第2話 苦悩する全国覇者
そんな私も高校に進学した。
進学と言っても、通っていた学校が中高一貫だったため、受験もせずにエスカレーター式で中等部から高等部に上がっただけだが。
今日はその入学式。
中高一貫なのにわざわざ必要なのかと疑問に思ったが、他所の中学から入学する外部組の存在もあるし、なによりひとつの節目として形式的でもしておくことが大切だと、教師の話にあった。
なるほど、いかにも日本人だなと感じる。
お偉いさんの大変ありがたいお話をBGMにうとうとする入学式と。
その後の『内部組はあまり代わり映えしないが心機一転頑張ろう』などとそれらしいことを担任が言うホームルームも終わり、今日は放課となった。
中等部の時と同様、瞬時に席を立って教室を退出する。
そして……ああ、場所が少し違うけど、こんなことまであの時と同じか。
「おっす京花ちゃん! 高等部へようこそ!」
廊下に出た瞬間、はつらつとした笑顔に出くわす。
おそらく私を待ち構えていたのだろう。
「こんにちは。先輩」
お辞儀で挨拶する。一応私も体育会系だ。
そう、目の前の人物は私が剣道を始めるきっかけを作った人であり、中等部の入学式でも出会ったあの人、強引なポニーテールの先輩だった。
私より二つ年上で高等部三年生になった先輩は今もなお剣道を続けている。
中高一貫とは言えど、部活動は中等部と高等部で分かれて行うのがこの学校の風習。
だが先輩とはここ二年間も話す機会がよくあった。
ハイテンションで向こうから頻繁に話しかけてくるからだ。
「おっとおっと、堅苦しいのは無しだよ! それより今日の私の祝辞、どうだった?」
「ご立派でした。それより先輩、生徒会長になられたんですね」
入学式の時、数分だけ目が覚めていた時間があった。
それが生徒会長祝辞。
先輩が壇上に上がり堂々と話し出すから驚いた。
「……え? 私が生徒会長だったこと知らなかったの? 去年の夏からやってるんだけど……」
「高等部の情報はあまり入ってこなかったものですから」
「いやー、単に京花ちゃんが剣道のことしか頭にないだけだと思うよ。ま、それが京花ちゃんのいいところなのかなぁ」
いいところとは言われつつも、なんとなく注意を受けているような気がした。
もっと他のことに目を向けろとでも言いたいのか。
あいにくだが、剣の道を極めること以外興味がない。
「この後、私は道場で自主練するけど、京花ちゃんも来るよね?」
うっ……。
その問いに、思わず顔を背けそうになった。
「京花ちゃんと練習するのも久しぶりだなー。先輩が久しぶりに色々教えてあげよう……って、全国大会優勝の京花ちゃんに教えられることなんかないか。なんなら今度は私が教えを請う番……あれ? どうしたの京花ちゃん? お腹でも痛い?」
顔をのぞき込む先輩。
別にやましいことではないのだが、こんな気持ちで道場に行っても練習にならない。
「い、いえ……なんでも……。その、今日は用事があるので帰らせてもらっていいですか?」
「う、うん……。それはいいけど……じゃあ、また今度ね」
私は先輩に礼をして、帰路についた。
・・・
先輩は私が高等部でも剣道を続けると思い込んでいた。
当然だろう、中学時代は剣道しかやってこなかったし、全国大会優勝も成し遂げた。
そんな人間が続けない理由など存在しない。
だが、私は悩んでいた。剣道を続けるかどうか。
剣道が嫌いになったわけでも、飽きたわけでもない。
『剣の道を極めること以外興味がない』
この言葉に嘘偽りなく、今も剣道は好きだし、情熱が炎のように激しく燃えさかっている。
でも……。
なんとなく、物足りない。
全国大会優勝を果たした私だが、もっと力溢れ、もっと美しくなれるのではないか。
そしてその成長欲求を満たすには、このまま剣道を続けていてもダメな気がした。
考えれば考えるほどおかしな話だ。
剣の道を追求したいが、剣道を続けてはダメ。
自分で言っておいて頭がおかしくなりそうだった。
一体自分がなにをしたいのか、確信的なものが見つからない。
得体の知れない悩みの渦に飲み込まれそうになる。そんな感覚だった。
・・・
帰宅し、時計を見る。
今日は午前で放課となったため、まだ正午を過ぎたばかりだった。
思えば学校がある日にこんなに早く家に帰るなど、久しぶりかも。
制服からジャージに着替え、とりあえず昼食でもと冷凍庫から市販の冷凍チャーハンを取り出して、ものの数分で食べ終わる。
さて、この後はなにを……本当になにをしようか……?
