にゆくオーガを見送ることもなく、私の目は自然と手元に向く。


「これが神剣サンソレイユ……私だけの炎の剣……」


 あっという間の二連勝。華々しい異世界デビュー戦だ。


「す、す、す、……」


 ん?


「すげえええええええええええええ!!!!!」


 炎よ消えろ、と念じて刃を鞘にしまう。

 そして傍で見ていた三人組のうち一人の弾むような大声を耳にした。

 

 それは無論私に向けられたものだ。

 三人組は目を丸くさせてこちらへ駆け寄ってくる。


「あんた、ほんとすげえな!」

「あの剣なに⁉ 火が出てたよ⁉」

「どこから来たの⁉ 名前は⁉」


 質問攻め。鬱陶しい。

 相手にするのは面倒だ。

 

 太陽神は『正体を明かすも明かさまいも自由にすればいい』と言っていた。

 だがこんな風にワラワラ囲まれ鬱陶しい思いをするのなら閉口していた方が無難な気がする。

 誰にも邪魔されず璃莉を探す旅を始めるため、ここは黙って立ち去るとしよう。


 ……いや、待てよ。


 もし私が有名になって、この世界の話題を攫えばどうなる?

 すると、璃莉の耳にも届く。

 結果、璃莉の方から私に会いに来てくれる。


 ……正体を明かすのも、悪くない。


「私の名前は月上京花。別の世界から来た転生者よ」


 包み隠さず、真実をありのままに伝えた。

 すると、元々丸かった三人の目が、さらに大きく丸くなる。

 それは信じられないものを見るような目でもあり、正体を明かしたことを少し後悔させられた。

 考えてみればそれもそうだ。この世界の人達から見たら私の方が異世界人。

 好奇の目に晒され、腫れ物に触れるかの如き扱いを受けるかもしれない。


「す、す、す……」


 しかし、待ち受けていたのは想像とは対極をなす、


「すげええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」


 超が付くほどの大歓迎ムードだった。


「転生者だからあの強さなのか! 納得したぜ!」

「あ、握手してください!」

「オレはサインが欲しい!」


 私は芸能人か。

 この人達が転生者のことををどのように聞いて育ったのか、もっと広い範囲の話をするならば、異世界人にとって転生者はどのような存在なのか。

 疑問はあるが、それはさておくとしよう。

 とにかくよかった。

 この調子で有名人を目指せば、璃莉の耳に私が届く。

 

 初めて求められたサインだが、身も心も渡されたペンをそっちのけにした。

 空を眺め、己と愛しき恋人に問いかける。

 

 

 ねえ璃莉、私達、もう一度会えるわよね?

 

次回 『第0話 叶うべき想いの先へ』


この物語は一旦終わりを迎え、月上京花は新たな一歩を踏み出します。


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