第48話 屋上での秘め事
「ここなら見つからないよ」
璃莉に案内された場所は、昇降口を出て、壁伝いを右に曲がった所。
正面から見える景色に校舎はないし、後ろはコンクリートの壁。
なるほど、たしかにここで座っていればまず見つからない。
壊れた南京錠といい、その調査能力に感心していると、璃莉は包みの中から取り出したレジャーシートを敷き始めた。
大きめの包みの中から見えたシルエットの正体はこれ。
準備も万端というわけか。
ここまでくると私もちょっとしたピクニック気分になり、心躍らせる。
レジャーシート敷きを手伝い、そこに璃莉と向かい合って座った。
「今日はひとつのお弁当箱にふたり分詰めてきたんだよ」
そう言って璃莉が取り出した大きめの弁当箱の中には、これまた国宝として保存しておきたい出来の料理の数々が。どれもおいしそうだ。
璃莉から箸を受け取り、さっそく食べようとしたとき、
「あーん」
目の前には璃莉の箸でつままれた唐揚げが。
いきなりのあーんだが、今の気分はふたりきりのピクニック。
ここが学校の一部であることをすっかり忘れ、戸惑うことなくウキウキで口にほおばった。
「どう?」
「今日もおいしいわ。ほら、璃莉も、あーん」
「あーん」
こんな風に互いに『あーん』し合って食べ進める。
自分の持つ箸をほとんど自分に使わなかったことに気付いたのは完食後だった。
身も心も満たされるような昼食がこれから毎日続く。
ああ、私はなんて幸せ者だ。
大きな幸福感に包まれていると、璃莉が包みの中から、今度は小さな弁当箱を取り出した。
「璃莉、それは?」
「デザート、というよりはおやつかな? これも作ってきたの」
璃莉が開けた弁当箱をのぞき込む。
「これ……なに?」
そこには黄色く四角い食べ物が詰めてあった。なんだろう?
「えへへ、璃莉とお姉様がよく一緒に食べていた物だよ」
「え? うーん……」
「恋人になる前を思い出して」
「……あっ」
思い出した。
きっかけは師匠が褒美と称して私にくれたこと。
そして、それを食べながら縁側で璃莉とたくさんおしゃべりした。
素朴な甘さの和菓子であり、私と璃莉を繋ぐ架け橋となってくれたこの黄色く四角い食べ物は、
「……芋羊羹?」
「正解!」
驚いた。
まさか芋羊羹が手作りできるとは思わなかったからだ。
「璃莉、芋羊羹なんて作れるの⁉」
「うん。意外と簡単に作れたよ。はい、あーん」
璃莉はプラスチックのピックに刺した芋羊羹を私に向けた。
驚きが収まぬまま、口にほおばる。
「……おいしい!」
あのとき食べたお店の芋羊羹よりも。
初めて師匠が芋羊羹をくれたとき『褒美』と称したことから、璃莉は私の好物が芋羊羹だと勘違いした。実際はそんなことないのに。
しかし今、この瞬間、間違いなく、芋羊羹は私の好物へ昇格を果たした。
まあ『璃莉の作った物に限る』という但し書きは付いてしまうが。
「よかった。お姉様は芋羊羹が好きみたいだから、作ってあげたいと思っていたんだ」
「璃莉、それは違うの。あのころの私は芋羊羹が好物ではなかったわ」
「え?」
「これは私の想像なんだけど、師匠は、私と璃莉がふたりきりになれる時間を作ろうとして、褒美と偽った芋羊羹をくれたのじゃないかしら」
今考えればそうとしか思えない。
あの行為は璃莉と私をふたりきりにさせることが真の目的だった。
夏休み中の昼食後に行っていた『食休みの散歩』のように。
なぜ他の和菓子ではなく芋羊羹が選ばれたのか、までは分からないが。
「あっ……そうだったんだ……芋羊羹、好きじゃなかったんだ……」
「あのころは、ね」
