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第17話 メッセージアプリに潜む罠 

『ああ、やはりね』


 璃莉に恋をしていると確信して、最初に抱いた感想だ。

 元々、そうではないかと思っていたし、今更発覚したところでなんら驚きはない。

 

 ただひとつ、後悔していることがある。

 あのあとすぐに師匠が帰ってきて、璃莉は帰宅、私は稽古となってしまった。

 そのときに璃莉と次に会う約束をし忘れたのだ。

 

 まあ、新しく借りた本は私の手元に残ったし、おそらくまた一週間後に会えるだろう。

 

 もし会えなかったら……? 


 その時のショックは計り知れない。

 だが最終手段として学園の中等部に突撃するという手もあるし、そのときは借りた本を返すという大義名分も付いている。

 でもやはり、できることなら、璃莉とは師匠の家で会いたい。

 私が会いに行くのもいいが、璃莉に会いに来てほしいからだ。


 ……そんなことを考えてしまうのは、贅沢だろうか?



    ・・・


 

 起床、朝稽古、学校、夕稽古、隙間時間に本を読む。

 時の流れは相変わらず遅く、それに慣れることも今はまだ難しい気がする。

 璃莉のことを想い、過ごす毎日。



    ・・・

 


 やがて一週間が経った。

 季節は梅雨が明け、夏らしい日差しが照りつき始めた七月中旬。

 

 今日、璃莉と会いたい。

 約束はしていないが、璃莉と、絶対に会いたい。

 

 道場の扉の取っ手を握る。

 私と会うために、璃莉にそこにいてほしい。



「あっ月上さん、こんにちは!」


 私が恋する人は、ちゃんとそこにいてくれた。


「こんにちは、璃莉」


 前回と同様、本を広げて待っていた璃莉にあいさつを返す。

 それにしても、今日もなんて愛らしいのだ。

 その目、鼻、口、耳、髪、手、全てにおいて愛おしい。

 この世に奇跡があるとするならば璃莉が生まれたことだろう。間違いない。


 ……はっ!

 

 思わず見とれてしまった己を『ダメだダメだ』と自制する。

 そして気になっていたあのことを璃莉に尋ねてみた。


「ねえ、璃莉」


「なんですか?」


「先週約束し忘れちゃったけど、今日来てくれたのね」


 すると璃莉は『いったい何のことだ?』と言いたげに首をかしげた。

 え? 質問の意図が伝わっていない? どうして?

 

 沈黙が流れる。しかしそれはほんの少しだけ。

 璃莉は「あっ!」と目を見開いて、


「そういや先週、いつ会うかの約束をしていませんでしたね。璃莉は勝手に今日会うものだと思い込んでいたから、気付きませんでしたよ」


 そう言って舌を出す。

 その仕草も世界平和の象徴となりうるかわいさだが、私は言葉そのものに心を満たされた。

 

 だって今日会うものだと思い込んでいたって、最初から私のことが璃莉の週間スケジュールに入っていたってことだ。

『会いたい』という気持ちがなければそうはならない。

 

 天にも昇る気分とは今この状態をさすのだろう。

 今なら本当に羽が生えて空へと飛び立てるのではないか。


「では稽古を始めるかの」

 

 師匠に『待て』と羽をむしり取られた。

 だがそれもそうだ。浮かれて天空へ舞い上がっている場合ではない。

 私は地に足をつけ稽古に励まなければいけないのだ。

 今日は璃莉も見ているし、より一層。いつもの120%を出すつもりで。


「はい! 師匠!」

 

 私は立木打ちを始めた。



    ・・・



「よし! やめい!」

「え⁉」

 

 私は驚き、師匠を見た。

 というのも、まだ百回ほどしか振っていないからだ。

 こんなに早くストップがかかるということは太刀筋に……ん? 

