第24話 私が王子様
璃莉が待つ公園はここから少し距離があり、自宅とは反対方向の電車に乗る必要がある。
元来た駅に戻ろうと思った。
だが、地図アプリで自分の位置を確認すると、別の駅が近くにあった。
どうやら璃莉に告白して逃げた際、かなりの距離を走ったようだ。
確認するとおよそ二駅分、そりゃ息も切れる。
重い足取りのまま駅に着いて、電車に乗った。
電車の中は花火大会帰りと思われる人の姿もあり、随分と時間が経っていたことに気付かされる。
笑みを浮かべ花火大会の感想に花を咲かせる人達を見て、『ああ、あんな血迷ったことをしなければ私も璃莉と最後まで楽しく過ごせたのに』と少し後悔。
そして電車に揺れること十数分、璃莉が待つ公園の最寄り駅に電車が止まった。
電車を降りて、地図アプリを確認しながら公園へと向かう。
心の中は不安でいっぱい。
ひっくり返りそうな胃を押さえながら、花火大会の喧噪と対極をなす閑静な住宅街を歩く。
まず、謝ろう。
そしてあわよくば関係を元に戻したい。
絶交は……嫌だ。
そんなことを考えているうちに公園にたどり着いた。
外灯、そして周りの家々から漏れる光もあるが、暗くて公園全体の様子などは把握できない。
だけど、
「……璃莉」
その姿はすぐに分かった。
浴衣を着たまま、公園のベンチに腰掛け待ってくれていた想い人。
どんなに暗くても見間違えるわけがない。
私の大好きな人はそこにいる。
「……お姉様」
私に気付いた璃莉は腰を上げ、こちらに歩み寄る。
思わずまた逃げそうになってしまったが、必死にこらえる。
ここで逃げたら関係修復は確実に不可能だ。
それだけは避けなければならない。
璃莉は互いの顔がはっきり確認できる距離まで近づき、足を止めた。
さあ、まずは私から謝らなければ。
でも、なんて謝ろう?
『告白してごめんなさい』……なんか違う。
『好きになってごめんなさい』……なんかくどい。洒落臭いドラマの台詞みたいだ。
言葉が見つからず、口を開けたり閉めたりを繰り返す私。
そんな中、先に言葉を発したのは璃莉だった。
璃莉は私を見つめ、ゆっくりと。
まるで一字一字を優しく抱きしめるが如く……。
「好きです。璃莉もお姉様が大好きです」
耳を疑った。
でもたしかに、大好きと、そう聞こえた。
想像していた拒絶とは真逆。
私の告白を受け入れ、それに応える言葉のように思ったが……。
たぶん、違う。
「それは……あれでしょ……姉のような存在としてであって……」
――お姉様として、好きってことでしょう?
「私の好きと、璃莉の好きは違うのよ……」
呟くような小さな声でそう告げると、璃莉は首を横に振った。
「いえ、たぶん同じです」
そう言って私になにかを差し出す。
これは……小説?
「璃莉のお家、この近くなんです。これを見せるために一旦取りに帰りました」
だから待ち合わせにこの公園を指定したのか。
家から近く、静かなこの場所を。
でも、どうして小説を?
とりあえず受け取って、表紙を見てみる。
暗くて細かくは分からないが、女の子二人がアニメチックに描かれた表紙だった。
「今、お姉様に読んでほしい部分があるんです。本当は最初からじっくりと読んでほしいですけど、そんな時間もないので、あるワンシーンだけ。読書好きからしたら邪道ですけどね」
璃莉は少し笑ってさっきまで座っていたベンチを指差した。
そこで読もうということだろう。歩き出した璃莉の背中を追う。
璃莉がこのタイミングで差し出した小説にはなにが書いてあるのだろう?
きっと小説を通してなにか伝えたいことがあるのだろうけど、それはいったいなに?