私は両手で璃莉の手を握った。
うつむいた璃莉の顔が上がり、それに向けて私は微笑みかける。
「璃莉のおかげで好物が増えたわ。私の新しい好物は璃莉が作った芋羊羹よ」
「お姉様……嬉しい……」
「璃莉……ありがとう……」
「お姉様……」
「璃莉……」
見つめ合い、唇を重ね合った。
ここが学校であることなどお構いなしに、ふたりだけの時間と空間を構築する。
存分に愛を確かめ合った後、ふたりして照れ笑いを浮かべ、璃莉が口を開いた。
「お姉様、隣、行っていい?」
「ええ、もちろん」
正面にいた璃莉が移動し、ギュッと私の腕を持ってくっついた。
「お姉様、璃莉も芋羊羹の味が知りたい」
「わかったわ」
ピックに芋羊羹を刺し、それを璃莉の口元に持っていこうとすると、
「ううん。違う」
「え? あーんじゃないの?」
「こっちがいい」
「こっち? むぐっ」
璃莉は唇を押しつけ、そして、
「⁉」
舌を、私の口に入れてきた。
ぬるっとした感触に一度は驚いたが、私もすぐに受け入れて舌を伸ばし、その快楽に墜ちてゆく。
舌と舌を絡ませ合う、初めてのディープキスだった。
「はあ、えへへ、お姉様のべろに芋羊羹の味が付いてたよ」
「……」
「お姉様?」
「……はっ!」
しばしの間、放心状態に陥ってしまった。
その気持ちよさのあまり、意識がフワフワとどこかに飛んでいってしまいそうだったからだ。
「……もしかして、嫌だった?」
「ち、違うわ! 璃莉とこういうことをしたいなって、ずっと思っていたわ! だから、嫌どころかもっと色々やりたいなって、今思うくらいで……」
きょとんとする璃莉。
色々やりたい、口を滑らせたことに気づいた。
以前から、璃莉の薄着姿であったり、璃莉の下着が偶然チラッと見えたりすると、なんかこう、ムラムラと、悶々と、湧き出るものがあった。
いや、ごまかさなくてもその正体はわかっていた。
はっきりと、性欲だと。
だが、その性欲を璃莉にぶつけていいのか悩んだ。
かわいいらしい璃莉にこんな欲を抱くなんてと自責の念に駆られることもあった。
しかたなく、性欲のぶつけ先にアダルト動画を選んで、気を紛らわせたりもしたが、満足はほんの一瞬。しかも璃莉とこういうことができたらいいのにと、むしろ欲が強くなることもあったから、まさに本末転倒である。
「ご、ごめんね。変なこと言ったわね。色々っていうのはその……」
目をそらして必死に言い訳を考えていると、璃莉はそっと私の手を取った。
なにをするのかな……⁉⁉⁉
「色々って、こういう、えっちなこと?」
私の手は導かれ、今、璃莉の胸を触っている。
「お姉様となら、璃莉も、したいな……」
そして顔を赤らめてそんなことを言われたら、もう止まらない。
「璃莉」
我慢していた欲が、あふれ出す。
「ん? むぐっ」
唇を重ね、舌を入れた。
胸を触っていた左手はそのままに、フリーだった右手で璃莉のお尻に手を回した。
舌も右手も左手も、他では味わえない感触に大喜びするように、止まることをしない。
一方璃莉も、それらを拒むことなく、私に身体を預けてくれている。
嬉しい。そして、気持ちいい。
「ぷはっ。お姉様、すごくえっち……」
「も、もっと、もっとしていい?」
「う、うん……でも、優しくしてね……」
号令無視、屋上侵入のみならず、不純異性……いや、不純同性交友。
今の私は手のつけようがない問題児だろう。
そしてこれを、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴るまで続け、私の不良列伝に授業遅刻も加わることになったのだった。




