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第28話 ミッション:手を繋げ 

 デンデンデンデデンデンデンデデンデンデンデデンデンデンデデデ♪

 ティロリー、ティロリー、ティロリー、ティロ♪

 ティロリー、ティロリー、ティロリー、ティロ♪


 こちら月上京花。

 現在は璃莉との待ち合わせのため駅で待機中だ。

 なあに心配は要らない。既に一時間前には到着しているし、あとは彼女を待つだけさ。

 え? 一時間前は早すぎるって? 

 ハハハッ、気が高ぶって、ジッとしていられなくてね。


 なぜ私の脳内で某スパイ映画のBGMが流れ、口調も寄せているのか。

 それは今日、私が己に重要なミッションを課したからだ。

 

 そのミッションとはずばり、璃莉と手を繋ぐこと!


 今まで間接キスをしたり腕を組まれたりはしたものの、手を繋いだことは一度もなかった。

 だから今日、この日に成し遂げようではないか! 

 

 このミッション、最初はインポッシブルに思えた。

 手を繋ぐ以上のことを経験済みとはいえ、私から仕掛けるのはこれが初めて。

 事実、昨日の夜はその難易度に震え上がり、なかなか寝付けなかったものだ。

 

 だが……私は絶対にやり遂げてみせる! 

 見てろよトムク〇ーズ! 

 貴方を超える人間がここにいるのだ! 

 

 素早く、さりげなく、至って自然な感じで……こう! こう! こう!





「ままー、なんであのお姉ちゃん、なにもないところで手を振ってるの?」


「しっ! 見ちゃいけません!」





「……」

 

 そそくさと去って行く親子を見て、ようやく冷静になれた。

 人通りの多い駅なのに、なぜだか私の周りだけ穴が開いたように人がいない。

 なかには遠くから希有な物を見る表情で眺めている人や、哀れみの目を向ける人も。


「……」


 『なぜだか』ではなく『当然のごとく』と言うべきだったか。

 私は変人扱いされてもしかたない行動をとってしまった。

 

 力のこもった手繋ぎの予行演習。

 腰を落とし、気持ちいいくらいのフルスイングで、素早くはあったが、さりげなさと自然な感じが皆無であった。

 そのため派手に目立ったというわけだ。


「……」

 

 チラチラと周りを見渡すが、まだ視線が痛い。

 早くどこかに行ってくれ。

 皆暇なのか? 他にやることはないのか? 

 今日は平日だぞ。ずっと見ている暇があったら働け。 

 

 夏休みという学生に与えられた特権にありがたさと優越感を持つ余裕もなく、どうも璃莉のことになると調子が狂うなと頭を抱えそうになる。

 BGMと主演男優を知っているだけの見たこともない洋画の世界観に自分を当てはめるなんて、璃莉と出会う前の私ならまずやらない。

 年上の彼女なんだからもう少し冷静になることを心がけないと。

 もしボロが出てしまえば大変だ。

 そうなったら璃莉に呆れられる。


「はあ……」


「どうしたんですか? ため息なんかついて」


「いや、少し予行演習をして……って璃莉⁉」

 

 水色のブラウスと黄色のミニスカートに身を包んだかわいらしい恋人が、いつの間にか私の目の前に。


「予行演習?」


「な、なんでもないのよ……ははは……」


「それと、なんか璃莉達見られてませんか?」


「そ、そんなことないでしょう。ほら、早く行きましょう!」

 

 これ以上追求が続くとまずいので、さっさと動いてうやむやにしよう。


 ……しかし、今は手を繋ぐチャンスなのでは? 