 なんだかこの展開、既視感がありすぎるぞ。

 

 師匠は私が言葉を発するよりも早く、


「京花よ、休憩じゃ」


「な、なぜです……?」


「疲れが見えておるからじゃ。そして疲れには甘い物が一番」

 

 ま、まさか……。


「璃莉と芋羊羹でも食べながら縁側で休んでこい。わしは散歩に行ってくる」



    ・・・

 


 師匠の行動の意図がますます読めない。

 芋羊羹をくださったのはこれで三回目。いったいなにがしたいのだろうか。

 

 というか、だ。

 今まで芋羊羹は褒美扱いだったのに、今回では休憩のお供に成り下がっているではないか。

 

 考えられる説としては、元から褒美などではなく芋羊羹を食わせることそのものに目的を置いていた可能性が。

 だが、それならばどのような目的だろう? 

 芋羊羹に示現流にとって大切な何かが含まれたりしているのだろうか。

 たとえば菓子楊枝で芋羊羹を一口大に切ることが太刀筋の参考になる、とか。


 試しに菓子楊枝で蜻蛉を取ってみる。

 うーむ。そもそも小さすぎて両手では持ちづらい……。

 片手なら持ちやすいがそれはもう蜻蛉じゃないし……。

 

 なんて菓子楊枝を振り上げ思案していると、


「月上さん、レイン交換しませんか?」


 璃莉が縁側に帰ってきた。

 道場に忘れた鞄を取りに行くため、席を外していたのだ。

 そうでなければ菓子楊枝で蜻蛉など取ったりしない。

 こんな姿、目の前で見せたら変人に思われかねない。

 

 私は菓子楊枝を置いて、


「レインって、あのメッセージアプリのこと?」

 

 璃莉に尋ねる。


 この世の中にはあらゆるスマホアプリがある。

 その中で一番有名かつ、一番使用度が高いアプリがこのレインだろう。

 メールよりも気軽にメッセージのやりとりができ、通話も無料。

 スタンプ、と名付けられた特有のイラストで意思疎通できることも人気の理由とされている。


「はい! レイン交換しておけば、今日みたいに約束していたかあやふやなときも、確認できますからね!」


 ちなみに『レイン』という名称、雨の日でもメッセージのやりとりで楽しく過ごせるようにという思いを込め、開発者が名付けたと風の噂で聞いた。

 初めてその話を耳にしたとき、人とのやりとりがそんなに楽しいか? と不思議に思ったものだが……。

 

 璃莉と離れていてもやりとりできる。

 そんなの、絶対に楽しいだろう。

 雨の日だって心の中はさんさんと太陽が照らす晴れ模様になるに違いない!


「ええ、もちろんよ」

 

 断る理由など、どこにもなかった。

 私は鞄の中からスマホを取り出し、レインを開いた。

 ええと……。


「璃莉、フレンド追加はどうやってするのかしら? ど忘れしちゃって」


「ああ、それならこの……え⁉」

 

 璃莉の動きが止まった。いったいどうしたのだろう?

 数秒間固まった後に、震える声を絞り出す。


「フレンド数……二人……?」

 

 ……あっ!

 

 一瞬なにを言っているのか分からなかったが、すぐ理解できた。

 

 フレンド数二人は少なすぎる。

 これでは璃莉に友達がいない可哀想なやつと思われてしまうではないか。

 別にそんなことあるけどないのに。どういう意味かと言うと友達がいないのは事実だが、可哀想というのは間違っている。

 私は友達の必要性を感じていないからだ。

 

 ちなみにそのフレンドの二人。

 実際のところフレンドではなく、その正体は両親。

 両親とは生活サイクルが合わないため、レインを使用するときがよくある。

 内容は業務連絡のような素っ気ないものだが。

 

 さあ、それはさておき大ピンチである。

 どう璃莉に言い訳しようか……そうだ!


「こ、これはね、その、最近機種変更したんだけど、データの引き継ぎに失敗しちゃって……」


 嘘をついてまで言い訳する必要があったのかはわからないが、璃莉に友達がいない変人と誤解されたらショックである。

 だからこんな若干無理のある言い訳をしたのだが、さて、璃莉は納得してくれるだろうか?


「なあんだ! そうだったんですね!」


 どうやら大丈夫だったようだ。そしてできればさっさとこの話を終わらせたい。


「璃莉、早くレイン交換しましょう」

 

 こうして私は、なんとか璃莉の連絡先を手に入れたのだった。




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