第43話 私の普通
駅のホームを走り、階段を飛ぶように降りる。
早くしないと先輩の居場所が分からなくなってしまう。
しかし、階段を降りた先に待っていたのは分かれ道だった。
右に行けば東口、左に行けば西口、先輩はどっちに行ったのだろう?
なにか手ががりはないかと記憶を探るが、先輩の言動にヒントになるようなものはなかった。
ここは一か八か適当に選び、それにかけるしかない。
「璃莉、東と西、どっちが好き?」
「え、ええ……どっちも好きでも嫌いでもないですよ……」
「まあそうだろうけど、あえて言うならどっち?」
「じゃ、じゃあ……東で……」
「東ね。わかったわ!」
そうこうあって東口に向かおうとした瞬間だった。
「あれ? なんで京花ちゃんと璃莉ちゃんがここに?」
声のする方、斜め後ろを振り返ると、なんと先輩がいた。
先輩の後ろにはなにかの出入り口、見上げると男女のシルエットマーク。
どうやら先輩が向かった先は西口でも東口でもなく、トイレだったようだ。
これはラッキーだ。
先輩の尿意に救われた私は、走ってきた勢いそのままにTPO知らずの大声を張り上げた。
「さっき、嘘をつきました! この子は友達じゃありません!」
先輩は内容か声量、もしくはその両方に面食らい、首をかしげた。
「……え? じゃあ親戚?」
「それも違います」
私は璃莉と恋人繋ぎしている手を天高く上げた。
当然、璃莉の手も上がり、ふたりの恋人繋ぎを先輩に見せつける形になる。
「璃莉は私の恋人です!」
私にとって、璃莉と付き合っていることを初めて誰かに告げた瞬間だった。
面食らったままの先輩へさらに言葉を続ける。
「先輩は変と思うかもしれないですけど、本当のことなんです。私は璃莉のことが大好きで、璃莉も私のことを大好きだと言ってくれる。璃莉はとてもかわいくて、とても優しくて、とても元気で、とてもいい匂いがして、とても唇が柔らかくて……」
どんどん話が逸れていってるような気がしたので、いったん止めて深呼吸した。
私が先輩に伝えたいことは璃莉の魅力じゃなくて、ええと、つまり、
「大好きな璃莉と特別な関係、これが私の普通なんです!」
こういうことだ。
志望校合格に向けて猛勉強するのが先輩の普通。
たとえ周りからオーバーワークに思われても、その努力に歯止めはしない。
大好きな璃莉と恋人同士なのが私の普通。
たとえ周りから変に思われたとしても、その想いは揺るがない。もう二度と。
「ええと……京花ちゃん」
先輩は絞り出すように声を出した。
「はい」
どんな言葉でも正面から受け止めるつもりだ。
たとえ『よくわからない。女の子同士の恋愛は私にとって普通じゃない』なんて言葉だとしても。
「とりあえず、うち来る?」
「はい?」
家に誘われる、これは予想外だった。
「な、なんで急に?」
「その大好きな璃莉ちゃんをよく見てみなよ」
言われた通り、隣にいる璃莉を見る。
璃莉はうつむいて顔を紅潮……なんてレベルじゃない。怖いくらい真っ赤だ。
顔から湯気が出てるような気がするし、これじゃあリンゴじゃなくて茹でダコだ。
「それと、ちょっとだけ周りを見渡してみて」
周りの目などもう気にしないが。
まあ、とは言っても確認くらいは……げっ!
見渡してみると、私、璃莉、先輩の三人を囲うようにして人の集団が円を描いていた。
そして次々に聞こえる様々な声。
「え? 映画かドラマの撮影?」「でもカメラがないよね」「あの、トイレに行きたいんですけど」
「あのふたり、ホームではキスしてたよね」「かわいいカップルだね」「あの、トイレに、結構やばいんですけど」
「なになに⁉ 痴話げんか⁉」「違うよ!」「ちょ、トイレ、まじでやばいです」
「尊い」「あれ? あんたBL好きじゃなかったの?」「百合もいける」「あの、あっ……もう大丈夫ですよ」
これは……あれだ……やりすぎた。
あと約一名には非常に申し訳ないことをした。
「ね? こんな状況じゃ電車になんか乗れないでしょ?」
ですね。しばらくどこかで身を隠す必要がある。
「お、おじゃまします」
こうして私と璃莉は先輩の家に行くことになった。




