第74話 先輩の助け
公園で叫んだ私は、近所の人に通報されたのか、警察に保護されることになった。
仕事を中断した母に迎えに来てもらったが、『璃莉、璃莉……』と呟く廃人のような私の姿に、ひどく驚いていた。
もちろんその日は学校に戻らず家に帰り――
12月17日 木曜日 朝
あれから3日経った今、自室で布団を被って震えていた。
ここ最近、ずっとこうだ。
学校に行かず、ろくに食べず、ろくに飲まず、ずっと布団の中でいるのに眠れない。
頭の中では後悔が渦巻いていた。
その渦の中心にあったのは、璃莉から電話をもらったときのこと。
思い返せばあのときの璃莉は声に元気がなかった。
勉強で疲れていたのではなく、後に自殺に繋がるなにかを抱えていたからではないのか。
そもそも、電話をかけてきたのだって、私の声が聞きたかったからではなく、SOSのサインを出そうとしていたのではないか。
あのとき、璃莉の電話にもっと耳を傾けていれば、こんな結果にはならなかったかもしれない。
私が異変を感じ取って、璃莉から悩みを聞き出せていたら、こんなことには……。
璃莉の心の支えになりたかった。
けど、なれなかった。
璃莉を守ってあげたかった。
けど、守れなかった。
どんなことを考えても、もはや後の祭り。璃莉は帰ってこない。
後悔と、璃莉の死が与えた悲しみに暮れていると、
――コンコン
自室のドアがノックされた。おそらく母親。
1日に数回、母親は部屋から一歩も動かない私の元へ、『少しだけでも水を飲んで』『少しだけでも食べて』と懇願するように水と食べ物を持ってくる。
突っぱねても下がってくれない。そのうち泣き出す。
あまりの痛々しい姿に、私は渋々わずかながらの飲食を取る。
そういえばあの人仕事はどうしたんだろう? 休んでいるのか? それなら申し訳ない。
……だけど。
はっきり言って要らぬ世話だ。飲まず食わずで過ごしていたら、いずれ死ねるのに。
璃莉がいない世界に未練などない。
私は、死にたい。
ノックに返事をせず、黙りこくったままいると、
「京花ちゃん、入るよ」
ドアの外から、そう聞こえた。
京花……ちゃん?
母親は私をちゃん付けで呼ばない。
そして、今の声は母親のものとは違う。
だれだろう?
声から察するに、たぶん……でもなんでうちを?
布団の中から目を出して、ドアの方を見る。
ゆっくりと開いていくドア。真っ暗な自室に、廊下の光が差し込む。
そして、その光の先に立っていたのは、
「京花ちゃん元気? ……じゃないよね」
先輩だった。
「ごめんね急に。緊急時だからって、特例で先生から住所を教えてもらえたんだ」
こちらに近づきながら、そう話す。
元生徒会長で信頼ある生徒が、不登校の生徒を励ましに行く。
特例扱いするには十分な材料かもしれない。
「……なにしにきたんですか?」
かすれた声で、邪険に扱った。
今はできる限り人と会いたくなかった。
「京花ちゃんが心配になって、来ちゃったんだ」
また、要らぬ世話だ。
「……ほっといてください」
突っぱねると、先輩は黙った。
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れた後、
「京花ちゃん」
また先輩が口を開いた。
早く、帰ってほしい。
「悲しいと思う。つらいと思う。立ち直れないと思う。それでいい。無理に立ち上がらなくていい。今はゆっくりしていい」
「……」
「でも、もし京花ちゃんが責任を感じているのなら、それだけはやめてね。お願いだから」
「……なに言ってるんですか」
「……え?」
「全部私のせいですよ。色々あって、私と璃莉は一ヶ月距離を置くことにしたんです。そんなことをしなければ、璃莉は死なずに済んだのに。あと、距離を置いてから、電話がかかってきたんです。そのとき異変に気付いていれば、璃莉は死なずに済んだんです」
