第40話 お久しぶりです
結局キスできぬまま観覧車を降り、互いに一言も発することなく、あてもなくゆっくり歩く。
他の人達が楽しそうに思い思いの時間を過ごしている中、私達に流れるのは気まずい空気。
キス、できない。
この事実を璃莉はどう受け止めただろうか?
私は、勇気が出せなかったり、周りの目をつい気にしてしまうだけで、璃莉のことが好きじゃないとかそういうのでは……
ない、とはっきり否定できない。
キスできない理由も、交際を公にできない理由も、元をたどれば好きじゃないからではないのか?
頭の中が、認めたくないもので埋め尽くされる。
「お姉様」
そんなとき、璃莉が口を開いた。
璃莉の顔を見てから周りを軽く見渡すと、近くに誰も人がおらず、代わりに柵に囲まれたグレーの電気設備が音を立てていた。
知らぬ間に園内の端っこのほうへ来ていたようだ。
璃莉は「えーと……」と頬を掻く。
躊躇う、というよりは言葉を選んでいるようだった。
そして、
「女の子同士の恋愛を悪いことだと思ってませんか?」
私の心中を当ててみせた。
「ど、どうして?」
「映画を見たあたりから、人前で手を繋いでくれなくなったし、迷子センターではデートかと聞かれた途端、そそくさと出ようとしましたよね。周りの目を気にしてるんだなって、思いました」
その通りだ。反論の余地もない。
「……ごめんね」
「謝らないでください。ただ周りの目を気にしちゃうだけで、璃莉のことを好きでいてくれているってのはわかってますから。キスできないのも、勇気が出ないだけですよね?」
その通りだ。その通りでありたい。私は璃莉を好きでありたい。
でも、
「え、ええ」
そう呟いてぎこちなく頷くだけで、強く肯定できない。
「だから気にしなくて大丈夫です。次デートするときは人目の付かない場所を選びましょうね。って璃莉達、芸能人カップルみたいですね。あははは……」
璃莉は力なく笑った。
本当は場所に制約などかけたくないだろうに。
私のせいで、璃莉に辛い思いをさせてしまっている。
沈黙が流れる。
こういうときにかけるべき言葉が見つけられないし、璃莉もまたそうなのだろう。
「今日はもう、帰りましょうか」
璃莉はそう言って、また乾いた笑みを浮かべた。
・・・
駅まで行って電車に乗った後も、気まずい空気は拭えぬまま。
本来なら『どこかで晩ご飯でも食べて帰りましょうか?』なんて話を切り出し、楽しくおしゃべりする車内だっただろうに。
互いに無言が続いて、ただ電車に揺られるだけの時間に成り下がってしまった。
席が埋まっていたので、私も璃莉も立っている。
すぐそばにいるのに透明な壁が私達を遮っているような気がした。
周りの人から見た私達は、付き合っているどころか近くに乗り合わせただけの赤の他人かもしれない。
これが私の望んだことに近いと考えると、なんと皮肉なものだとむなしくなる。
しばらく経って、電車に急ブレーキがかかり、混み合う車内が大きく揺れた。
後ろの人にぶつかってしまったので軽くあいさつしておく。
「ごめんなさい」
「いえいえ、こちらこそ……ん?」
後ろにいた女性はこちらをまじまじ見て、
「……京花、ちゃん?」
私の名前を呼んだ。
はて? こんなメガネをかけた賢そうな女性、知り合いにいただろうか?
記憶を探り、思い出そうと努める。
声が、とある人物と一致した。
「……先輩?」




