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第50話 一ヶ月後の約束

「璃莉、このままじゃ高等部に進学できない」


「……え⁉」

 

 驚いた。だって今はもう十一月下旬。


 高等部進学は夏明けには決まるものであり、現に璃莉も九月中頃に高等部進学を決めていたはずだ。そのときは私も大層喜んだから、よく覚えている。

 

 璃莉は足下に置いた鞄から紙を取り出し、私に差し出した。


「今日、学力テストの成績が返ってきたんだけど、とっても成績が悪かったんだ。それで先生に呼び出されて『このままだと進学取り消しもありうる』って……」

 

 璃莉が私に差し出したものは成績表だった。

 私は山折りになったそれを受け取り、開く。


「……げっ!」


 思わず声が出てしまうほどに、とっても悪かった。

 

 その順位は300人中296位。

 後ろに4人しかいない。

 

 点数の方に目を移すと、これまた目を覆いたくような酷さであり、国語や社会はそこそこできているものの、数学・理科・英語は壊滅状態にあった。

 

 とくに酷い科目は数学。なんと2点であり、10点満点の小テストかなと思いたくなる点数だ。

 そうだと仮定しても2割しか取れてないから酷いことに変わりはないが。


「このテストだけ特別悪かったの?」


「うーん、前から良くはなかったけど……他のも見る?」

 

 璃莉は紙をもう一枚取り出した。

 その用紙には入学から今までの成績が全てまとめられており、目を通すと……たしかに元から酷かった。

 

 入学から三年夏までの成績は250番をボーダーに小さく反復横跳びするような推移をしていた。

 今回よりはマシだが、酷いことに変わりはない。

 あえてよく言うとすれば『安定』している。安定した低空飛行だ。


「たしかに元からひど……いや、控えめな成績だけど、急に落ちているのはなにか理由があるんじゃない?」

 

 そう、三年十月の中間テストでは安定の低空飛行中に乱気流が起こり、287番と落ち込んでいた。そして今回の学力テストは墜落寸前までになってしまったと。

 こうなったのにはなにか理由があるはずだ。


「えっと、たぶんだけど、わかるよ、理由」


「ならそこから改善策が見つかるはずよ。話してみて」


「えっと、その、えっちなことを……」


「うんうん……え?」


 えっちなこと? 


 話の先が見えず戸惑う私。

 一方、璃莉は顔を赤らめていきながらも言葉を続けた。


「授業中お姉様のことばかり考えちゃって……テスト中もえっちな気分になっちゃったりするし……全然集中できないんだもん……」

 

 なんてこった。

 あの昼食時の行為がこんな弊害を生んでいたとは思いもしなかった。

 いやーそれにしても、授業やテストに集中できないくらい私のことを……。


「お姉様、なんでちょっとニヤニヤしてるの?」


 璃莉が少しだけ私を睨み付けた。


「え、いや、ちょっと嬉しいなって。私のことをそんなにも考えてくれて」


「むー! 元を辿ればお姉様が璃莉のおっぱいやおしりをあんなえっちな手つきで触るせいで成績が悪くなったんだよ!」


「ご、ごめんね……」

 

 地団駄を踏んだ璃莉に謝りつつも、内心、またにやついた。

 だって、さっきの璃莉の台詞そのものがすごくえっちだもの!


「ところで、お姉様は成績悪くなってないの?」


「私? 私は璃莉と付き合ってからむしろ上がったわよ」


「え⁉ どうして⁉」


「だって璃莉の恋人として情けない成績は取りたくないもの。璃莉のことは常に考えているけど、私の場合はそれがいい形になっているみたい」

 

 剣に感情を乗せるように、ペンに感情を乗せる。

 普段の授業で気張ったりはしないが、テストに関してはしっかり準備して臨み、威信をかけて取り組んでいた。

 そうすべては、


「璃莉のために。私はなににおいても璃莉にとって自慢の恋人でありたいの」


「お姉様……嬉しい……」


「璃莉……」


「お姉様……」

 

 自然と、互いの唇を重ね合う。

 続けざまに私は璃莉のお尻に手を回したが、


「……って、こんなことばかりしてるから成績が悪くなったんだよ!」

 

