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第46話 学校であーん?

 9月1日。暦の上では秋。

 

 これ以上ないくらい充実した夏休みも終わり、今日から二学期だ。

 ちなみにうちの学園は始業式が終わった後も、午後からしっかり授業をする。


 去年までなら、始業式の日くらいさっさと解放してくれとうざったく思っていたが、今日はこの授業の存在に感謝したい。

 なぜなら、もし授業がなく午前放課となれば、璃莉の手作り弁当を食べられる日が一日延びていたからだ。

 

 昼休みの開始を告げるチャイムを今か今かと待ちわび、鳴った瞬間に教室を飛び出した。

 号令の『起立』の時点で、私は『退室』を開始していたからクラスメイトや教師に不審がられたかもしれない。

 まあそんなことがどうでもよくなるくらい、璃莉の手作り弁当を楽しみにしていたわけだ。

 

 そして待ち合わせ場所である中庭までやってきて、ベンチのひとつに腰を下ろした。

 この中庭は高等部と中等部の間に位置する。

 したがって移動のしやすさから待ち合わせ場所としてすんなり採用された。

 

 学園全体の憩いの場になっているのだろう。

 中庭には中等部高等部問わず、生徒達が続々と訪れている。

 そんな中、


「お姉様」

 

 後ろから私を呼ぶかわいらしい声がしたので振り向く。

 大きめの包みを下げた璃莉がやってきた。


「璃莉、さあ、座って座って」


 隣をポンポンと叩く。

 璃莉はそこに腰を下ろして、包みから弁当箱をふたつ取り出す。


「お姉様って、いつも待ち合わせ場所に来るのが早いよね」


「えっ? ……まあ、楽しみにしていたからね」


 璃莉と会えるのだから、これくらい普通だ。

 号令を無視し、チャイムと同時に教室を飛び出すのも私の普通……うーん。

 

 これではただのルールが守れない不良みたいだから、次からやめるよう心掛けよう。

 もっとも、私の身体が璃莉の手作り弁当を欲して勝手に動いてしまったらしかたのないことだが。


「その期待に応えられたらいいけど……はい! どうぞ!」


「ありがとう」


 璃莉から弁当箱を受け取り、さっそく蓋を取る。

 その出来映えに驚かされた。

 色合いや栄養バランスまで考えられたと見受けられるおいしそうなおかずと、俵型のおにぎりが、綺麗に弁当箱に詰められていた。


「ハンバーグ、ミニグラタン、にんじんのグラッセ、ピーマンとちりめんじゃこの炒め物、おにぎりの具は昆布とツナマヨにしたよ! めしあがれ!」


 璃莉がひとつひとつ説明してくれる中、私は依然としてその完成度の高さに驚きっぱなし。

 そして、箸をつけるのがもったいないなどと本末転倒なことを少し思いながらも「いただきます」と言って、まずハンバーグを口に運んだ。


「……おいしい!」


 お世辞ではない。ひいき目抜きにしてもすごくおいしいのだ。

 箸が止まらず次々に口へ運ぶ。

 他のおかずも同様に絶品だ。

 実は野菜を苦手としている私が、にんじんとピーマンを口にして、おいしいと思えたのは初めてだった。


 味だけではない。細かい見た目にも璃莉の手が尽くされている。

 たとえばにんじんのグラッセはにんじんが花型に抜かれているし、ミニグラタンの上には粉状のパセリが振りかけてあった。

 

 こうした一手間に愛を感じる、なんて思っちゃったりして。


「えへへ、お姉様に褒められると嬉しいな」


「こんなにおいしいお弁当初めて食べたわ。璃莉って料理上手だったのね」


「うーん……小さい頃から手先が器用とはよく言われたよ。それが料理に活かされたのかも」


「へえ、そうだったの」


 たしかに、花火大会の時も金魚を次々とすくっていた。

 手先が器用なのはわかる気がする。

 

 会話の流れもあり、璃莉の小さな頃の話がもっと聞きたくなった。

 大好きな璃莉の幼少期を知りたい、そんな思いだった。


「他に小さな頃から得意だったことってある?」


「他……うーん……あっ! かくれんぼ!」


「かくれんぼ?」


「うん。璃莉はいつも最後まで見つからなかったんだ。見つけにくい場所に隠れているわけでもないのに、璃莉の前をなぜかオニが素通りしちゃったりして。降参を受けて出てくるとオニによく驚かれたよ。『あれ? そんな簡単な所に隠れていたのに、なんで見つけられなかったんだろう?』って」

