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第31話 璃莉の匂いは暴走の元

 着せ替えタイムが終わった。

 結局、先の三点に加え、アウターをもう一着とシルバーネックレスを買うことに。

 手元のカゴに入ったそれらを見ながら、稽古より疲労度が大きかったなと振り返る。もうフラフラだ。

 

 ちなみに璃莉は現在試着室に入っている。

 水着の時と同様、私のものを選んでいたら自分も欲しくなったらしい。

 なお、たくさんの服を持って試着室に入っていく直前、『意見をくださいね。お姉様が一番いいと言った服を買いますから』と最終決定権が私にあることを告げてきたから気を引き締めなければ。フラフラしてばかりもいられない。


「じゃーん。どうですか?」


 口頭のファンファーレと共に白のワンピース姿のお披露目だ。

 そのあまりの可憐な姿に感性をくすぐられた私は、詩人の如き言い回しで饒舌になる。


「とてもかわいいわ。まるで天使みたい」

 

 その後も璃莉のファッションショーは続く。



「これはどうですか?」


「いいじゃない。花の妖精かと思ったわ」



「これは?」


「星よりも輝いているわ。織り姫様も目がくらむんじゃないかしら」



「じゃあ……」


「もはや神々しさすら感じるわ。女神も微笑む、いや、璃莉が女神だわ」


「……あの、お姉様」


「なに?」


 目の保養が続いて疲れも取れてきたところで、璃莉が不満げな表情を浮かべた。


「わかりにくいです。あと褒めてばかりじゃなくてダメなところも言ってください」

 

 ダメなところ? 

 ジッと見て考えるが、なにひとつ見つからない。当然だ。


 璃莉が着ればたとえボロぞうきんをつなぎ合わせて作った服でも、一流のファッションデザイナーがプライドと人生をかけて作り上げたのかな、と見受けられる品になってしまうから。

 だが璃莉が求めているのはそんな答えじゃないだろう。


 なにかダメなところ……うーむ……かわいすぎて他の人に見せたくなくなる、とか?

 

「……表舞台に出せない服なんて欠陥品ね」


「え? それってどういう……?」


「ま、まあ気にしないでちょうだい。あ、そうだわ、どれも甲乙付けがたいから私とお揃いにするのはどう?」


「お揃いって、さっきお姉様に選んだ服の、ですか?」


「ええ、そうよ」


「璃莉には似合いませんよ」


「そうかしら?」


「はい。あんなに黒と赤が似合うのはお姉様だけです」


 うーむ。自分に似合う色なんて考えたこともなかったが、璃莉そう言うのならそうなのだろう。

 しかしお揃いにできなくて残念だ。

 璃莉はどんな色でも似合うと思うのだが、ノリ気じゃないのなら仕方ない。


「とりあえず今持ってきた服を全部試してみますね……あれ? 次はどれだっけ?」


「たくさん持ってきたから混乱したのね。一度着たやつは私が一旦戻してくるわ」


「ありがとうございます。じゃあ……これと、これと、それとこれも……」

 

 というわけで璃莉が次の服を試着している間、私が既に試着済みの服を売り場に戻す。

 ええと……これはここ、これはあっち。

 これは……あれ? 


 どこの棚にもない服が見つかった。

 最後の一着だったのかなと思いながら服をよく見ると、値札が付いてない。おかしいな。


 ……ってこの黄色いブラウス、璃莉が今日ここに着て来たものだ。

 おっちょこちょいなところもあるのだな。これは璃莉へ返さなければ。


 一通り服を棚に戻し終えて、私の手元に残ったのは璃莉の黄色いブラウスのみとなった。

 さあ、これを持って試着室へ戻ろう。そう思ったところでふと足が止まった。


 ……璃莉のブラウス。璃莉がついさっきまで着ていたブラウス。


 鼻を近づける。

 

 ……いい匂い。

 

 もっと、もっとと匂いを堪能しているうちに、ついにブラウスと鼻が接着してしまった。


「スーハー……スーハー……」


 すごい。これすごい。

 璃莉の匂いが鼻を通じて脳に送り込まれるようだ。

 それが幸せな成分となって脳を満たし、璃莉に優しく包み込まれた感覚に陥り、疲れがポンと吹き飛ぶ。

 クンクン、クンクンと私の暴走は止まらない。


「璃莉……璃莉……」


「あれ? お姉様ー? どこですかー?」

 

 試着室から聞こえた璃莉の声で、


「ヒッ!」

 

 正気に戻った。

 

 幸いなことに試着室から今いる場所は死角になっている。

 こんな犯罪者予備軍がするような変態的行為、見られたら色々と終わってしまうところだ。


「はいはいはい! 今行くわ!」


 私は試着室へ小走りで向かう。


「ごめんね! 服を戻すのに手間取っちゃって!」


「それはいいですけど……どうしてそんなに慌てふためいてるんですか?」


「え⁉ そ、そんなことな……そうそう! 璃莉の服が紛れていたわよ!」


「あっ、本当だ」


「気をつけなきゃダメよ」


「えへへ。次からそうします」

 

 ふう、なんとか誤魔化せた……のかな?

 もう二度とこんな行為はしないように心がけよう。

 恋人でもやっていいことと悪いことがある。


「ところでお姉様、この服はどうですか?」


「……」


「お姉様?」


「ねえ、璃莉」


「はい」


「その服、脱いだ後すぐに私に頂戴ね。棚に戻してくるから」


「はい?」

 

 やっぱりあと一回だけ。本当に一回だけだから。泣きのもう一回。


 



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