表紙を見ながら色々と考えるが、ピンとくるものはない。
読んでみてのお楽しみというところだろう。
不安だらけで楽しみな要素など何一つとしてないが。
璃莉がベンチに座り、私もその隣に腰を下ろす。
「えーと……」
璃莉は身を乗り出すような姿勢をとって、スマホのライトを頼りにしながら私が持つ小説をペラペラとめくる。
……すごく近い。
……頭がすぐそばにある。
……璃莉の髪、いい匂い。
「ここです。このページを読んでみてください」
甘美な香りにボーッとしていた私は、ハッとなって手元の小説に視線を落とす。
明るい。
きちんと座り直した璃莉が、今もなおスマホのライトを小説に向けてくれているからだ。
さて、どんな内容なのか。
私は目の前のページに向かった。
それは告白シーンだった。
学校の屋上で『付き合ってください』と想いを打ち明けるベタな展開。
場所も台詞も、もう少しひねった方がいいのでは、と思うくらいありがちなもの。
だがひとつだけ、風変わりな点があった。
告白をしている子は女の子、告白を受けている子も女の子。
そう、これは女の子同士の恋愛小説だったのだ。
こんな小説が世にあったのかと驚きながらなおも読み進める。
すると、とある台詞にさらに驚かされた。
それは……
『お姉様』
片方の子が、もう片方の子をそう呼んでいた。
顔を上げて、視線を小説から璃莉へと移す。
璃莉がこの小説を見せた理由がなんとなく分かった気がしたからだ。
「少し前にお姉様と恋バナをしたことがありましたよね。お姉様が『友達から受けた相談だから内緒にしておいてね』と前置きしてから始めた話です」
「ええ、覚えているわ……」
忘れるわけない。
あの話をしたことがきっかけで、私は璃莉に恋していると確信に至ったのだ。
「あの話、友達じゃなくてお姉様自身の話ですよね?」
「え⁉ ……どうして分かったの?」
「えへへ、『友達が』から始まる恋バナのほとんどが当人の話だと決まっています。ありきたりすぎてすぐに分かりましたよ」
あ、ありきたりなのか……。
あの時はいい案だと思って、ひらめきに喜びすら感じたのに……。
皆考えることは同じというわけだ。
「あの話を聞いた日の夜、璃莉、泣いちゃったんです」
急展開に目を見開く。
「ど、どうして……?」
「お姉様が璃莉以外の人に恋をして、もしかしたら今この夜も、その人のことを想っているかもしれないと考えると、なぜか悲しくて、なぜかつらくて、なぜか悔しくなっちゃって……」
璃莉は、気持ちに嘘偽りがないことを証明するかのように、まっすぐ私を見る。
「そして確信しました。璃莉はお姉様に恋をしていると」
胸がキューッとなる。締め付けられてるみたいだ。
顔が熱い。おそらく過去最高に紅潮している。
同じだ。
同じじゃないか。
恋をしていたことも、空想上の想い人を作ってショックを受けていたことも。
「お姉様に他に好きな人がいたとしても、璃莉は諦めきれませんでした。だからまずは距離を詰めていこうと、この小説を参考にして、お姉様と呼ぶことにしたんです。でも、アプローチのつもりが裏目に出ちゃいましたね。姉のような存在って……」
璃莉は手に取った小説をペラペラとめくりながら、
「この小説もいつかは貸そうと思ってたんですが、勇気が出ず躊躇していました。だってこの小説を貸すことは、その……告白と……同じことですから……」
声を徐々に小さくさせ、うつむく。
暗闇の中でもなんとなく分かった。璃莉も顔を赤くしている。
「えへへ、なんだか今さら恥ずかしくなってきちゃいました」
そしてしばらく黙り込む璃莉。
むろん私も。
璃莉も私のことが好きだったなんて、想像もできなかった。
かっこいい王子様のような人がタイプだと思い込んでいたけど、そうじゃなかったってわけ?
王子様になれない私をどうして好きになったの?
