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第73話 失われた命と記憶

「おぬしは誰じゃ?」



「……え?」


 ピタッと、私の身体は氷漬けになったように固まった。

 

 や、やはり師匠もドッキリの加担者なのか? 

 しかもこんな悪質な設定で。


「な、なに言ってるんですか……私ですよ……月上京花ですよ……」


「月上京花?」

 

 震える声で告げた私に対し、まるで見当がつかないとばかりに首をかしげる師匠。

 

 どうして? 

 どうしてこんなドッキリをいつまでも続けるの?


 ……あれ?

 

 師匠の顔つきを見て、違和感を持った。

 師匠はいつも年齢による衰えなど感じさせない威厳に満ちあふれた精悍な顔つきをしていた。

 だが今は覇気がなく歳相応、いや、歳以上に老けて見え、ぼけている老人といった印象すら抱く。


 新たに増えた疑問に戸惑っていると、


「どなた?」

 

 師匠の後ろ、家の中から女性の声が聞こえた。

 私は師匠とドアの間にできた隙間から覗いて、名乗った。


「あ、あの、月上京花と申します」


「月上京花……あっ……ああ……もしかして……」

 

 女性はこちらにやってきて、まずは師匠に声をかける。


「お義父さんはお部屋に戻ってくださいね」


「この娘さんがわしのことを知っているようじゃが……」


「大丈夫ですから。お部屋でゆっくりしていてください」

 

 そう言って、師匠を家の中へと返した。

 そのやりとりに割って入りたい気持ちもあったが、とりあえずは女性ひとりと向き合う。


 目の前の女性を一言で表すと、酷い。

 髪はボサボサ、化粧など一切しておらず、目が赤く腫れ上がり、下部にはどす黒い隈が張り付いていた。

 

 そしてゆらゆらと身体が揺れている。

 睡眠不足でフラフラしているというよりは、別のことに原因がありそうだった。

 たとえば、心が不安定になったせいで、とか。


 ……いらぬ妄想だった。溢れんばかりの不安がまた膨らむ。


「璃莉の母です」


 予想通りの自己紹介、会うのは初めてだった。


「初めまして。私は」「璃莉とお付き合いされていた方ですよね?」

 

 告げる前に身分を当てられたことに驚く。

 そういえば、璃莉は母親には私達の関係を伝えたと言っていた。そして反応は良好だったと。

 私を見たときの『もしかして……』という反応もそのためだろう。


 とにかく、私のことを知っているのなら話は早い。


「璃莉はどこにいるんですか⁉」

 

 単刀直入に尋ねる。

 どうか家の中にいると言って。そして今までがドッキリだったと証明して。

 すがるような思いで返答を待っていると、璃莉の母が顔を歪ませて、


「うっ……うう……」

 

 泣き始めた。

 やめて……その涙を止めて……見続けていたら不安が別のものに変わりそうだ。


「璃莉は⁉ 璃莉は家の中にいるんですよね⁉」

 

 泣き止むのを待てず、璃莉の母の両腕を持って身体を揺さぶる。

 早く璃莉の無事が知りたい。

 早く璃莉の顔が見たい。

 早く璃莉を抱きしめたい。

 璃莉に対する願いが溢れ、手に伝わって揺さぶり続ける。


 






 でも、その願いは永久に叶わなくて――――









「璃莉は……自殺しました……遺書に『ごめんなさい』とだけ残して……」

 







 自殺。

 これまでより一歩踏み込んだ言葉だった。

 ピタッと、私の身体はまた固まった。


「よかったら……仏壇に手を合わせてください……璃莉も喜びますから……」

 

 仏壇。

 死を結びつける物と、璃莉の名前が、同時に出てしまった。

 

 こっちです、と家の中に招かれる。

 靴を脱いで、ゆらゆらと揺れる背中を追う。

 

 自分が今、なにをしているのか理解できなかった。

 足は動いているけど、自分の意思で動かせているのか定かではない。

 操り人形のように誰かに操作されているのではないか。もはや自分の足なのかすらもわからない。

 

 やがて先を歩く足が止まった。


「ここです」

 

 そう言って、璃莉の母がふすまを開けた。

 廊下から中の様子を覗く。


「――――――っ」

 

 目の前の光景に絶句した。

 観音開きの中は憎らしいほど華やかに仏花で彩られ、その真ん中には笑顔の璃莉……の写真。

 久しぶりに見る璃莉が、こんな形だとは思わなかった。

 愕然と眺めていると、璃莉の母親は泣きじゃくりながら、


「丁度1週間前、亡くなったんです。それでショックを受けたお義父さんは現実から逃避するように記憶障害になってしまって。ぼけたような言動が目立つだけじゃなく、ここ1・2年の出来事は一切覚えていないんです」


 その言葉を理解するのにどれだけの時間を要しただろうか。

 

 璃莉が死んで、師匠が記憶障害?

 

 信じられない。

 でも目の前にあるのは璃莉の仏壇で、さっき会った師匠は私に対する記憶がない言動を取っていた。

 自身の顔に血の気を感じない。冷や汗すらも止まった。

 代わりにポロポロと目から冷たいものが流れてくる。

 

 現実を、信じるしかなくて。


「嫌だ……嫌だ……」

 

 それでも、信じたくなくて。


「嘘だ……嘘だ……」

 

 全部嘘だと、信じたくて。


「嘘だぁぁぁぁ!!!!!」


 思い切り叫んで駆けだした。

 そのまま璃莉の家を飛び出して来た道を戻る。

 たどり着いた先はいつもの公園だった。

 私と璃莉が恋人同士になれた公園。

 たくさんおしゃべりした公園。

 たくさんキスした公園。

 そして、クリスマスイブに会おうと決意をたしかにした公園でもあった。

 膝を地面に着け、両手を広げる。いつも座っていたベンチを抱きしめた。


「璃莉璃莉璃莉璃莉璃莉璃莉璃莉璃莉璃莉――――」


 いくら名前を呼んでもそこに璃莉が現われるわけがなく。

 ドッキリや嘘だと決め込むことにも限界が訪れて。

 不安が、確信へと変わって。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 声にならない叫びを生んだ。


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