第38話 迷子と係員と棘
あまりご機嫌じゃない昼食を取り、午後もしばらくプールで遊ぼうとふたりで決めた。
ちなみに昼食代は、璃莉の分も含めて私が全額出した。
『年上だからそのくらいは』と私から申し出たのだ。
この理由、嘘ではないが、主たるものではない。
先ほどのやりとりに情けなさを感じて、璃莉への罪滅ぼしのつもりでやったのが主たる理由。
……こんなことでしか、私は償えないのだ。
食べ終わったあと、璃莉はおもむろにプラスチックの器を手に取った。
「これ、ゴミ箱に捨ててきますね」
「私も行くわ」
「お姉様はゆっくりしててください。今日はご馳走になったことですし」
そこを突かれると痛い思いがする。
だが押し問答が続きそうだったので、
「じゃあお願いするわ」
そう言って璃莉を見送ることにした。
皆、丁度食べ終わったのか席を立つ人が多く、璃莉はその人混みの中に消えていった。
やることのない私はひたすら待つ。
「……」
「……」
「……」
やけに遅い。ゴミを捨てに行くのにここまで時間がかかるか?
ゴミ箱ってそんなに遠いところにあるの?
ふと、近くから『迷子にならないようにママの手を握ってね』『はーい』なんて親子の会話が聞こえてきた。
……まさかね。
そのときだった。場内アナウンスが響いたのは。
「迷子のお知らせをします。東京都よりお越しの城之園璃莉ちゃんが迷子になっております。お連れ様は至急、迷子センターまでお越しください」
……そのまさかだった。
近くにいた店員に迷子センターの場所を尋ね、プールでは許されない行為であろう駆け足で向かう。
なぜ迷子に? そしてなぜ中学三年生の璃莉が保護される?
疑問は色々とあるが、とにかく急ぐ。
そして迷子センターにたどり着き、扉を開けた瞬間、
「だから迷子じゃありません!」
聞こえてきたのは璃莉の怒号だった。
「またまたー中学三年生だなんて嘘ついてー」
「嘘じゃありません!」
「いい加減本当のことお姉さんに教えてよー」
「今まで話したこと全部本当です!」
璃莉は係員の女性と言い合いしていた。
「あの……」
「あっ、お姉様!」
ぱあっと明るい笑顔が私に向けられる。
約半時間ぶりの再会を私も喜びたいところだが、とりあえずは、
「その子、本当に中学三年生ですよ」
「え⁉ 本当だったんですか⁉」
「だから言ったじゃないですか!」
「てっきり子供特有の背伸びかと……申し訳ございませんでした」
なるほど。係員の女性はひとりでいる璃莉を見て、小学生が迷子になっているとでも思ったのだろう。
そして保護してここまで連れてきた、と。
「まあキョロキョロして紛らわしかったと思いますけど……べ、べつに迷っていたわけではないですからね!」
あ、迷ってはいたんだ。なら保護されてよかったのかもしれない。
「本当に疑って申し訳ございませんでした……あれ?」
係員の女性は本当に申し訳なさそうな声で再度謝ったあと、なにか疑問に残る点があったようで首をかしげた。
そして璃莉と私を交互に見る。
「なら恋人とデートで来たというのは……」
グサッと、鋭利な刃物で刺されたような感覚に陥った。
係員の不可解なものを見る目は、薔薇の棘。
私の心に、傷を与える。
「璃莉、行きましょう」
璃莉の肩に手を置いて、出よう、と促す。
「もういいんですよね?」
「あっ、はい……この後も是非お楽しみください……」
私は璃莉を連れて、足早に迷子センターを出た。
『今日はママと遊びに来たの? それともパパ?』
『恋人とデートに来たんですよ!』
私が来る前に、きっとそんなやりとりをしたのだろう。
その結果、あの反応だから、やはり女同士の恋愛は普通じゃないのだなと思い知らされる。
「お姉様、次はなにをしますか?」
「え、ええと……波のプールにでも行く?」
「はい!」
その後、私は心からプールデートを楽しめていただろうか?
店員との会話と、係員の怪訝な表情。
二連続は、さすがに堪えた。
脳裏に残る薔薇の棘が私の心に傷を与え続ける。
ズキズキと、奥深くまで刺さる、凶暴な棘だ。
楽しい時間のはずなのに笑顔になれない。しかたなく、無理に笑顔を作る。
璃莉が目の前にいるのだ。
上手く、笑わなければ。
自然に、笑わなければ。
「お姉様、もう一度ウォータースライダーに行きませんか?」
「……」
「お姉様?」
「……あっ。ごめんね。ボーッとしてたわ」
「もう! お姉様ったら!」
ごめんね。本当にごめんね。
私は、今を楽しめない。




