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第21話 お誘いは唐突に 

「あ! お姉様!」

 

 その誘いは唐突だった。


「明後日、一緒に花火大会に行きませんか?」

 

 さっきまでサッカーの話をしていたのに、急に『花火大会』なんてワードが飛び出した。

 

 花火大会……ってあれよね? 

 大きな花火が打ち上がって、屋台で買ったたこ焼きなんかを食べながらそれを見る行事。


 まず花火大会についての断片的な知識を整理する。

 というのも私は生まれてこの方、夏祭りや花火大会といった夏の風物詩に参加したことがないのだ。

 小さい頃にあったのかもしれないが、少なくとも現在記憶がない。

 

 なんとなく整理できたところで次のステップへ。

 

 花火大会に……一緒に行く⁉

 そ、それって璃莉とお出かけできるってこと⁉ 

 じゃあデートってやつじゃ……いやいやいや!

 

 頭の中に浮かんでしまったデートという単語を必死に振り払う。

 私はお姉様だから、デートはおかしいだろう。

 そもそもふたりきりと決まったわけじゃない。


「璃莉、それって、ふたりだけで……?」


「はい。共通の友達なんていましたっけ?」


「いや、いないけど……」


 いるわけない。

 共通でなくとも私に友達などいないのだから。

 

 うーん……璃莉とふたりきりか……嬉しいけど……なんかそわそわして落ち着かないというか……むしろ誰かいてくれた方がホッとできたというか……それにどうして私なんかを誘ったんだ……もしや璃莉も友達がいない……いや、それはさすがにないか……。

 

 思い悩んでいるのが顔に出てしまったのだろう。


「もしかして……璃莉とふたりじゃ嫌ですか……?」


「そ、そんなことないわ! 稽古のことが頭をよぎっただけよ!」

 

 捨てられた子犬モードの璃莉にはかなわない。


「花火大会は夜よね⁉ 師匠! 少し早めに稽古を切り上げてもいいですか!」


「ああ、かまわんぞ」


 完全に勢い任せ。

 こうして璃莉とふたりきりで花火大会に行くことが決定した。

 そこにどんな展開が待ち受けているか想像もつかないが、まあ、なんとかなるだろう。

 なんとかならなかったら……意地でもなんとかしなくてはならない。



「では師匠、そろそろ稽古を」

 

 サッカーに花火大会と、随分話し込んでしまった。

 鞄を持って、着替えるために一旦母屋へ行こうとしたとき、


「待て京花。じつはこの後すぐに用事があってな」


「用事……ですか?」


「うむ。町内会の会合があるのじゃ。なにぶん年寄りのひとり暮らし、いざというときのために近所付き合いを怠るわけにはいかんからの」


「では、その間ひとりで稽古を」


「なにもわしがいないときまでしなくてよいわ。おぬしは休息をとっておれ」

 

 まだ木刀を握ってすらいないから休息もなにもないと思うのだが……。

 ん? なんだか次の師匠の発言が読めるぞ。

 今までの経験から予測するに、黄色く甘い和菓子の名前が出そうな気が……。


「璃莉よ、京花とともに茶にするがよい。いつも通り芋羊羹もあるぞ」

 

 もう『いつも通り』って言っちゃってるし。



    ・・・

 


 師匠は私を芋羊羹中毒にでもさせるつもりか。

 それに、理由がどんどん適当になっている気がする。

 もう芋羊羹を食べさせることが目的としか思えない。


 師匠を訝しみながら芋羊羹を口に放りこんだとき、


「お姉様」

 

 妹のようにかわいい璃莉が話しかけてきた。

 芋羊羹をろくに噛まずに飲み込んで、


「なに、璃莉?」


「明後日の花火大会、すごく楽しみです」


「私もよ」


 若干、得体の知れない不安のようなものはあるのだが、今はそれを隠して微笑みかける。


「お姉様のおかげで最高の夏休みがスタートしそうです」


「夏休み……そういや明後日は夏休み初日ね」


「はい。わくわくしますね」


 明日の金曜日は終業式。

 そして土曜日から夏休みがスタートする。

 

 思えば夏休みを前にわくわくしたことなど一度もない。

 小学生までは家で過ごす退屈な時間が増えただけだったし、中学の三年間は剣道漬けで日々練習に明け暮れていた。

 

 だが今年は、高校生になって初めての夏休みは、璃莉がいる。

 

 夏休み中も週に一度は会えるだろうか。

 もしかしたら頻度が増えたり、

 ……減ったりするかもしれない。

 

 そんなことを考えながら夏休みの始まりを待つ。

 この時点ですでに、去年までとは少し違うのかもしれない。


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