 

 かくれんぼが得意。意外な返答だった。

 でも振り返ると、それに関する私とのエピソードもある。

 璃莉は一ヶ月半という長い間、道場の外から私の稽古をこっそり見ていたことがある。

 そのとき、私は璃莉の気配にまったく気付かなかったのだ。

 

 昨日の話によると、師匠は気付いていたみたいだが……。


『璃莉はたまに、稽古中の京花を道場の外からこっそり見ていたからの』

 

 あのとき師匠はたしか『たまに』と言っていた。

 でも璃莉は、


『あの日、たまたまくしゃみでバレちゃったってだけで、璃莉はお姉様と初めて会った日から、毎日ずっと稽古を見ていたんです』


 花火大会のあとの公園で、たしか『毎日』と言っていた。

 つまり、師匠の目を持ってしても、璃莉に気付かなかった日があったわけで。

 いや、『たまに』というニュアンスから鑑みるとむしろ気付かなかった日の方が多いのではないか。

 

 うーむ。こうなると才能と言っていいレベルで得意なのかもしれない。

 かくれんぼが得意と言うよりは、自身の気配を消すことが。

 

 手先が器用で気配を消すことが得意。

 時代が違えば忍者にでもなれそうだ。


 くノ一衣装を身に纏って『にんにん』と印を結ぶ璃莉を妄想し、絶対かわいいだろうな、と至極当たり前の感想を抱いていると、


「どうしたの? ぼーっとして」


「え、いや、かくれんぼか、やった記憶がないなって……」


「じゃあ今度璃莉と一緒にやる?」

 

 高校生になってかくれんぼか……。まあ璃莉とならいいかもしれない!


「って冗談は置いといて……」


 あっ、冗談だったんだ。少しやってみたかったから残念だ。

 璃莉はハンバーグを箸で一口大に切り、そのまま自分の口には運ばず、


「あーん」

 

 私の口元まで持ってきた。


「璃莉、さすがに学校であーんはちょっと……」


「え? 駅ではそれ以上のこともしたのに?」

 

 あれは衝動的だったというか……。

 それに、


「あのあと先輩の家に逃げ込んだりして苦労したじゃない。学校は閉鎖的だから逃げ場なんてないわ。それに変な噂が立ったら学校生活に支障をきたすかもしれないし」


 人の目を気にしなくなった私。

 だが学校という場においては、そんな姿勢ではいられない。

 なぜなら学校は極めて特殊な空間だからだ。

 

 少しでも特徴的な人間がいれば、皆でよってたかって変人扱いし、叩く。

 そしてなにか噂があれば、尾ひれをつけて他の人間と共有し、娯楽として扱う。

 もちろん皆が皆そうではない。だが人を陥れるような噂話に嬉々とする人間がいることもまた事実。たまに意図せずして耳に入ることがあるが、あんなもので心を躍らせていたら終わりだなと思う。

 

 もしかしたら、こんな周りに合わせられない性格だから私には友達がいないのかもしれない。

 もっともそんな友達、こちらから願い下げだが。

 

 とにかく、学校は危険だ。璃莉になにかあったらどうする。

 しかし璃莉はあっけらかんと、


「大丈夫だよ。あーんは友達同士でもするし」


「え? うーん……」

 

 たしかに、私も付き合う前の璃莉にリンゴ飴をあーんしてもらった。

 じつはあーんはそんなにハードルの高いことじゃないのかもしれない。


「ってことで、あーん」


 再度、口元に持ってこられたハンバーグを、


「あ、あーん」


 私はほおばった。


「どう?」


「……おいしいわ。でも、落ち着かないわね」


「じゃあふたりきりになれたらいいの?」


「それはそうだけど、ここは学校よ。ふたりきりにはなれないわ」

 

 そう言うと、璃莉は「うーん」と少し悩んだ後、『あっ』と声を上げて得意げな笑みを浮かべた。


「心当たりがあるから調べておくよ。大丈夫そうだったら明日からはそこでお弁当を食べようね」

 

 私の頭は『?』で埋め尽くされる。

 そんなところ、ほんとうにあるのだろうか?



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