第53話 電話
稽古が終わったあと、いつものように徒歩で帰宅し、家に着くなりリビングを覗いた。
テーブルの上には一枚の書き置きが。
『カレー作っておきました』
母の筆跡で書かれたそれを見て、今日もいつものように一人の夕食であることを知る。
日曜であっても珍しいことではない。両親が休日出勤に向かうことは昔から多かった。
そしてそのときは必ずこうして作り置きの夕食を作ってくれたものだ。
愛されているのか、はたまたそうではないのか、微妙なところ。
でも、両親から愛されてなかったとしても、私には璃莉がいる。
璃莉は私を愛してくれる。そして私は璃莉を愛する。
私には、璃莉さえいればそれでいい。
温め直したカレーを食べて食器を洗い、さっさと自室に向かう。
そして机の上に置いた本を手に取り、ベッドに寝そべり読みふける。
オレ様王子の異世界転生物語、三巻。
璃莉から借りたこの本を読んでいるときは、さみしさを紛らわすことができた。
一巻は転生した王子様が異世界で繰り広げる冒険ストーリー。
二巻は王子様の過去編。前世を舞台にした、自分より格下のお姫様との恋を描いた恋愛ストーリー。
そして三巻は――――
パタンと、本を閉じる。三十ページほど残していたものを今読み終えた。
三巻は王子様の過去の完結編だった。
順風満帆に愛を育む王子様とお姫様。
しかしある日、ふたりの恋が王子様の父親である国王に知られてしまう。
国王は跡継ぎである自分の息子が属国の姫と交際していることに大激怒。
すぐさま兵を派遣して属国を滅ぼし、お姫様も処刑してしまった。
王子様はお姫様を失った悲しみと守れなかった後悔で後を追うように自殺。
だが、死んでしまった王子様には死後の世界で奇跡が起こる。
なんと天使と出会い、異世界に転生する機会が与えられたのだ。
しかもお姫様も死後に転生し、同じ異世界にいることが判明する。
王子様は喜んで転生を受け入れ、お姫様を探す決意と共に新たな世界で生き抜くことを誓ったのだった。
読み終えたあと、私はしばらく表紙をジッと眺めていた。
死別と、自殺と、転生と。
物語の主人公である王子様の過去は壮絶そのもの。
一巻で見せた明るい笑顔の裏でこんな決意を秘めていたとは夢にも思わなかった。
それと、この王子様のお姫様への想いには共感できる。
私だって、もし璃莉が行方不明にでもなったりしたら、日本全国だろうが世界中だろうが、どんなところでも見つけ出すまで旅をする。
そんな風に作品に感情移入していたとき。
王子様という文字が頭の中でぷかぷか浮かぶ中、ふと、思い出したものがあった。
『フィールドのプリンス』
なんでも天才的にサッカーが上手い高校生で、プリンスと肩書きに付くほど容姿も優れているらしい。
夏休み前にその存在を知り、一時は璃莉の理想の人なのではと誤解したこともあった。
充実した日々を送るうちにいつの間にか忘れていたが、今、どんなやつか少し気になっている自分がいる。
私は寝そべったまま、近くに置いたスマホに手を伸ばした。
本名は知らない。だが『フィールドのプリンス』と検索すればヒットするはず。
世間受けだけはする胡散臭い笑みを浮かべた、かんに障る男の顔が出てくるのだろう。
そんなことを思いながら、検索アプリを開いた瞬間だった。
――♪♪♪
ビクッと、身体が跳ね上がる。
スマホから鳴る着信音、そして暗転した画面に白色の文字で表示された名前。
「……璃莉?」
璃莉が電話をかけてきた。
どうしたのだろう?
声が聞きたくなっただけ?
それとも緊急事態?
