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第60話 フィールドのプリンス

 フィールドのプリンス。またその名を耳にした。

 

 たしかに流行ってはいるらしい。

 だがあいにく流行というものに疎い私は、顔、本名などをまったく知らず、『サッカーが天才的に上手く、容姿もいい同い年の男子高校生』という情報しか持ち合わせていない。


 はっきり言って、さほど興味がないのだ。

 今だって、気になったことはそれらの詳細より、剣崎との関係性。

 だって、『あいつ』だなんて、まるで……。


「知り合いなんですか?」


 問うと、剣崎はまるでそれが誇りかのごとく「ああ」と頷いた。


「小中高と同じの、幼馴染みってやつさ。年齢の差で中高は入れ替わりだけど、今でもたまに見かけたら足を止めて話しかけてくれるんだぜ。かわいいやつだろ?」


「それは意外ですね」


「意外って、お前、あいつにどんなイメージを持ってるんだ?」


「なんとなく、孤高、って感じですかね」


 プリンス、なんて呼ばれるくらいだから能力はあっても周りから浮いているのかなと。

『オレ様王子の異世界転生物語』の主人公と多少重なるものを感じつつ、そんなイメージを持っていた。


 だがどうやら違ったようで、剣崎は「孤高? あいつが? ないない」とブンブンと手を横に振る。


「あいつの周りには常に人がいる。男女問わず誰からも好かれるようなやつだからな」


「へえ……ちなみに完璧超人とは?」


 たしか剣崎はそうも言っていた。


「サッカーが上手いだけじゃないんですか?」


「とんでもない。あいつはなんだってできるぞ。どんなスポーツでも、勉強でも、本気になったあいつが誰かに負けたというのは見たことも聞いたこともない。聞けばこの前も全国模試で一位取ったらしいしな」


 なんて人間だ。いや、もはや人間なのか。

 

 全国模試一位なんて、取ろうと努力して取れるものではない。

 それをやってのけたのが一人で弱小校を全国大会にまでのし上げた天才的にサッカーの上手い人物で、挙げ句、顔もいいと以前璃莉から聞いた。

 

 ここまでくると、天才としか言いようがない。

 天は二物を与えずというが、フィールドのプリンスは二物も三物も、己の欲しいがままに手に入れている。


「これは煽りでもなんでもないが……いや、やっぱり言うのやめた」


 剣崎は言いかけたなにかを寸前で止めた。


「いや、気になるじゃないですか」


「言ったらお前、絶対怒るだろうし」


「怒らないから言ってください」


「……本当だな?」


「本当です」


 逡巡した剣崎だったが、私の圧に根負けしたのか「絶対に怒るなよ」とさらに念押ししつつも口を開く。


「もしあいつがその示現流の稽古に本気で取り組んだとしたら……」


「したら?」


「三日でお前を抜くだろうな」


 自然、肩から腕にかけてフルフルと震えた。

 三日、だと?


「……ああ?」


「おい! 怒るなって言っただろ! 女が出しちゃいけない声出してるぞ!」


 思わずヤクザのような裏声を出してしまった私は、剣崎の注意を受けてハッと我に返る。

 いけないいけない。

 さすがに今のは璃莉でも『かっこいい』とは言ってくれないだろう。


 だが怒りが収まったわけではなく、剣崎の「そのくらい、運動神経がずば抜けているんだ」という言葉をイライラしながら耳にした。


「……チッ」


「今度は舌打ちかよ。めちゃくちゃ態度が悪いやつみたいになってるぞ」


 剣崎は呆れた様子で嘆息したあと、「でも、見てみたいな」と呟いた。


「私とフィールドのプリンスが付き合っているところをですか? ふん、こっちから願い下げですけどね」


「違う違う。さっきの発言に反するが、お前らはたぶん、絶望的に馬が合わない」


 首を横に振った剣崎は笑い話として言葉を続ける。


「あいつは社交的だが、勝負の世界に立つと一変して我の強い一面を見せるようになる。フィールドを駆け回って、たった一人でバンバン点を取っているようにな。だから男勝りで好戦的で、常に上に立っていないと気が済まないお前とは恋人どころか友人にもなれそうにないと思うぜ」


「別に好戦的ってわけでは……それに上に立ちたいなんて思っていませんし」


「よく言うぜ。三日で抜かれると言ったらキレたくせに」


 たしかにそれは事実だが……。

 私はなににおいても、誰に対しても、上に立ちたいわけではない。

 得意な剣道で、自分の剣術である示現流で、フィールドのプリンスに負けたくないだけだ。

 だって私は、璃莉のプリンスだから。

 完全下位互換の情けない王子様ではいたくない。


「……ま、それはさておきましょう」


「勝手にさておくな」


「結局、私とフィールドのプリンスのなにを見てみたいと?」


 尋ねると、剣崎はさらなる笑顔を見せる。


「ん? お前らが対峙するところ。きっと殴り合いなんかが起こる気がするんだ。そういう意味ではお似合いの二人かもしれないな。はっはっは」


 陽気に笑う剣崎を前にして『殴り合いが似合う男女とはどんなのだろうか?』と考え込む。

 いくら頭を悩ませても答えは一向に出てこないが、少なくとも剣崎は、私とフィールドのプリンスでそういう関係性をイメージするらしい。

 うーむ、よくわからない。

 まあ、そもそも私とフィールドプリンスが対峙するときなんて、くるわけがないだろうけど。


「おっと、少し話しすぎたな」


 剣崎の声で食堂に掛かる時計に目を向けると、時刻は十九時を過ぎたところだった。

 授業が終わった瞬間に席を立ち、三十分ほど電車に揺られて十七時にはこの工場にやって来ていた。だからここへ来て二時間以上経過したことになる。


「事務所に戻ろう。今までの時間も給料が発生するように社長と交渉しなきゃな、月上」


「あっ、はい。案内ありがとうございました。剣崎さん」




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