第35話 更衣室はドキドキの連続
当たり前だが、夏は暑い。
晴天ともあると、青空のさらに向こうから容赦ない陽射しが照りつける。
八月間近の夏真っ盛り、いいかげん太陽の存在をうざったく思っていたこのごろ。
しかし、今日に限ってはこの熱い陽射しも大歓迎しようではないか。
「お姉様ー!」
待ち合わせ場所の駅に、璃莉がやってきた。
今日は絶好のプール日和だ。
三度連続となる『待ち合わせ一時間前到着』を果たした上で璃莉と会い、江戸サマーランドへ。
到着後は少々列に並んだが、わりとスムーズに入場券を購入できた。
これひとつで一日、遊園地とプールを行ったり来たりできるらしい。
「お姉様、璃莉はまずプールに行きたいです!」
「私もよ」
「やったあ! 同じですね!」
うん、同じだ。
まあ、璃莉が遊園地を選んでいたら私も遊園地に行きたくなっていただろうから、意見が一致するのは既定路線みたいなものだったが。
「暑いですし、今日はプールメインでいきましょう!」
「ええ、そうしましょう」
たしかに、この暑さだと遊園地は日が暮れ始めてからでいいだろう。
璃莉が熱中症にでもなったら大変だ。
というわけで私達はプールへと向かう。
さあ、いよいよ璃莉の水着姿が拝めるというわけだ。
露出度は控えめの水着だが、普段の服よりは肌が露わになっているわけで、まあなんというか……私は期待している。
もう更衣室に入ったし、あと数分もすれば可憐な水着姿が……ん?
ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て!
とんでもないことに気付いた。
水着どころの騒ぎじゃない展開が控えているではないか!
水着に着替えるということは、一旦素っ裸になるということ。
つまり……一糸まとわね璃莉の姿が見られるというわけだ。やったぞ!
……でも、見てもいいのか?
ロッカーを開けながら、少し躊躇する私。
しかしすぐに考えを改める。
同じ更衣室の隣で着替えるんだ。
きっと不可抗力で視界に入ってしまう。
だからこれはやましい気持ちでもなんでもない。
たまたま! 偶然! 別に見たくもないのに! 璃莉の裸を見てしまうことになる!
くぅ~しかたないな!
「お姉様、着替えないんですか?」
「あっ……す、すぐに着替えるわ」
着替え、いや、ただ手を動かす行為をカモフラージュにしながら全神経を目に集める。
もはや偶然でもたまたまでもなんでもなく、今の私は璃莉の一挙一動から目が離せない。
『さあ始まりました。璃莉の生着替え! 実況はわたくし月上京花! 解説もわたくし月上京花でお送りします! 月上さん、今日はよろしくお願いします!』
『よろしくどうぞ!』
『さあまずはワンピースの肩紐に手をかける! おっと? 鞄から水着を取り出していないようですが?』
『おそらく全部脱いでから取り出すつもりなんでしょう。拝める時間が増えるチャンスですよ!』
『なるほど! これは思わぬ幸運が舞い込んできました!』
『見てください。肩紐を外してインナーのキャミソールに手をかけましたよ。この下にあるのはブラジャーでしょう!』
『裸の前哨戦というわけですね! さあ、我々はひとまずその光景を目に焼き付けるとしましょ』
「見てください! 服の下に水着着て来ちゃいました!」
ガンッ、と頭をロッカーにぶつけ、脳内の実況と解説は消滅した。
くそっ! まさか水泳の授業が待ちきれない小学生みたいなことをしていたとは。
……って、ちがうちがう。
冷静になってよく考えてみると、裸を期待する私が悪い。てか気持ち悪い。なんださっきの実況と解説は。スポーツ中継じゃないんだぞ。
「どうしたんですか⁉ 急にロッカーへ倒れ込んで⁉」
「な、なんでもないから大丈夫よ。そ、それより合理的でいいわね」
とにかく私も着替えようと、自分の服に手をかける。すると、
……あれ? なんかドキドキする。
高鳴る胸は璃莉が隣にいるせい。
璃莉に裸を見られると思うと緊張する。
璃莉は私の裸を見てどんな反応をするのだろうか?
無反応だとよけいな緊張しなくて済むが、それだとなんか寂しい。
そもそも、璃莉には私の裸を見たいなんて気持ちがあるのだろうか?