 急に冷静になった璃莉に拒否された。

 せっかくその気になっていたのに、これでは生殺しである。

 しかしそんなことを言ってる場合じゃないのも事実であり、今は璃莉の成績をどうするかが先決だ。


「先生は『十二月の期末テストと年明けの実力テストで成績を戻さないと職員会議にかける』って」

 

 うーむ。正直、ただの脅しともとれる。

 すでに決まった進学を成績不良で取り消すとは思えない。

 取り消すにはそれ相応の理由、たとえば素行に問題があったときなどに……あっ、じゃあ屋上でやってることがバレたらまずいかも。


「……まずいわね」


「うん、成績を取り戻す自信がないよ」


「あっ、そのことじゃなくてね」


「? じゃあどのこと?」


「……ま、まあ今はさておくわ」


 私はバレなきゃ問題じゃないと開き直り、今一度考える。

 

 脅しの可能性は高い。

 だが脅しだと決め込んで成績を上げなかった結果、公立高校の願書を手渡されるようなことがあれば取り返しがつかない。

 それにこの成績で高等部に進学すれば、璃莉は授業についていけず苦労するだろう。

 結局、璃莉の成績をどうにかして上げるほかないのだ。


 私は来年の春から同じ制服を着た璃莉とえっち……いや、学園生活を過ごせることを楽しみにしていた。だから私としても、なんとしてでも璃莉に成績を上げてほしい。


「お姉様、璃莉はどうすればいいかな……」


「うーん……あっ」


「なにか思いついたの?」


「……いや、これは無しで」


「言ってみてよ。璃莉、なんでもするから」

 

 成績向上に繋がりそうな策なら思いついた。しかも非常に簡単だ。

 やろうと決断できればの話だが。

 というのも、これはかなりの強硬手段で、私にも大きな精神的負担がかかる。


「……本当になんでもできる?」


「か、覚悟する!」

 

 璃莉は言葉に詰まりながらも力強く頷いた。

 よし、明るい未来を築くため、一時の苦痛を受け入れるざるを得ない状況だ。予断は許されない。

 ここは心を鬼にしよう。


「璃莉」


 私は璃莉の目をまっすぐ見て、その強攻手段を告げる。

 くっついて悪くなったなら、離せばいいのだ。



「私達、一旦距離を置きましょう」



「……え?」


 信じられないものを見るような目つきを私に向ける璃莉。

 顔は次第に真っ青になっていき、涙を溜めて震えだした。


「い、嫌だ、嫌だよ。別れたくないよ……」


「わ、別れるなんて言ってないじゃないの! 少しの期間、距離を置くだけよ!」


 とんでもない勘違いだ。

 別れるなんて……別れるなんて……別れるなんて……グスッ。

 

 それを聞いて少し想像してしまった。

 璃莉と特別な関係ではなくなるどころか、一生離ればなれになってしまう過剰な想像だ。

 

 そんなことをしていると私も辛くなり、自然と目から涙がこぼれ落ちた。


「グスッ、冗談でも別れるなんて言わないで、璃莉と別れるなんて、死ぬよりつらいわ、グスッ」


「お姉様、ずっと一緒にいてくれる?」


「ええ、ずっと一緒よ」


「お姉様……」


「璃莉……」

 

 またも自然と唇を重ね合う。

 そして今度は私が、


「……って、ずっと一緒にいすぎたからこうなったのよ」


 先に我に返り、璃莉に真剣な表情を向けた。


「どういうこと?」


「私達、付き合った夏休みから毎日会っていたでしょ? そして一日に何回もキスして、二学期が始まってからはさらに色々なことをしたわ。量も密度も膨大だったから、璃莉はテストに集中できなくなるまでなってしまったのよ」


 言葉にすると少々恥ずかしいが、全部事実である。


「だから距離を置くの?」


「そうよ。直接会うのはもちろん、通話も、レインも禁止。そしたら初めは慣れなくても、徐々に勉強に集中できるようになるわ」


「え⁉ 全部じゃん⁉ 一切連絡取れないじゃん⁉」


「ええ。たとえば時間を決めてレインだけ良しとしても、ズルズルと『あとちょっとだけ』を繰り返したら意味ないもの。やるなら徹底的にならないと。逃げ道を作るのはよくないわ」


「むー! お姉様のストイックな部分が出ちゃってる!」


 かなり心は痛いが、これも私達のため。

 間違ったことはしていないはず。


「それで、年明けの実力テストが終わるまで続けるの?」


 寂しげな顔で璃莉は問う。

 

 うーむ。さすがにそこまで続けると私の気がおかしくなりそうだ。

 徹底的にやらないと! なんて言っておいてあれだが、一日くらい特例を設けてもいいかも……というか、私が設けたい!