剣道漬けの生活を送っていたため、暇の潰し方を忘れてしまった。
練習が休みの日は学校の道場で自主練習させてもらっていたし、盆や正月で学校がしまっているときは勉強や読書をして過ごしていた。
勉強、という気分にもなれないし、読みたい本も今は手元にない。
学校の道場に行けば練習中の先輩と鉢合わせて、色々と感づかれそうだし。
……まあ、少し食休みした後、ランニングでも行くか。
なんとなくそう決めて、なんとなくリビングのソファーに座り、なんとなくテレビをつけた。
映っていたのは時代物のドラマ。
興味はないが、特に見たい番組があるわけでもない。
だからぼーっとそのまま、必死に演じる役者の様子を眺めていた。
『幕府を潰し、天皇中心の国を作らなければ』
なんて台詞が飛び交っているから、幕末が舞台のドラマなのだろう。
しばらくして、そろそろランニングに出発しようと、腰を上げる。
同時にテレビの電源も消そうと、リモコンに手を取り……ん?
電源スイッチに指を置いたところで、少しだけ画面に引き込まれた。
刀を持って相手を斬り合う戦闘シーンが始まったのだが、どうも片方役者の構えがおかしい。
剣を高く上げている。高すぎるほどに。
上段構えと言われればその部類に入るかもしれないが、それだけでは間違いなく言葉足らずだろう。
柄を握ったその手が顔の側面にきている、超極端な上段構えだ。
なんだあの構えは?
気になった私はリモコンを机に置き、代わりにスマートフォンをその手に持つ。あの変な構えを調べるためだ。
『剣道 変な構え』
違う、これじゃあ出てこない。
『剣道 幕末』
これでも出てこない。
『剣道 幕末 変な構え』
……ミックスしたって出てくるわけがないだろう。
ヒントがなく、どんな言葉を入れて検索したらいいのか分からない。
ただやみくもに検索を試みている中、
「こいが……薩摩武士の誉れじゃあ!」
テレビの中の役者、あの構えをしている方が、そう叫んだ。
私はたしかに聞き取った。『薩摩』と。
さっそく指を走らせる。
『剣道 薩摩』
検索結果の一番上に、『示現流』とあった。
すぐにその言葉を打ち込んで、画像検索に切り替える。すると、
「あった……これだわ……」
スマホの画面には役者と同じ構えをした男の写真がずらりと並んでいた。
映像が見たい。
そう思った私は続いて動画検索に切り替え、一番上の少し画質が悪そうな動画を再生した。
衝撃だった。
その動画ではいかにも達人といった風貌の青年が、奇声に近い掛け声を上げながら、まっすぐ立った太い木に向かって木刀を打ち込んでいた。
右に左にたたき込むような太刀筋は一見すると荒々しいだけ、だがその所作一つ一つに美しさが垣間見えた。
演じているだけの役者とは違う、スポーツとしての剣道とも違う、もっと鬼気迫るもので、一太刀一太刀に命がこもっている。
動画を見ながら、ふと思う。
もし、もしも私が……
示現流を、極めることができたら……。
考えるだけで身震いした。
これこそ私の求めていたものではないのか。
力溢れ、美しい剣術が私を満たしてくれるのではないか。
スポーツとしての剣道にはない、命をかけたような剣の道。それが示現流にあるのではないか。
早く、剣を握りたい。
あの構えをやってみたい。
気がつけば鞄も持たずに家を飛び出していた。