画面に表示された『応答』と『拒否』の間で私の心は揺れ動く。
押したいのはもちろん前者、だが押してしまうとそのまま沼にハマり、『少しくらいならいいか』を繰り返してしまいそうで……。
散々悩んだ末、私は……『応答』を押した。
「璃莉、どうしたの?」
尋ねる。しかし璃莉の声は返ってこない。
「璃莉? 聞こえてる?」
もう一度尋ねると、
『お姉様』
声が返ってきた。
「どうしたの?」
『えっと……いや……その……お姉様の……声が聞きたくて……』
どうやら緊急事態ではないようだ。安堵する。
そして私の声が聞きたいがため電話してくれたことを嬉しく思う。
でも、これは約束に反することであり。
「璃莉、嬉しいけど、電話もダメって言ったじゃない」
『ご、ごめんなさい』
「これで正真正銘最後だからね。ところで、勉強は捗ってる?」
『う、うん』
「良かったわ。……少し疲れてる? さっきから声に元気がないわよ」
『そ、そうかな……? 勉強頑張ってるからかな……?』
「休憩も取らないとだめよ。じゃあ、もう切るわね。クリスマスイブ楽しみにしてるわ」
『璃莉も……すごく楽しみ……』
「おやすみ、璃莉」
『おやすみ……お姉様……』
私は電話を切った。
そしてスマホを床に置き、
「切りたくなかったー!」
「璃莉ー!」
「好きー!」
思いのまま声を出しながら、ベッドの上をゴロゴロ転がる。
久しぶりに璃莉の声が聞けて幸せだった。
本当は約束なんか反故にしていつまでも電話していたかった。
早々に電話を切れた自分を褒めてやりたいが、その意思の強さを憎らしくも思う。
でも、これでいい。
璃莉は今、声に元気がなくなるくらい勉強に打ち込めている。
だから私のすべきことは、璃莉を信じて陰で見守ってあげること。
それと、24日を最高の日にしてあげること。
24日のクリスマスデート。
最高の日にしてあげるためには、どんなプランにすればいいだろうか?
当日、学校は終業式で午前終わり。
したがって午後からデート開始だ。私は枕を抱いて考え込む。
えーと……
どこかで昼食を取って。
どこかで遊んで。
どこかで夕食を取って。
夜は私の家で……
顔が火照る。
バンバンとベッドに手を叩きつける。
どこか、どこか、どこか。
どこかの三連発で、予定が決まっているのは夜だけだった。
頭の中はピンク一色。
なんとか振り払って、デートのための知恵を絞る。
……よし、ベッドのシーツを洗濯して、下着を新しいものにしよう。
……って、全然振り払えていない! 濃すぎるピンクが頭に染みついているじゃないか!
一度深呼吸して、今度は参考までにと、去年までのクリスマスを振り返る。
……なにも思い出がない。
たいていひとりで家に籠もるクリスマスだったし、変わったことと言えば小学生までは一応、サンタという名の両親からクリスマスプレゼントを貰っていたことくらい……ん?
クリスマスプレゼント。
いいじゃないか! どこに行くかは別として、璃莉にクリスマスプレゼントを贈ろう!
勉強を頑張ったご褒美も兼ねて! きっと璃莉は喜んでくれる!
璃莉のサンタになることを決意した私は、具体的になにを贈ろうかと考え、そういった知識がまったくないことに気付き、スマホを再び手に取った。
そして疑問に思う。
あれ? なんで既に検索アプリが開かれているんだ?
そういえば璃莉から電話がかかってくる前、なにかを調べようとアプリを開いた気がする。
そしてその『なにか』を忘れてしまった。
私は思い出そうと努めてみたが、
『まあ、忘れる程度のことだ。きっと大したことじゃない』
とすぐに開き直り、璃莉のプレゼントに相応しい品を探すことにした。
『クリスマスプレゼント 彼女』で検索。
幸せな字面だなと思いながら、適当にサイトの閲覧を始める。
……ふむ。
指輪やネックレスなどのアクセサリー。
バッグや財布。
化粧品や香水などの消耗品も一般的らしい。
どうせ贈るなら一生残る物がいい。
だから消耗品は除外。
バックや財布は璃莉がどんなものを欲しているかわからない。
色とか、大きさとか。
実用的に使う物だからサプライズプレゼントには不向きな気がする。
となるとアクセサリー。うん、これがいい。
璃莉は背伸びして大人っぽくなりたがる時がたまにある。
それにアクセサリーのプレゼントって、なんだが恋人感が強い。
よし、アクセサリーに決定だ。
続いて私はそういった物が購入できる店が近辺にないか調べる。
……うーむ。
色々とヒットするがどの店に行けばいいのやら。
全ての店を見て回るには時間が足りないし、隣り合って店を建ててくれたらいいのに。ショッピングモールみたいに……あっ。
ならショッピングモールに行けばいい。
るるぽーとに、行けばいい。