布団にくるまったまま、ブツブツと後悔を吐き出した。
「璃莉が死んだのは私のせいです」
最後にそう、吐き捨てる。
「それは違うよ!」
「なにが違うんですか!」
語気を荒げて、先輩を睨んだ。
「……」
「……」
「……あのさ」
先輩は目をそらして、
「言おうかどうか迷った、そもそも噂の域を出ないことなんだけどさ」
そう前置きし、衝撃の言葉を口にした。
「璃莉ちゃん、いじめられてたみたいだよ」
いじめ……。
璃莉が、いじめに……。
「……だれにですか?」
「中等部三年、璃莉ちゃんと同じ学年の『五木』って女子。理事長の娘でさ、ひとりの友人と一緒に璃莉ちゃんをいじめていた……らしい。そいつ、理事長の威を借りていつも好き放題してる不良だから、あり得ない話ではないと思う。なんでも、標的を変えて今もいじめをしてるとかしてないとか……」
それを聞いて、メラメラと湧き上がるものがあった。
後悔や悲しみが別のなにかに姿を変えようとしている。
「だから京花ちゃんのせいじゃなくて、そいつらのせい……って、京花ちゃん⁉」
私は立ち上がる。
怒りを、エネルギーにして。
いや、そんな生半可なものじゃない。
桁外れ、膨大、巨大、どんな強調の言葉を置いても、計り知れないこのメラメラには言葉足らず。
言葉では言い表せないほどの怒りだった。
ろくに栄養を取ってないせいか、少しふらふらする。
だがベッドから降りて前を見て、歩みを進めようとしたところで、
「待って!」
先輩に止められた。
「離してください」
「どこに行ってどうする気⁉」
「離してください」
「怖い顔してるよ! 絶対暴力振るうでしょ! ダメだって!」
「離してください」
「退学になっちゃうよ! 下手すりゃ警察沙汰かも!」
「離してください」
「京花ちゃんが座ったら離すよ!」
「離してください。さもなくば……」
力尽くで振り払うぞ。
私は先輩の肩を掴む。
そのまま突き飛ばそうとした、寸前のところだった。
「璃莉ちゃんが悲しむよ!」
ピタッと手が止まる。
すうっと、メラメラが静まり、また悲しみへと戻った。
「璃莉……」
「うん、京花ちゃんが退学や警察沙汰になったら、璃莉ちゃんは絶対悲しむよ」
「璃莉……」
エネルギー切れを起こしたかのように全身の力が抜け、その場に座り込んだ。
先輩はそんな私に目線を合わせる。
「京花ちゃん、仕返しは暴力だけじゃないよ」
「それって、どういう……」
虚ろな目で尋ねた。
「噂が事実かどうか明らかにして、社会的制裁を目指そう。生徒や教師を味方につけたら、理事長の娘でも、きっとしかるべき処分に追い込める」
「……生き地獄にできますか?」
「えっと、よく分からないけど、事実だと明らかにできたのなら警察沙汰になるかもしれないし、そうでなくとも生きづらい人生になると思うよ」
「……わかりました」
回りくどいけど、璃莉が悲しまないのならそれがいい。
行動を開始すべく、立ち上がろうとした。
けれど――
身体に力が入らない。立ち上がれない。
先輩はそれを見かねてか、
「京花ちゃん、私に任せて」
「……え?」
「私が動くから。京花ちゃんは来られるようになったら学校に来て」
「でも……」
「大丈夫、私は元生徒会長。たぶんだけど、信頼はかなりあるよ。校長先生や教頭先生とだって話ができるよ」
たしかに、教師からの信頼度において私と先輩は対極。
私が校長教頭連中に押しかけても話は聞いてもらえないだろうが、先輩なら……。
「京花ちゃんはまず、ご飯を食べるところから始めてね」
やつれて見えるのか、そんな注意を受けた。
先輩は立ち上がり、ドアノブに手をかける。
「じゃあ、私は学校行ってくるから」
「はい……」
「また来るよ」
少しだけ笑顔を残して、去って行った。




