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第80話 レッドクリスマス

「一ヶ月くらい前かな?」と。

 自殺に追い込んだ当事者とは思えない五木の軽い口調から、過去は紐解かれた。


「たばこが吸いたくなっちゃって、ここにいる岡部と一緒に珍しく昼休みに屋上へやってきたわけ」

「あたしらがここに来るのは大体授業をサボるときだもんな」


 岡部は同調。ケラケラと上がった笑い声がまた非常にかんに障る。

 それでもまだ、私は笑顔の面を付けたままでいられた。


「そしたら驚いたよ。すでに鍵が開いていて、別のやつがいたからさ」

「ほんと、なんで知ってたんだろ?」


 その別のやつとは、璃莉のことか。

 

 きっと、しばらく距離を置くと決めた数日後、璃莉はひとりでこの場所に来ていたのだろう。

 おそらく特に用事があったわけでもなく、ただ何気なしに。

 屋上の雰囲気は心地よく、落ち着くから。


「ま、どこで知ったかなんてさして気にしないけどさ、あたしらの縄張りに断りもなく入るなんて生意気じゃん? ひ弱そうなやつだったし、とりあえず有り金を全部奪ってやったよ」

「めっちゃビビってたよな。すぐ渡してきたし」


 ふたりはまるでいい思い出を語るかの如く軽口だ。

 五木は「ああ」と岡部に頷いたあと、言葉を続ける。


「だからいいカモになるなと思って、タバコ持たせて写真撮ってさ、それを脅しに色々いじめてやったってわけ。金を貢がせたほかに、パシリにしたり」

「あとサンドバックにしたり」

「そういやお前、あたしより殴ってたよな。腹だけにしろって言ったのに顔も殴ってたしさ」

「こっちも色々とストレス抱えてんだよ」

「男絡みで?」

「うっさいわ」


 反省の色など一切感じないそのやりとりが、私の気分を逆なでする。

 まだ、笑顔の面を被れてはいるだろうか?


「それと、スリもやらせたよな」


 岡部は楽しげに振り返る。


「そうそう、もう金がないって言うからさ、だったら盗んでこいって言ってやったんだ。捕まったら面白いなと思って見てたら、これが上手くてさ」

「あれはもう才能だよな。死ななきゃ一生うちらに金を運ぶ奴隷になれたのに」


 璃莉は手先が器用で、気配を消すことが得意だった。

 そんな璃莉の特技を、こいつらは悪用したのか。


「けど死んだときはマジでビビったよな」


 岡部の言葉に、五木は「うんうん」と頷きながら、


「あのときはこっちが生きた心地しなかった。いじめがバレたらさすがにまずいことになるからな。でもちょっと噂になるだけで収束したから、助かったわ」

「遺書とかに残さなかったんじゃね?」

「死ぬまでうちらの言いつけ守ったってわけか。従順すぎじゃん。きゃははは」


 気になる言葉が飛び出した。

 言いつけ、とは?

 

 真相解明のため、私は必死に、必死に、必死に、平静を装って尋ねる。

 いかにもただの興味本位、といった感じで、


「あの、言いつけってなんですか?」


 五木はニヤリとした邪悪な笑みをこちらに向けた。

 

「ああ、簡単なこと。『いじめのことはだれにも言うな』って。教師、親、友達、あとお姉様」


「……え?」


 唖然となり、しばし言葉が出てこなかった。


「……お姉……様……?」


 説明を求める声をなんとか振り絞る。


「そう、一番そいつのことを呟いてた。よくわかんないけど、うちの生徒らしいわ。だから言ってやったんだよ。『誰かに言えば、お前だけじゃなく、お姉様も不幸になるぞ。あたしのパパは理事長だからな』って」


 ……璃莉。


「にしてもマジ笑ったわ。殴ってる最中に『お姉様、璃莉を助けて』って怯える姿は」


 ……璃莉。


「ほんとほんと。助けなんてくるわけないのに」


 ……璃莉。


「あ、電話で助けを呼ぼうとしてたときもあったな」


 ……璃莉。


「たまたま見つけて睨み付けてやったら、寸前のところで断念したやつだな」


 ……璃莉。


「あのあとも電話はしなかったのかな?」


 ……璃莉。


「大丈夫だろ。きっちりシメてやったんだから。懲りて二度と電話なんてできないさ」


 ……璃莉。


「あーあ、それにしても惜しい金づるを無くしたもんだぜ。勝手に死にやがって」

「もったいないよなー。いい奴隷だったのに」





 ……璃莉。


 



