第63話 忙しない先輩
12月7日、月曜日
授業から解放され、誰よりも先に校門を抜けて足早に駅へと向かう。
放課後はもちろんアルバイトだ。
ギリギリのスケジューリングだから寄り道などする暇がない。
まあ、タイムロスを生まないためのシフトを組んだのは他でもない自分自身だが。
駅に着いて、やって来た電車に乗り込む。
……が、なかなか発車しない。
どうやら片側車線にやって来るはずの電車に若干の遅れが生じており、それの連絡待ちをしているようだった。
構内アナウンスによるとおよそ10分ほどの遅延。
まあ、そのくらいならシフトの時間にも間に合う。
しばし車内で立って待つ。
するとアナウンス通りの時間に電車がやって来て、そこから数人がこちらの車両に乗り換える。
まだ帰宅ラッシュの時間にはなっておらず、車内状況は混雑とはほど遠い。
なにはともあれもうすぐ発車だ。
ベルが鳴り、ドアが閉まる。
そこへ、ギリギリのタイミングで駆け込んできた人がいた。
私と同じ服装、つまりは私と同じ学校の生徒だ。
誰かは知らないが、駆け込み乗車はよくないぞ。
……ん?
それが誰か、知っていた。
膝に手をつき、床へと向けられていた顔が上がり、視線が合う。
「先輩」
「あっ、京花ちゃん! 奇遇だね!」
声をかけると、先輩は首に巻いていたマフラーを鞄にしまいながら笑顔を見せた。
駆け込んで来たしさぞかし暑いだろう。車内は暖房も効いている。
「って、あれ? 京花ちゃんの家、こっち方面だっけ?」
「これからアルバイトでして、先輩が紹介してくださった工場がこの方面なんです」
「そうなんだ! ……にしても冷たいなー。受かったなら連絡くらい頂戴よー」
頬を膨らませながら脇腹をツンツンしてくる。ええい、鬱陶しい。
私はそれを払いのけながら。
「先輩こそ、そんなに急いでどうしたんですか?」
「ああ、駆け込んだこと? 特に意味はないよ。ベルの音を聞いたら走りたくなっちゃうじゃん。ただそれだけ」
ただそれだけって……。
平然と言ってのける先輩は鉄道会社からすれば迷惑この上ない存在であることを自覚してほしい。
でもまあ、元から四六時中慌ただしく動いているような人だ。今に始まったことではない。
廊下を走って注意を受ける光景もよく目にするし、こんな生徒会長、後にも先にもこの人だけだろう。
「でも今日は途中下車して叔父さんの家に寄る予定があるんだ! 私も忙しい受験生だし少しは時間短縮になったかな! あっはっはっはっ!」
高らかに笑う先輩を、私は「はあ……」と受け流すしかなかった。
この人といると稽古やアルバイトをするよりも疲れる。
まあ、共に過ごす時間は嫌いじゃないが。