静寂を切り裂いたのは、久しぶりに口を開いた私の言葉だった。
「璃莉は、どうして私を好きになったの?」
内容もタイミングも、少しおかしな質問を璃莉にぶつける。
「きっかけは道場で稽古するお姉様を見たことです」
「……ああ、窓からこっそり見ていた日のことね」
今から約一ヶ月前の六月末頃、璃莉と久しぶりに再会できた日。
感情を剣に乗せるコツを掴みかけていた私は、あの日初めて璃莉にいいところを見せることができた。
五月に出会った時が散々だった分、記憶によく残っている。
「あの日もそうですけど、もっと前からですよ」
「……え? どういうこと?」
「あの日、たまたまくしゃみでバレちゃったってだけで、璃莉はお姉様と初めて会った日から、毎日ずっと稽古を見ていたんです」
てことは、だ。
「一ヶ月半くらい、毎日窓の外から覗いていたってこと……?」
「はい。ってストーカーみたいですよね……ごめんなさい……」
「そ、そんなことないわ。だから謝らないで」
まったく気付かなかったため驚いたが、毎日見に来るほど私に興味をもってくれていたなんて、素直に嬉しい。
「道場に入って間近で見た稽古はもちろんですが、窓の外からこっそり見た稽古も忘れられません。木刀を持ってひたむきに稽古に打ち込むお姉様は、力強く、美しく、華やかで麗しかったです。今思えば、あの時からすでに恋に落ちていました」
また胸がキューっと締め付けられる。
好意を前面に出され続ける破壊力に、心が歓喜の悲鳴を上げているようだ。
「すぅ……ふぅ……」
璃莉は小さく深呼吸したのち、私をまっすぐ見つめた。
「お姉様が好き」
「かっこいいお姉様が好き」
「綺麗なお姉様が好き」
「優しいお姉様が好き」
ゆったりと、脳を溶かすような、身体を優しく包み込むような、
そんな言葉が、次々と璃莉の口からあふれ出す。
それを一身に受けた私は、
「うっ……うう……グスッ」
泣いていた。
璃莉のことで、今までたくさんの涙を流してきた。
だがこの涙は、今までのものとは性質がまるで異なる。
想いが通じ合っていたことに、感極まって流した涙。
俗にいう、嬉し泣きというやつかもしれない。
「えへへ、あと、動揺が分かりやすいお姉様が好き」
うっ。茶化された。
「それと、嘘が下手なお姉様が好き。レインのフレンド数もとっさについた嘘ですよね」
げっ。バレてた。
「お姉様は、璃莉のどこが好きなんですか?」
「わ、私は……」
手で涙を拭い、璃莉を見つめる。
そして無限にある璃莉の魅力の一部を言葉にした。
「かわいい璃莉が好き」
「かわいいですか? 璃莉?」
「ええ。目も、鼻も、口も、耳も、髪も、手も、足も、声も、食べる姿も、歩く姿も、笑った顔も、驚いた顔も、悩んでいる顔も、全部が全部、かわいい」
そう言うと、璃莉は顔に手を当てた。
「うう……恥ずかしいです……」
「それと」
「え⁉ まだあるんですか⁉」
当然だ。さっきのはほんの一部。
全部言うとなると、今までの璃莉の言動を全て言葉に表す必要があるから夜が明けてしまう。
だから、この辺でとどめておくことにしよう。
最後に、今日新たに追加された『好き』を告げて。
「こんな私のことを好きと言ってくれる、璃莉が好き」
剣以外なにも取り柄がなく、口下手で面白い話ひとつできない。
クールというよりは無愛想なだけで、エスコートもできず、初めてのことに戸惑ってばかり。
こんな私を好きになってくれる人なんて、璃莉しかいない。
璃莉は顔に当てた手を下ろして、にっこり笑った。
「えへへ、やっぱり同じでしたね。璃莉とお姉様の好きは」
うん、同じだ。
私は璃莉に恋をしているし、璃莉もまた、私に恋をしてくれた。
初恋が叶うと、こんなにも幸せな気持ちになれるのか。
でも……。
「本当に私でいいの? 私は王子様になれないわよ」
「王子様、ですか?」
「璃莉は王子様のような人との恋愛に憧れていたんでしょう?」
「そうですけど……だったらなおさら、どうしてですか?」
「だって私は……その……女だから……」
璃莉が憧れるような王子様には、なりたくてもなれない。
だから私を好きになってくれたことは嬉しいが、そのことで璃莉の夢を奪ってしまうのではないかと懸念した。
「お姉様は、璃莉の王子様になってくれるんですか?」
「そりゃ、なれるならなりたいわ……でも……」
「でも、じゃないですよ」
「え……え⁉」
私の腕に、璃莉が寄りかかった。
完全なる密着に、心拍数が上がる。
横顔をピトッとくっつけて、璃莉は言葉を続ける。
「だったらなってください。女だからなんだっていうんですか」
「……なってもいいの? ……私が王子様でいいの?」
「当たり前です。だって」
璃莉は顔をこちらに向け直して、はっきりと、
「こんなかっこいい王子様、他にいないですよ」
その言葉を聞いて、璃莉の顔を見ていたら、また涙が溢れてしまった。
私が王子様になってもいいんだ。
璃莉の王子様は、夢に出てきた架空の王子様でもフィールドのプリンスでもない。
私なんだ。
「じゃあさっそくですが、王子様にお願いがあります」
璃莉はそう言って、目の前にいる就任ほやほやの泣き虫王子様に向かった。
「璃莉を、お姫様にしてください」
鈍感な私でもはっきりと分かった。
これが『付き合ってください』の言い換えであることくらい。
かっこ悪く嗚咽を漏らしながら、首を振って返事をする。
首の方向は、縦なのか、それとも横なのか。
返事は、はいなのか、それともいいえなのか。
――そんなこと、わざわざここに書くまでもないだろう。――
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