第79話 特別な日
今日という日はどんな日だろう?
ある人にとっては恋人と過ごす特別な日。
ある人にとっては家族と過ごす特別な日。
ある人にとっては友人と過ごす特別な日。
ある人にとっては何の変哲もない普通の日。
私にとっては……せめて普通の日になればよかったのに。
今日この日は私にとって特別な日。
12月24日、凍えるような風が吹く聖夜の夜。
真っ赤に染まるのはトナカイの鼻か、それとも銀色の刃か。
「ん? だれ? あんた?」
町を照らす明かりがわずかながら屋上まで届く中、怪訝な顔を浮かべたのは五木だ。
友人の岡部も隣にいて、同じような表情で私を出迎えた。
クリスマスイブの夜、22時丁度。
私は約束通りの時間ぴったりに屋上へたどり着き、すでに来ていた五木・岡部と相まみえた。
「代理で参りました。月上京花と申します」
極めて丁寧に、さらには笑顔の面を被って挨拶した。
五木の怪訝な表情は引き続く。
「代理? あんた、あいつとどんな関係なの?」
どんな関係もなにも、昨日初めて出会い、復讐のために利用させてもらっただけだ。
まあこれでいじめられなくなるのだから、あの子にとっても悪い話ではないだろう。
「細かいことは気にしないでください。お金ならここにあります」
私は制服の内ポケットから封筒を取り出し、10メートルほど先にいる五木に向かって投げつけた。
一旦地に落ちたそれを五木は拾い上げ、すぐさま中身をあらため始める。
「……わ! ほんとに30万あんじゃん!」
嬉々とした声だった。
「すかしも入ってる! 本物じゃん!」
偽札を疑ったのか、五木が持つ札束から適当に1枚抜いた岡部は、スマホのライトを頼りに確認し、驚きの声を上げた。
ちなみにこのお金はまごうことなく全部本物だ。
小さい頃から貯めた小遣いが役に立った。
「それはもちろん。約束は守ります」
従順な態度で偽ると、五木と岡部は「へへへ」と高圧的な笑みを浮かべた。
「素直でいいじゃん」
「ま、あたしらとしてもこうやって金が手に入れば誰が来ようと文句ないしね」
予定通り大金が手に入ったことに安堵したのか、2人は満足げに声を上げた。
「じゃあもう帰っていいよ。誰かよくわかんないけど、バイバイ」
「あ、うちらも約束は守ってあげるからね」
約束、『いじめ被害者である彼女に手を出さない』ということを指しているのだろう。
札束に夢中になりながら言われても信用できないし、もし守ったとしても別の対象を見つけていじめを再開するのがオチに違いない。
もっとも、これから手を出したくても出せない身体になるだろうが。
「その前にひとつ、私のお願いを聞いていただけないでしょうか?」
笑顔の面と丁寧な態度。これらをなんとか維持し、私は言った。
「お願い? そんなの聞いてないんだけど」
「そうそう、それにあたしら早く彼氏のとこ行きたいからさ。ほら、今日クリスマスイブじゃん? 待たせてるんだよ」
いけしゃあしゃあとよくそんなことが言えたものだ。
人のクリスマスイブを奪うような真似しておいて、自分らは恋人と過ごすだと?
ふざけるな。
笑顔の面は、一瞬剥がれそうになった。
「そこをなんとか。物を要求するわけではありませんし、お時間も大して取らせませんよ」
「とりあえず言ってみ」
「とある噂について、真相が知りたくて」
ひとつ息を小さく吐いて、告げる。
かつて夢で見た不気味ななにかが、少しだけ私の面に移った気がした。
「あなた方ふたりは、この学校の生徒をひとり、自殺に追い込みましたね」
ピタッと、札束を弄くる手が止まる。
五木と岡部がゆっくりとこちらに向けた目は、安堵とはほど遠い、警戒全開のオーラを放っていた。
「は? なにを根拠にそんなこと言ってんの?」
「バカなこと言ってると潰すよ」
とぼけやがって。
そんな脅しに私が屈するとでも思っているのか?
「勘違いしないでください。私は別におふたりを責め立てたいわけではありません。むしろ逆」
「「逆?」」
五木と岡部は声を重ねて首をかしげた。
「ええ。だれかを死に追いやるなんて、凡人にできることではありません。そう、これはおふたりの武勇伝です。それを凡人の私に聞かせていただけたらなと。だから今日、こうして参ったのです」
嘘とは言え、いじめを褒め称えるような台詞を吐くのは堪えた。
だが結果は良く、岡部から警戒が消える。
「ぶ、武勇伝か……まあ少しくらいなら話しても……」
そんな岡部を、
「待て。あれはまずい」
五木が制した。少なくとも保身に対する意識は岡部より高いようだ。
はあ、あと少しだったのに……。
なんて落胆するまでもない。
こいつらの口を割る物を、私は持っている。
「そんなことおっしゃらずに。もし話していただけたら……」
言いながら、私が内ポケットから封筒をもう1つ出した瞬間、五木と岡部の目の色が変わった。
「もう30万、プレゼントしますが」
貯金なんて、微塵たりとも惜しくない。
「合わせて60万、トーク料としては破格だと思います。もちろん口外は致しません」
五木と岡部の目は欲望丸出しになっている。
所詮金で動く連中だ。とびきりの金で釣ったら、保身なんてないがしろにするはず。
「ぜ、絶対他には内緒だぞ! 絶対だからな!」
命令口調は五木のものだ。
ほうら、予想通り。
「絶対に口外致しません。命に替えても」
「わ、わかった。それなら話してやるよ」
ここまでして口を割らせた理由。それは、ただ『ごめんなさい』とだけ書き残してこの世を去った璃莉について、真実を知りたかったからだ。
どうしてそこまで追い詰められたのか。
どうして私には相談できなかったのか。
苦悩の末に死を選んだ璃莉。
そこに至った経緯が、明らかになろうとしていた。




