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第72話 絶望の始まり

 12月14日 月曜日

 

 朝、学校に向かう道のりで、私は不安になりながら頭を悩ませた。

 

 師匠はどこに行ったのだ?

 

 朝稽古で師匠の家を訪れたが、昨日と同様もぬけの殻。

 もしかしたらなにか事件に巻き込まれているのかもしれない。

 

 警察に通報した方がいいか? 

 約束を破ることになるが璃莉にも一報入れるべきだろうか? 

 それとも璃莉の家に行って璃莉の親御さんに話すべきか?

 

 なにをするか定まってはいないが、もし今日の夕稽古になっても師匠がいなかったら、なんらかのアクションは起こそう。

 そう決めて校門をくぐる。


 教室に入るや否や、違和感が私を襲った。

 

 ……いつもと空気が違う。

 

 ヒソヒソと噂話をしている人が大勢。

 いや、ほぼ全員というべき人数だった。

 はっきり言って異様である。


 他人の悪口程度でこうはならない。

 なにか学校で事件でも起こった可能性がある。

 

 師匠だけじゃなく学校でも?

 さらなる疑問が生まれたときだった。


「京花ちゃん!」

 

 大声で私を呼ぶ声。

 振り向いて教室の出入り口を見ると、先輩が立っていた。

 なんだなんだ? 

 人が悩み事をしているというのに、剣崎さんとのノロケ話でも聞かされるんじゃないだろうな?


「先輩」


 歩み寄ると、徐々に先輩の息づかいと表情が明るみになってゆく。

 

 急いできたのだろう、息を切らせているのはわかる。

 でも、なぜこの人は泣きそうになっているんだ? 

 

 ノロケ話ではないことはわかったが……まさか……振られた? 嘘だろ? 脈は大ありだったぞ。

 

 近くまで寄ると、その手が伸びてきた。

 そして胸ぐらを掴まれる。


「どうして……どうしてこんなことになったんだよ!」

 

 グワングワンと、私は揺さぶられる。

 いやいや『どうしてこんなことに』は私の台詞ではなかろうか?

 けれど鬼気迫る表情に圧倒され、何も言えず呆然と揺さぶられていると、


「ちょっと来て!」


 今度は首根っこ掴まれて連行された。

 猫じゃないんだぞ私は。


 先輩は驚くほどの勢いと力強さだった。

 気圧された私はなすすべなく従うのみ。

 

 そして共同校舎にある生徒会室までたどり着き、私を放り込んだあと自身も入って施錠する。

 今この部屋にいるのは私と先輩ふたりだけだ。


「あの…いったい何が……」


 普段から感情の起伏が激しい人だが、今日は特に取り乱している。

 剣崎さんとなにかあったに違いない。


「いったいなにがって、どうして京花ちゃんが知らないの⁉」


「え? ああ、もしかして剣崎さんとレイン交換した件ですか? あれは先輩のために……」


「違う! それはちゃんと聞いた! というか誠士郎さんは今関係ない!」


「そうなんですか」

 

 剣崎さん絡みでないとは予想外だ。

 じゃあどのような件だろう?

 振り返ると、先輩は『どうして京花ちゃんが知らないの⁉』と語気を荒げていた。

 この言い方から考えるに、私には特に関係がある出来事が起こったのだろうか?

 もしかしたら、校内の騒ぎとも結びつく出来事?

 先輩、学校、そして私。

 自然、解が導かれる。


「……璃莉のことですか?」


 静かに頷いた先輩。

 私はすぐに制服のポケットからスマホを取り出し、璃莉に電話をかけた。

 距離を置くなんて言っていられない。

 先輩が取り乱し、関わりない私のクラスメイト達が異様な空気を醸し出す始末だ。

 ただ事ではない。

 急いで璃莉に連絡を取らなくては……。

 しかし、


「……繋がらない」


 いくら待っても、聞こえるのはコール音のみ。

 応答は一切無い。


「そりゃそうだよ……」

 

 先輩はうつむいて、なにかを諦めたように呟いた。

 私は迫る。


「なにか知ってるんですか⁈  璃莉になにがあったんですか⁈  璃莉は今どこにいるんですか⁈」


「いないよ、どこにも」


「……はい?」


「京花ちゃん、落ち着いて聞いてね……」


 うつむいていた先輩は少しだけ顔を上げて私を見た。

 その赤く腫れた目が恐怖を誘う。

 そして、震える声で告げた。































「璃莉ちゃん、死んじゃったよ……」






 


 











 








 





 


 意味が分からなかった。

 先輩が言っていることの意味が。

 

 璃莉が、死ぬ?

