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第16話 恋 

 師匠の行動の意図が読めない。

 なぜ二週連続で褒美をくれるのか?

 そしてなぜ芋羊羹なのか?

 

 考えても考えても答えは浮かばない。

 だが、璃莉と話をする時間ができた。

 その結果がとにかく喜ばしいことである。

 

 そんなことを思いながら璃莉に入れてもらった茶をすすり、芋羊羹を太めの楊枝、菓子楊枝というらしいが、それで一口大に切って口へ放り込む。

 うん、普通の芋羊羹だ。

 たぶん、そう。

 

 隣をちらりと見る。

 お茶を少し飲んだあと、「あちち」と言いながら舌を出す璃莉の姿。

 なんてかわいい仕草だ。

 カメラに収めて永久保存しておきたい。

 

 そのあまりのかわいさに見とれていると、璃莉と目があった。

 なんだか悪いことをしていた気分になり、ドキッとして目を逸す。

 変に思われなかっただろうか?

 

 しかしそんな心配はどうやら杞憂だったようで、 


「月上さん、あの本はどうでしたか?」

 

 いつもと変わらない様子で話を振る璃莉。

 そうそう、あの本ね。

 私は鞄をたぐり寄せ、『オレ様王子の異世界転生物語』を取り出した。

 

 この小説、結論から言うととても面白かった。

 ジャンルとしてはファンタジーになるのだろうか。


 死んでしまったとある国の王子様が、元いた世界とは違う世界、いわゆる異世界でなぜか生き返り、剣と魔法を駆使して冒険を始める物語。

 前世の王子様は容姿・智力・体術の全てにおいて優れ、全てにおいて負け知らず。

 そしてそのせいか、つい冷たい態度で周りを見下してしまうという難ありな性格の持ち主だった。 

 

 最初私は、こんな何ひとつとして共感できないようなキャラを主人公に起用した作者の神経を疑ったが、物語の中盤から終盤にかけて、王子様が心変わりを果たす。

 

 転生先の異世界で経験した初めての挫折をきっかけに、持ち前の堂々とした態度が清々しい形に変わり、明るさで周りの人達から信頼を築きあげる冒険物の主人公らしくなっていったのだ。


「とても面白かったわ。時間を忘れて夢中になっちゃうほど」


「わあ! よかった! 好きなシーンとかありましたか?」


「うーんと……ハンター集会所の扉を初めて開けるシーンがよかったわね」


「ああ! あのシーンですね。扉に仕掛けがされていて試練になっているとは予想外でしたよね!璃莉は異世界で出会った少女の料理を食べるシーンが好きです!」


「高級料理を食べ慣れた王子様が異世界特有の庶民料理に舌鼓を打つシーンよね。あまりのおいしさに食べ過ぎてお腹を壊しちゃうなんて笑ったわ。王子様の家臣についてはどう思う?」


「王子様のことを怖いくらい尊敬している、なぜか一緒に転生してしまった家臣ですよね。あれは今後のキーパーソンになると思います!」


「私もそう思うわ!」


「ですよね!」


 会話が弾む。

 コミュニケーション能力が低い私でも共通の話題を持っているだけでこんなに話しやすくなるものなのか。

 いや、それもあるが、あの本に魅力が詰まっていることが大きいだろう。

 

 いくら共通の話題があったとしても、つまらなければ盛り上がりに欠ける。

 つまりこれもすべて『オレ様王子の異世界転生物語』という素晴らしい作品のおかげ。

 

 ありがとうオレ様王子! バンザイ異世界転生! ベストセラーは間違いないだろう。

 私が太鼓判を押そうではないか。


「月上さん、あの続き、知りたくないですか?」


 にっこにこ。まさに満面の笑みを浮かべる璃莉。

 

 実はわたしが読んだあの本は、冒険がこれから本格的に始まるというところで終わっていた。

 その中途半端さに『え? これで終わり?』と一度はがっかりさせられたが、作者の後書きにて『二巻を執筆する片手間にこの後書きを書いています』という言葉を確認し、続きがあるのだと安心したものだ。


「ええ、もちろん。でも二巻はいつ発売するんでしょうね」


 そう言うと、璃莉は「えへへー」と自慢げに笑い、鞄の中に手を突っ込んで、


「じゃん! これなんでしょう?」

 

 取り出した物を両手で私の前に突き出した。

 その表紙を見ると『オレ様王子の異世界転生物語2』と書いてあ……ってこれは⁉


「二巻じゃないの⁉ もう発売していたのね」


「月上さんに一巻を貸した次の日に発売したんですよ。そして璃莉はもう読んだので、これは月上さんにお貸しします!」


 それは嬉しいことだ。

 璃莉との共通の話題がさらに深まるし、今回は本当に内容が気になる。


「ありがとう。主人公がどんな冒険をするか、とても気になっていたの」


「うーん、二巻は冒険も面白いですけど……」


 考え込むように遠くを眺める璃莉。

 しばらくした後、再び笑顔を私に向け、


「恋も面白いですよ!」

 

 恋という言葉を放った。

 

 恋。それは私が悩みに悩み抜いて未だに答えが出せていないあれである。

 

 恋。それは私が経験したことがないあれである。


 恋。そしてそれは……私が璃莉に抱いているかもしれないあれである。

 

 まさかその言葉を璃莉から聞くことになるとは思わなかった。

 さっきまで饒舌に話せていたのに、今度ばかりはどんな言葉を璃莉に返していいかわからない。

 

 意識、しているのか? 