脳内の私みたいにがっつかれたら少し驚くが、でも少しは関心を持ってくれると嬉しい。
ドキドキ、ドキドキ、と胸を高鳴らせながら、ゆっくりと赤いTシャツを脱いでいく。
もうすぐブラジャーが露わになるが、果たして、璃莉の反応は?
「トイレに行ってきますねー」
去って行った。
私がのろのろしているうちに着替え終えて、去って行った。
「……ふう」
まだ一ミリも水に浸かってないのにこの疲労感はなんだ。
さて、璃莉が帰ってくる前にさっさと着替えよう。
・・・
着替え終え、トイレを済ませた璃莉も戻ってきた。
それにしても、水着姿の璃莉……すっごくかわいい!
いつもかわいいが、それにプラスして涼やかかつ華やかで。
さらにこの時期しか見られないとなると特別感が湧いてくる。
なんて、通常キャラを持っているのにもかかわらず限定という言葉に惹かれ、そのキャラが水着を着ただけのデータに大金を注ぎ込むソシャゲ廃人のような思考に陥りながら見ていると、璃莉が鞄からなにかをを取り出した。
「璃莉、それはなに?」
「日焼け止めクリームですよ。持ってきてないんですか?」
「ええ。私は別になくても……」
「ダメですよ。紫外線はお肌の大敵ですから。璃莉のを分けてあげます。手を出してください」
と促されたのでありがたく頂戴し、手に乗った大量の日焼け止めクリームを全身に塗った。
そうしていると、璃莉が不意に後ろを向いて、
「背中に塗ってください」
「……え⁉ 私が⁉」
「他に誰がいるんですか」
たしかに私以外いないが……。
え? 触れていいの? 犯罪とかにならないよね?
おずおずと日焼け止めクリームを受け取り、適量手に出して、目の前の小さな背中に視線を注ぐ。
璃莉はジッと、私に塗られるのを待っている。
本当に触れていいんだ……。私が……。璃莉の背中に……。
「? お姉様、早くしてください」
「あっ、そうよね」
ためらっていてもしかたないと、意を決して璃莉の背中に触れる。
璃莉の背中は温かく、日焼け止めクリームが溶けるように肌に染みこんでいく。
体温が高いのかな。
それに柔らかい。
さらにすべすべだし、璃莉の肌ってこんなに気持ちいいんだ。
肌の感触を味わうようにクリームを全体に伸ばす。
もう少し横に伸ばしたら横腹、もう少し下に伸ばしたらお尻。これらはもっともっと柔らかそうだ。
……ちょっとくらいなら、触ってもバレないんじゃ?
なんてよからぬことを考え始めたとき、
「そろそろ塗れましたか?」
「え、あ、うん。か、完璧よ」
考えを見透かされたようなタイミングだった。
パッと手を離し、反省する。
「じゃあ次はお姉様の番ですね」
「え? 璃莉が塗ってくれるの?」
「当然ですよ」
私が後ろを向くまでもなく、「塗り合いっこしましょー」と璃莉が背中に回り込んでくる。
こうなると私はただ従うほかない。というか拒否する理由など、どこにもないのだが。
ドキドキしながら璃莉の手が背中に触れるのを待っていると、そのときはすぐにやってきて、璃莉の小さな手が私の背中を撫でる。
……なんだか、感無量だ。
謎の成し遂げた感に浸りながら、璃莉の手を堪能する。
しばらくして手が背中から離れた。
もう終わりか? と思いきや、
「……やっぱり。ちゃんと塗れてない」
璃莉は私の腕に触れて、そう呟いた。
「ちゃんと塗ったわよ?」
「薄いです。自分基準で日焼け止めを渡しちゃったから、お姉様には足りませんでしたね」
すると璃莉は再び日焼け止めクリームを手に取って、今度は私の腕に塗り始めた。
腕だけじゃなく、肩、腹、腰、全身に璃莉の手が走る。
「ちょっ。そんなに塗らなくても大丈夫よ」
「ダメです。しっかり塗り込まないと」
「じゃあ自分で、自分でやるから」
「もう手に出しちゃったから璃莉が最後までやります」
ここまでくると恥ずかしさも強くなる。
だが身を委ねて璃莉に身体のあちこちを触られ、満足感を覚えたのも、また事実だった。




