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第39話 観覧車

 しばらくプールで遊び続け、三時を過ぎた頃だった。

 ジュースを飲みながら休憩タイムを取っていると、璃莉が遊園地に移動したいと言い出したので、二つ返事で同意した。

 

 当然、服に着替えてから移動するわけであり、そこでは朝には見られなかった璃莉の裸を見るチャンスがあったのだが、ボーッとして見逃す羽目になってしまった。

 まあそもそも、裸を見たい、なんて気分になれなかったのもあるが。

 

 遊園地に移動しても棘は残ったままで、ジェットコースターで璃莉の叫び声を聞いても、コーヒーカップではしゃぐ璃莉を見ても、私はどこか上の空のままだった。

 

 そして日が沈みかけてきた頃、


「次は観覧車に乗りませんか?」

 

 璃莉が、そう提案した。



   ・・・



 観覧車のゴンドラに乗り込み、璃莉と向かい合わせで座る。

 観覧車に乗るのは初めてだが、両端に席がある構図で、人数はふたり。

 向かい合わせで座るのがどう考えても自然だろう。

 

 クーラーの効いたゴンドラ内で、璃莉は窓に手を当てて景色を眺め、私はその璃莉の姿を眺めていた。

 さっきまでよくしゃべっていた璃莉だが、今は無言。

 それが夕日に照らされた顔と相成って、どこか幻想的な雰囲気を作っている。

 

 景色に夢中なのかな? ならそっとしておこう。

 

 互いに無言の状態が続き、ゴンドラがてっぺんに位置する頃。

 璃莉が、ゆっくりと私を見た。


「お姉様、こっちに来ませんか?」


「ええ、いいわよ」


 断る理由などない上、私もそばに寄りたかったので、璃莉の隣に移動する。

 すると、璃莉は私に笑顔を向けたかと思うと、すぐに目を閉じて、顎を上げ、唇を前に突き出した。

 公園の時と同じだから、その行為の意味を理解するのに一秒もかからなかった。


 璃莉はキスを求めている。

 

 一回目は師匠の家、あの時は気付きもしなかった。

 二回目は公園、あの時はへたれた。

 

 そして今は三回目だ。

 ゴンドラの中はほぼ個室、夕日が作り出した雰囲気、ここしかないような場所と状況。

 

 そろそろ決めたい。三度目の正直にしたい。璃莉とキスがしたい。


 意を決して、まっすぐ璃莉を見る。

 そのまま柔らかそうな唇に近づき、近づき、近づき……寸前で止まった。

 ダメだ、勇気が出ない。あと一歩が届かない。


 ああ、あとちょっとだから、璃莉が動いてキスしてくれたらいいのに。

 いつもリードするのは大抵璃莉だから、キスも璃莉がしてよ。

 

 目前で躊躇して、挙げ句、そんな弱気なことを考える。

 そうしていると、しびれを切らしてしまったのだろう。璃莉の目がゆっくりと開いた。

 それを見た私は、反対に目を閉じた。


 さあ璃莉、キスして。


 閉じた目に、そんな想いを込めて。

 

 しかしながら、璃莉が私に向けたのは唇ではなく言葉だった。

 それはゆっくりと、優しく、やわらかで。

 なおかつ、私を弱気からたたき起こす、エナジーとなる言葉で……。



「初めては、お姉様からしてほしいです」

 


 ハッと、私を目覚めさせる。

 目を開けて、璃莉と見つめ合う。

 

 ああ、そうだ。

 年上の私が、こんな弱気じゃダメだ。

 

 キスは、王子様からお姫様に。

 私から璃莉にするものだ。


「――――目を閉じて」


 私の言葉の通り、璃莉が目を閉じる。

 好きの気持ちを唇に込めて、一切穢れのない愛を証明したい。

 

 璃莉の頬に手を触れて、唇を近づける。

 どんどん近づいて、吐息をしっかりと感じ取るまできたときだった。

 


 


 ……一切穢れのない愛?





 疑問に思うと、沼にはまったも同然。

 心に残っていた棘が凶暴化して、顔を出してしまった。

 そいつがあざ笑うかのように、私に話しかける。



    





     ~~~



『穢れのない愛? 本当に?』

 

 ええ、本当よ。


『じゃあなぜ璃莉が恋人だと周りに言えないの? なぜ罪悪感を持っているの? 親に言えないのはなぜ? 手を繋げなくなったのはなぜ? 店員に否定できなかったのはなぜ? 係員に肯定できなかったのはなぜ? ねえどうして? ねえ教えてよ』

 

 女同士の恋愛は普通じゃないからよ。


『本当に? 本当にそれだけ?』

 

 なにが言いたいの?

 

『うーん……結局のところ……』




『璃莉のこと、そんなに好きじゃないからじゃない?』



    ~~~

 





 顔を離して、呟いた。


「……ごめんね」

 

 震えながら、消え入りそうな声でもう一度。


「……璃莉、ごめんね」

 

 真っ赤に染まる夕日とは対照的に、私の顔は青白く染まる。

 心の奥底まで刺さりきった薔薇の棘が、私を制止させた。


 


 キス、できない。




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