第37話 昼食と店員と棘
ウォータースライダーや流れるプールで遊んでいると、早くも昼食時になった。
というわけで私達は更衣室に戻って財布を取ったあと、フードエリアへと向かった。
「うーん……空いている席が見つかりませんね」
時間が時間だけにたいへん混雑しており、どの席も埋まっている。
「いずれ空くかもしれないし、ひとまず食べ物を買いに行く?」
「そうですね」
私達は席取りを後回しにして、売店へ。
売店の上部には、写真付きの看板が貼らていた。
『開国したくなる旨さ! 黒船襲来アメリカンドッグ!』
『吉宗唸った! 暴れん坊からあげ棒!』
『中国は例外です! 鎖国ラーメン!』
……はっきり言おう。意味がわからない。
それと、あの『徳川綱吉大絶賛! 生類憐れみの冷麺!』だが、ハムが乗ってるじゃないか。
あれでは大絶賛どころか大激怒だろう。
「不思議なメニューばかりですね」
「本当ね。わざわざ開国したくなるアメリカンドッグってどんな味がするのかしら?」
これらのメニュー、意味はわからないが話の種にはうってつけ。
楽しくおしゃべりしながら列に並び、もう少しで私達の番となったとき、
「お姉様、あそこの席が空きましたよ。璃莉が行って取ってきますね」
「じゃあ私が璃莉の分も買っておくわ。何にする?」
「えーと……あの『豊臣を滅ぼせ! 大坂夏のたこ焼き!』でお願いします」
「分かったわ。『大阪冬の肉まん』じゃなく、『大阪夏のたこ焼き』の方ね」
「はい。夏の方で」
なんという会話だ。というツッコミはこの際なしにするとして。
私が列に残り、璃莉が席を取りに行った。
そして、そのあとすぐに私の番がやってきて注文を済ませると、これまたちょんまげのカツラの女性店員が雑談をふっかけてきた。てか女性もちょんまげなのか。
「かわいい妹さんね。お姉様なんて」
急だったので驚いた。
おしゃべりが聞こえたのだろう。
「あっ、え、いや、あの子は妹じゃなくて……」
「じゃあいとこ? それとも学校の後輩とか?」
「え、まあ、はい、後輩です……」
……またか、と心底自分に呆れた。
嘘はついてない。
中等部と高等部の違いはあるが、璃莉は同じ学園の後輩だ。
でも、もっと適切な言葉があっただろう。
私と璃莉はただの先輩後輩じゃない。恋人同士だ。
特別で、互いに好きと言い合える仲だ。
それを伝えられたらよかったのに、できなかった。
普通じゃない女同士の恋愛に罪悪感を抱き、これから先、関わらないであろう人への返答にさえ引け目を感じ、できなかった。
『違います。あの子は恋人です』
もし否定し、そう返していたら、この馴れ馴れしい店員はどんな反応をしていたのだろうか?
『あはは、冗談上手いね』
『え⁉ ……本当に?』
『へえ、そうなんだ』
流す。聞き返す。受け入れる。
どの結果だとしても。
たとえ受け入れられる結果だったとしても。
今ある現実はそもそも否定できなかった私で、それがなにより悲しい事実。
ああ、やっぱり無理なんだ。
私は、胸を張って『璃莉は恋人』と言えない人間なんだ。
失意と共に、心になにかが刺さった。
映画を見たときに現われた薔薇の棘だ。
それはまた、私の心に傷を与える。