 璃莉、あなたは私を守ろうとしてくれたのね。


 

 ありがとう。とっても嬉しいわ。


 

 あなたの恋人であることを、私は誇りに思う。


 

 だからね、私もあなたに誇れる恋人でありたいの。


 

 泣き寝入りなんか、あなたにさせない。私はしない。


 

 空の上から見ていて。


 

 私があなたの仇を討つ。








「そろそろ黙ってくれるかしら?」


 







「はあ? ……っ!」


 なにか言いかけた五木だったが押し黙った。

 丁寧な口調で笑顔を見せていた私が一変したからだ。

 

 他を威圧する口調。

 笑顔の面を取り払った末に見せた鬼すら逃げ出すような恐ろしい形相。

 場を制圧する圧倒的なオーラ。


 五木と岡部の声は自然、封じられた。


「ふう……」

 

 ひとつ息を吐いた私は背中に掛けてあった竹刀入れに手を伸ばす。

 だが、そこに入っているのは竹刀ではない。

 取り出して鞘を抜いたそこにあったのは銀色の刃。

 肉を裂き骨を断つ、切れ味鋭い真剣だ。


「あ、あんたは……何者……?」


 ようやく五木が怯えながらに口を開いた。

 その質問に答える意味、義務などないが、


「お姉様」


 死にゆく者への餞別と言わんばかりに答えてやる。

 短い一言だったが、五木と岡部が全てを察したことは表情でわかった。


「な、なにが目的だ! そんな物騒なもん持ってきやがって!」

「挑発するな岡部! あいつの目、なんかやべえぞ! 常人じゃない!」


 常人じゃないのはどっちだ。

 自分らのしたことを棚に上げて、最後の最後まで腹の立つ連中だ。


「どうせ偽物だろ! そんな脅しに屈するか!」

「だからやめろって!」


 岡部は五木の声に耳を貸さず、騒ぎ続けた。

 顔面蒼白で震えながらの強がりは、きっと恐怖心を吹き飛ばしたいがためだろう。


『これはただのハッタリだ』

『自分は安全だ』

『剣を振るうようなこと、するわけがない』

『殺されるようなこと、あるわけがない』

 

 岡部はそう思い込みたかったに違いない。

 思い込むため、騒ぐしかできないのだ。


 まったく……。


 璃莉を殺したのはどこの誰だ?


 死の罪は、死を持って償われる。


 単純な道理なのになぜ受け入れられない?



「さっさとしまえよ! そんな偽物!」


 






















 偽物かどうか、試してみる?


























 蜻蛉を取った。





















 示現流は、一撃必殺だ。


































 一刀両断。

 返り血を浴びると同時に、肉塊が転がった。

 

「あっあっあっあっ……」

 

 腰を抜かした五木は肉塊に目を向け身体と声を震わせる。

 ふん、他人事だと思うなよ。


 次はお前だ。


 私が向けた鋭い目。

 五木はそれに気付いた。


「あっ、あの、あの、あの、ごめんなさい! 反省してます!」


「……反省なんて猿でもできる」


「じゃあ償います! なんでもしますから!」


「……なんでもしてくれるの?」


「はいなんでも! お金がいいですか! それかパパに頼んで有名大学の推薦でも!」


「……そんなものいらない。なんでもしてくれるって言ったわよね?」


「は、はい!」


「じゃあ死ね」


 私がお前に望むことはこれしかない。

 すると五木の表情はみるみるうちに歪んでいき……


「ぎゃわーーーーーーーー!!!!!!!!」


 這うように逃げ出した。

 私の横を通り過ぎて、昇降口まであと少し。

 

「……逃がさない」


 呟いた私は、狙いを定めて蜻蛉を取った。

































 その太刀筋は背筋が凍てつくほど恐ろしく、


 けれども見る人を惚れ惚れさせるほど美しいものだったという。


 恐ろしく美しい太刀筋。


 相容れないはずのふたつを併せ持ったそれは、大切な人を失った悲哀と、奪った者への憎悪が、ものの見事に剣に乗った姿。


 そう、こともあろうか月上京花は、この状況下にて……


 感情を剣に乗せる技術を、完成させてしまった。



 



 






















 








 五木が昇降口のドアノブを握ることはなく、寒空の下にまた肉塊が転がった。

 ざまあみやがれ。




 

 


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