 急かしていることが幸いし、どさくさに紛れて手を握れそうな気がする。


 ……うん。たぶん、いや絶対、今がチャンスだ。この機会を逃す手はない。


 私はゴクリとつばを飲んで、覚悟を決める。

 さあいくぞと、まずは璃莉の小さな手という標的を目視しようとした瞬間、


「そうですね。行きましょうか」

 

 璃莉の体温と柔らかな手の感触が、私に伝わった。

 

 今、私達は手を繋いでいる。


 望み通りの状況だ。

 しかしその過程に想定していたものとズレがあった。

 そう、私が璃莉の手を握ったのではなく、璃莉が私の手を握ったのだ。


「……」


「お姉様? 行かないんですか?」


 璃莉は、あっけにとられる私に不思議そうな目を向けながら尋ねた。

 今回だけじゃなく、間接キスも、腕組みも、思えば璃莉ってずいぶん……


「……積極的よね」


「へえ?」


「……いや、璃莉はずいぶん積極的だなと思ってね」


「ああ、手のことですか?」


「ええ、簡単に繋ぐなって」


「うーん……たしかに自分が消極的だと思ったことはないですけど、それ以前に手は……」

 

 少し悩んだ末に放たれた璃莉の言葉。

 その言葉が引き金となって、私は得体の知れない感情に苛まれることとなる。


「友達同士でも繋ぎますからね」



――モヤッ

 

 息をするのが苦しい。まるで身体の内部が真っ黒な雲に覆われたようだ。



「だからそんなに特別なことじゃないのかなって……あれ? お姉様?」



――イラッ

 

 続いて生まれたのは苛立ち。

 璃莉が私以外の誰かと手を繋いだことがある。

 それを考えるだけで怒りがふつふつと湧き上がってきた。



「……じゃあ、間接キスは?」

 

 うつむいて、小声で、璃莉に尋ねた。


「間接キス? ああ、シェアなら友達ともしたことあります」


「……腕を組んだりも?」


「じゃれ合っていて、結果的にそうなることなら……」

 

 モヤモヤとイライラで、身体がよじれそうだ。

 初めて経験した感情に、私は対処もできずただうつむいたまま。


「あの……お姉様……?」


 璃莉の心配そうな声が耳に入るが、顔を上げられない。

 おそらく今の私は形容しがたいすごい表情をしている。

 そんな顔、璃莉には見せられないし、見られたくない。


「……」


「……」

 

 沈黙が流れる。そんなとき、


「あっ、そっかあ!」


 璃莉はうって変わって明るい声を上げ、繋いだままだった手を一旦離し、握り直した。

 互いの指と指が交互になるよう握り、密着度がさらに増したこれはたしか、


「恋人繋ぎ、これは璃莉も初めてですよ」

 

 そう、恋人繋ぎ。

 繋いだ手に視線をやり、まじまじと見る。

 だんだんと、モヤモヤもイライラも消えていく。


「お姉様」


 その呼びかけにゆっくりと顔を上げる。

 するといつになく真剣な顔の璃莉が。


「たしかに璃莉は他の人と手を繋いだことがあります。でも友達とのそれと、恋人とのそれはまったく違いますから」


 璃莉はギュッと、まるでその言葉に嘘偽りがないことを証明するかのように、握った手を強める。

 そして、手とは対照的に表情を緩ませて、にっこり笑った。


「お姉様は璃莉にとっての特別です」

 

 ぱあっと、モヤモヤとイライラが吹っ飛んだ。

 恋人繋ぎという目に見えるものに加えて、特別という言葉が決まり手。

 

 特別かあ……特別……うへへへ。


「じゃあ、今度こそ行きましょうか」


「ええ。あ、あと、なんかごめんね。その、変な雰囲気にしちゃって」


「いいんですよ。むしろ嬉しかったですし」


「嬉しい? どうして?」


「えへへ、それは……」


「それは?」


「今はまだ内緒です! さあレッツゴー!」


「あっ、ちょっと」

 

 駆け出した璃莉に手を引かれ、るるぽーとへ向かう。

 走りながらしっかりと繋がれた手を見て、璃莉にとっての特別である私は、また心の中で『うへへへ』と気持ち悪めの笑みを浮かべたのだった。


 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤキモチ焼きな京花がかわいすぎて、もう最高!! リリもそれを察して、京花が特別だということを言葉と行動ですぐに示してて、なんて優しくてカッコいいんでしょう!! ホントに素晴らしいカップルで…
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