 恋という言葉を聞いて、璃莉を強く意識しているのか?


 胸が高鳴る。

 顔が熱くなる。

 璃莉と目が合わせられず正面の庭へ顔を向ける。

 

 心音がやけにうるさく聞こえて、止まれと胸を押さえる。

 それでも止まらなくて今度は耳を塞いでしまいそうになった。

 

 この心音、璃莉には聞かれていないだろうか?

 もし璃莉に聞かれたらどう思われるのだろうか?

 

 璃莉、璃莉、璃莉、頭の中がまた璃莉でいっぱいになる。

 だが今度は前のように頭フワフワ幸せ気分などではなく、胸がドキドキして苦しい。

 苦しい、苦しいから止まって、いったん、止まって……。



「月上さん? 月上さーん」


「あっ!」


 不思議そうに私の顔をのぞき込む璃莉の表情で、我に返る。

 胸の高鳴りが止まらないわけではないが、どうにか平静を取り繕う。

 そしてうつむくようにしたまま声を絞り出した。


「ご、ごめんね……ボーッとしちゃって……」


「……なにかあったんですか?」


「……いえ、なんでもないわ」

 

 あなたのことを考えてドキドキしている、なんて言えるわけがない。

 だから否定したのだが、璃莉からは鋭い声が返ってくる。


「嘘ですね」


 背筋に冷たいものを感じた私は、璃莉に目を向ける。

 その顔に笑みはなく、どちらかと言えば険しい表情をしていた。


「ど、どうして……?」


「だって明らかに様子がおかしいですもん。なにか恋という言葉に心当たりがあるんじゃないですか?」


 な、なんて鋭い。

 いや、そもそもなんでもないは少々無理があったかもしれない。

 自然に会話していた相手が急に胸を押さえて黙ってしまったのだ。

 誰だって不思議に思うだろう。


「いや……まあ……そうなんだけどね……」

 

 観念し、『嘘ですね』という指摘に対して肯定した私。

 しかし璃莉はあろうことか、


「恋バナですか⁉ 聞かせてください!」

 

 なんと『恋という言葉に心当たりがあるのでは』という問いもまとめて肯定したと受け取ってしまった。

 

 咄嗟に否定しようと思ったのだが、キラキラ輝く目がそれを許してくれそうにない。

 早く聞かせてくれと、急かされ期待されている気分だ。そんなにも恋の話が好きなのだろうか。

 実に女の子らしくてかわいい……って今はそんな悠長にしていられる場合じゃない。


 ……まあいい。

 どうせ他の言い訳が思いついていたわけでもない。


「あのね、これは私の友達の話だから内緒にしておいてね。璃莉から恋と聞いて、相談を受けた際いいアドバイスが出来なかったことを思い出し、ついこの場で考え込んでしまったの。」

 

 こう前置きしておけば問題ないだろう。

 うんうんと可愛らしく首を縦に振る璃莉へ、私は言葉を紡ぐ。


「その友達が言うには、最近とある人のことを見たり考えたりするだけで、胸が高鳴って苦しくなるらしいの。それだけじゃなく、顔が熱くなったり、物事に集中することが難しくなったり」


 全部、私が今までに体験してきたことだ。

 心臓が裏から締め付けられたと思うくらい苦しかった。

 顔から火が出たのかと思うくらい赤面した。

 剣を握っているときも璃莉のことが忘れられず、大きく太刀筋を乱した。

 

 架空の友達の話などではない。

 正真正銘、全てが私の話。

 

 真剣に話を聞く璃莉へ、さらに言葉を続ける。


「けど、そんな生活を送る上での障害になるようなことばかりじゃなくてね。その人の笑顔が見たいがため、その人に褒めてもらいたいがために頑張ろうと力が湧いてきたりするらしいの。そしていい結果を出し喜んでもらえたら、今までに感じたことのない幸せな気持ちに包まれたりね」

 

 これも、まごう事なき私の話。


「とまあ、友達からこんな話を聞かされて、これは恋なのかって相談を受けたのだけど」


 話を締める。

 すると璃莉はものすごい勢いで私に迫り、


「それは恋です! 間違いないです!」


 力強くそう断言した。


「……璃莉はそう思うの?」


「なんの疑いの余地もありません! 絶対に恋です!」


「……そう」


 思わず璃莉から目をそらしてしまった。

「素敵ですね……」とうっとりした声で呟く璃莉。

 それを耳にしながら、私はあることをようやく確信させた。


 

 

 本当はもっと前から気づけるはずだった。

 

 パズルのピースは全て揃っていたのだから。

 

 ただ、己の感情に名前が付くのをなんとなく怖がって、組み立てようとしなかっただけ。

 

 ところが今回、己の感情を整理し声に発することで、変化が訪れた。


 ピースが自然と組み立てられ、一枚のパズルが完成してしまったのだ。

 

 挙げ句、璃莉本人によって額縁に入れられ固定されたから、もうノーアンサーなどと誤魔化すこともできない。

 

 パズルが写し出していたもの、それは『恋』というたったひとつの言葉。

 

 ここまでくるのに随分と遠回りしたが、ようやく、やっと、確信できた。

 


 

 私は璃莉に、恋をしている。



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