第55話 先輩のアドバイス
厄介者を扱うが如く店から追い出される。
まさかこんなに早くクビになるとは思わなかった。
実働時間より働くまでの準備時間の方が何倍も長い。
しかしどうしてこんなことに。
私はただ年齢確認を拒否する客が暴言を吐いてきたから、カッとなって鉄拳を振るっただけなのに。
私、なにかやっちゃいましたか?
……いや、よく考えたらめちゃくちゃ問題行為じゃないか。
よく考えなくてもめちゃくちゃ問題行為だ。
警察沙汰にならなかっただけでも奇跡。必死に土下座して客に謝っていた店長に申し訳なさを感じる。
……さて、これからどうしようか。
店長への心の中での謝罪も程々に、さっさと立ち直って次のバイト先を考えていたとき。
「京花ちゃん」
声のする方を見る。そこにいたのは先輩だった。
「先輩、どうしてここに?」
「学校の近くなんだしどうしてってことはないでしょ。小腹が空いたからそこのコンビニに寄ろうと思ってね」
「ああ、あのコンビニですか。できればいっぱい買ってあげてください」
「え? なにかあったの?」
首をかしげた先輩に、包み隠さず事実を伝える。
「実はついさっきまでバイトしていたんです」
「バイト⁉ なにか欲しいものでもあるの?」
「ネックレスです。『3℃』っていうメーカーの」
「さんど? ……ああ、『3℃』ね」
「え⁉ あれって理科で使う『℃』じゃなくて、数学で使う『°』とアルファベットの『C』だったんですか?」
「そういうわけではないと思うけど……まあ手っ取り早いしその解釈でいいか。有名ブランドなのに言い間違える人が多いんだよね」
プレゼントとして贈るのに、メーカーの名前を間違えていたのでは格好がつかない。
クリスマスまでに知れてよかった。
「ところで京花ちゃん、いつからネックレスなんて洒落た物をつけるようになったの?」
「私じゃないですよ。プレゼントです」
「あっ! もしかして璃莉ちゃんへのクリスマスプレゼントとか?」
「ええ、その通りです」
問いかけに首肯を交えて答えると、先輩はニコニコとニヤニヤを混在させた笑みを浮かべた。
「うわー甘酸っぱいなあー。璃莉ちゃんきっと喜ぶよ。……で、ついさっきまでということは目標金額まで貯まったの?」
「えっと、クビになったんです。客と喧嘩して、それでこれからどうしようかなって。まだ一銭も稼いでいませんから……」
転じて、先輩の目が哀れみ一色となった。
「あ……そうだったんだ……。ちょ、ちょっと待っててね」
先輩はいたたまれない表情を浮かべてそう告げたあと、コンビニに入っていった。
一瞬で戻ってきて、手には冊子が。
「先輩、それは?」
「求人雑誌だよ。無料の」
先輩はパラパラとページをめくる。
「接客業は京花ちゃんに向いてないと思うんだよね。だから……あっ! これなんていいんじゃない?」
そう言って指差した求人欄には『工場の倉庫内軽作業』とあった。
コンビニより時給もいいし、高校生も応募可。短期でも歓迎されるらしい。
でも……。
「軽作業ですか……。チマチマした作業は向いてないと思うんですが……」
「まず接客業以上に向いてない仕事は存在しないから」
きっぱりと断言された。
「そ、そんなに向いてませんか?」
「だって京花ちゃん、人は好きじゃないでしょ?」
「璃莉のことは好きですよ。世界で一番」
「うお……よくそんな脳がとろけるような甘々台詞を……」
「それより話を逸らさないでくださいよ」
「ごめんごめん……ん? どっちかと言えば京花ちゃんが逸らしたような……まあいいか」
困惑を秒で始末できるのは前向きな先輩の強みだ。
先輩は言葉を続け、業務についての知識を語ってくれた。
「ここでいう軽作業ってのは重機を使わない作業って意味で、実際にやる仕事は荷物の積み下ろしみたいな力仕事がメインだよ。京花ちゃんみたいに勘違いして、逆に痛い目見る人も多いらしいね。全然軽くない!って」
ふむ、力仕事か。
たしかに力には自信がある。
私は今までユスの木刀を何千回何万回と振ってきたのだ。
見た目は細身だが、一般的な成人男性を優に超える筋力を持ち合わせていると自負できる。
「それならやってみます」
「うん。絶対向いてると思うよ。頑張ってね」
先輩と別れた後、すぐに求人雑誌に載っている番号に電話をかけた。
電話が繋がると、まず性別を確認され、「女」と答えると渋い反応が返ってきた。
しかしとりあえず面接くらいはということで、明日、その工場へ面接に行くことになった。
ちなみに3℃のモデルは4℃です。ジュエリーを取り扱うブランドメーカーですね。
クリスマス後にはフリマアプリで沢山の出品が見られることでも有名です。
……この世の闇ですね。




