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第65話 NEW LOVE

 工場に着いた。

 先輩も一緒だ。

 

 戸の空いた倉庫から明かりが漏れ、覗くと作業着に身を包んだ社長の姿を見かけた。

 ここの社長は手が開くと現場労働者と一緒になって汗にまみれる。

 いい意味で社長らしくない。


「おじさーん!」


 先輩はブンブン手を振りながら声をかける。

 すると気付いた社長が「やあ、来てくれてありがとう」と歩み寄ってきた。


 どうやらアポを取っていたようだ。

 先輩のことだから突発的な行動だとばかり思っていた。


「はい、携帯電話! 今度からは気をつけてね!」


「いやあ、すまないねえ、わざわざ届けてもらって」


 先輩は鞄から取り出したガラケーを社長に手渡した。

 

 ははあ、なるほど。

 忘れ物を届けにここに来たのか。


「……ところで」


 ガラケーを受け取った社長は一度こちらに視線を向けた後、先輩に尋ねる。


「履歴書を見たとき同じ学校だなとは思ったけど、知り合い?」


「うん! 中等部の頃から面倒を見てあげているかわいいかわいい後輩だよ!」

 

 言い、チューっと唇をむけた。やめろ。うっとうしい。


「かわいいかわいいねえ……」


 おっ、社長は社長でなんだその顔は? 

 話があるなら聞こうじゃないか。


 先輩のデコを押さえつけながら社長を一睨みしていたとき、


「おいおいなんだ? また女子高生がここで働くのか?」


 気だるそうな声を上げたのは剣崎さんだ。

 袖で汗を拭いながらこちらにやって来る。


「違いますよ。こちら、私の先輩で社長の姪です」


「へえ、そうなんだ。初めまして」


「今日は社長の忘れ物を届けに来たんですよね、先輩。……先輩?」


 様子がおかしい。

 この人はどうして顔を真っ赤にさせて口を半開きにして震えているんだ?

 

 緊張している? 

 いや、コミュニケーション能力だけは他に類を見ないほど高い人だ。私とは違って。

 だからそれは考えられない。


「先輩、とりあえず挨拶くらいしたらどうですか?」


 そう言って肘で小突いた。

 まさか私が先輩に対人関係でアドバイスする日がくるなんて。世紀末でもありえないと思っていた。


「えっ、あっ、いっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」


 あっ、が多い。

 そんなに発声練習する必要があるか?


「おはようございます!」


 今は夕方だ。

 しかも勢いよく礼をしたと同時にファスナーの開いた鞄からドサドサと物がこぼれ落ちる。

 いつのまに古典的なドジっ子属性を取得したのだ?


「お、おいおい、大丈夫か?」


 煽っているわけではなく、剣崎さんの口調からは本気で心配しているのがうかがえる。


「色々と落としてるし……」と屈み、自身の一番近くに落ちた本を拾い上げた。

 

「これ、一ツ橋の赤本じゃねえか」


「そ、そそそそそそそそそそそそそうです!」


 今度はそが多い。


「私、受験生で! そこが第一志望なんです!」


「へえ、じゃあ俺の後輩になるんだ」


「え⁉ 一ツ橋生なんですか⁉」


「ああ、去年まぐれで受かったよ」


「しゅ……しゅごい……」


 先輩は目を輝かせながら舌足らずの声を出した。

 

 都内にある一ツ橋大学は文系の難関大学だ。

 加えて自身の第一志望校であるから、その憧れはひとしおだろう。

 

 ……いや、本当にただの憧れか?


 先輩の表情が『憧れだけではない』と言い張っていた。

 

 うっとりと、顔の筋肉全てが重力に負けたような緩んだ表情だ。

 そして眼の奥は光に満あふれ、暗がりを照らす懐中電灯に成り代わるのではと思うほどだった。

 

 ただの憧れでこのようにはならない。


 まさか、まさか、まさか……


 惚れている?


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