 

 そんなわけない。


 だって私と璃莉はあと二週間もすれば会える。絶対に会える。クリスマスイブにデートをして、プレゼントを渡すんだ。私が必死に働いて得たお金で買ったネックレスとおもちゃのピアスを。璃莉の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


 ――だから、


 先輩は嘘をついている。そうに違いない。なんて悪質な嘘だ。

 そう決め込んで感じたものは、先輩への怒りだった。

 

「嘘つけ! 言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」


 私の声が部屋に響く。

 胸ぐら掴み、今にも手を出しそうな寸前だった。


「……嘘じゃないよ」

 

 対照的に消え入りそうな声で呟いた先輩。

 目に溜めていた涙がポロポロとこぼれ落ち、私の手に滴がつたる。

 ダランとした体は、私が胸ぐらを掴む手を離せば膝から崩れ落ちてしまうのではないかと思うほどの脱力ぶり。


 嘘をついている……。

 これは先輩の演技だ……。

 過ぎた悪ふざけで私を騙そうとしている……。

 クラスメイトもグルだ……。

 急に行方不明になった師匠も私の不安を煽るために隠れているんだ……。

 みんなで私をドッキリにかけようとしている……。

 きっともうすぐしたらドッキリ大成功の看板を持った璃莉が……。


 


 

 無理がないか?


 




 決め込んだものが揺らぎ、怒りが不安へと変化する。

 そんな私が次にとった行動は……。


「どこ行くの⁈」


 後ろから先輩の声がする。

 この目で見るしかないと、思い立った瞬間に駆け出していた。

 共同校舎を飛び出して、向かった先は中等部の校舎。

 高等部生の立ち入りは禁止されているが、そんなことは気にもとめず階段を駆け上がり、三階までたどり着いた。ここは中等部三年生の教室が集まっている。

 

 璃莉のクラスは知っていた。たしか三年二組。

 その教室まで走って、扉を開けた。


「璃莉!」

 

 突然現われた上級生の声に驚愕の表情を浮かべる生徒達、それと教卓に立つ女性教師。

 一同の視線が私に集まる。

 いつの間にか朝のホームルームが始まっていたようで、視線の元である生徒達は席に着いていた。


 教室をぐるりと見渡す。

 璃莉はおらず、空いた席がひとつ。


「璃莉は⁉ 璃莉はどこにいるの⁉」


 誰にでもなく叫ぶように尋ねた。

 しばらく間を置いた後、教師が口を開く。


「……城之園璃莉さんのこと?」

 

 小さな声だった。そうだ、と首肯する。

 すると教師は視線を私から生徒達へと移し、ゆっくりと話しかける。


「みんなにもこの時間に話そうと思っていました」


 一旦言葉を止め、うつむいて。


「噂になっているとおり、先日、城之園璃莉さんが亡くなられました」

 

 教師は努めているのか、あるいは自然体なのか、冷静な口調だった。

 亡くなったと、そう聞いた私の不安は大きく大きく膨らむ。


「城之園さんと親しかったの?」

 

 教師の目がふたたび私に向く。


「気持ちはわかるけど、あなたは高等部の校舎に戻って……あ、ちょっと!」

 

 言い切る前に駆け出した。

 行き先は高等部の校舎……ではない。

 足を止めることなく階段を降りて、そのまま校門の外へ出た。

 璃莉の家に向かうためだ。


 駅まで走って電車に飛び乗って、閉まったドアにもたれかかった。

 身体の震えが止まらない。電車に揺られているからではなく、恐怖のあまり。

 汗をかくほど走ってきたのに、寒い。身体の芯が凍えるようだ。



『璃莉ちゃん、死んじゃったよ……』

『城之園璃莉さんが亡くなられました』

 


 先輩と教師、ふたりの言葉が頭の中をグルグル巡る。

 不安は大きくなる一方で、どこかに逃げ出したくなるような行動と矛盾した思考を私に与える。

 

 生きた心地がしない数十分を過ごし、璃莉の家の最寄り駅に到着。

 電車の扉が開いた瞬間に駆け出した。

 

 大丈夫。きっと大丈夫。教師の言葉は誤報だ。

 おそらく熱を出して寝込んでいるだけなのに、噂が一人歩きして学校側も勘違いした。そんなところだろう。

 

 そう言い聞かせながら走らないと、膨らみ続ける不安に押しつぶされてしまいそうだった。

 

 璃莉の家に着いて、走ってきた勢いそのままにインターフォンを押す。

 その場で足踏みしながら応答を待つ。

 だれの声が迎えてくれるのか。

 できれば璃莉の声がいい。

 そして安心したい。

 そう願っていると、インターフォンから声がするより先に扉が開いた。

 そこにいた人物に私の目が丸くなる。


「師匠!」

 

 目の前に師匠が立っていた。

 行方不明だった師匠はここにいたのだ。

 

「師匠! 璃莉ことを知りませんか!」


 尋ねる。

 すると師匠は答え……いや、答えになってない言葉を発した。





「おぬしは誰じゃ?」


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