 

 どの日にしようかなと考える。

 あっ、丁度いい大きなイベントがあるじゃないか。


「一ヶ月後の12月24日、クリスマスイブの日はデートしましょう。そしてそのときに期末テストの出来を聞くから、成績が良ければ冬休み中も適度に会いましょう」


「じゃあ期末テストの成績が良ければお姉様と大晦日もお正月も一緒に過ごせるんだね⁉」


「ええ、そうよ」


「よーし! じゃあ璃莉絶対頑張るね!」

 

 おお、璃莉がやる気を見せている。

 特例の設置が効いているみたいだ。最初から12月24日まで、としなくてよかった。


「……それでね、璃莉」

 

 クリスマスにデートをするならと、考えていたプランがあった。

 実は二週間ほど前、両親ふたりともにクリスマスイブに泊まりがけの出張が入ったことが判明したのだ。

 

 つまりその日は家に誰もいないわけで。

 このチャンスを逃すまいと思ったわけで。


「イ、イブの日はうちでお泊まりデートしない? 両親が出張でいないの」


「え? お泊まりってことは……」

 

 ボンッと、瞬間湯沸かし器にかけたかのように、一瞬で顔を火照らせた璃莉。

 かくいう私も、璃莉に意図が伝わり嬉しい半面、恥ずかしさで璃莉と目を合わせられない。

 

 そう、実は私達、まだ一線は越えていないのだ。

 

 二学期が始まってすぐに、服の上から胸やお尻を触ったりはしたけど、それより先の進歩がない。

 だからこの機会に、一気に肝心なところまでいきたいと思ったのだ。


「その……いい?」


「うん……お姉様となら」

 

 モジモジと、いつもは積極的な璃莉もこの時ばかりは恥じらいを前面に出している。

 でもこんな姿もかわいいし、あとなにより断られなくてよかった。


「あっ、パパやママになんて言おうかな……」


「うーん……ここに泊まるってことにしたらどう?」


「おじいちゃんちに?」


「そう、師匠の家に泊まることにして、私の家に来たらいいのよ」


「それ、いいかも」





「電話をかけられたらどうするんじゃ。すぐバレるぞ」





「「たしかに……え?」」


 おそるおそる、璃莉以外の声がした方を見る。

 するとそこには呆れた顔をこちらに向ける、


「し、師匠!」

「お、おじいちゃん!」


 が立っていた。


「あっ、えっ、ちょっ、師匠! 外出の際は鍵をかけた方がいいと思いますよ! ほら、世の中物騒ですし!」

「そうじゃな。次からそうするわい」


「ち、ち、ちなみに、どこに行ってたんですか?」

「トイレの電球が切れたから近くのコンビニまでじゃ」


「……それと」

「ん?」


「話、聞いてました?」

「いや、聞いておらん」


「本当ですか?」

「うむ。もし電話がかかってきたら『璃莉は勉強に集中していて出れん』とでも言っておけばいいかの?」

 

 百点満点です。……じゃなくて!

 私はすさまじい勢いで正座をつくり、


「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」

 

 魂の土下座を繰り出した。


 どこまで聞かれていたかはわからないが、下心丸出しのお泊まりを画策して、師匠の家に泊まると嘘を付くようそそのかしたことは確実に聞かれている。

 うん、控えめに言っても最低だ、私。


「なにを謝ることがあるか。それより璃莉の成績を案じてくれたこと、嬉しく思うぞ」

 

 あっ、そこも聞かれたんだ。


「泊まりに関しては……まあ……大事にしてやってくれ」

 

 師匠は困惑気味。

 私と璃莉の顔は真っ赤。


「よし、稽古を始めるとするかの」

 

 さっさと話題を変えたかったのだろう。師匠は今までの話を振り払うかのようにそう言った。

 私もこんな気まずい空気からは早く脱却したかったので、


「は、はい」


 すぐさま立ち上がって師匠に従った。


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