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第15話 またしても芋羊羹 

 朝起きて道場で稽古にいそしみ、学校へ向かう。

 そして授業が終わるとすぐに道場にとんぼ返りし、夕稽古に邁進する。

 日々のちょっとした隙間時間に借りた小説、『オレ様王子の異世界転生物語』を読みながら。

 

 

 璃莉と約束した日までは、そんな感じで特に変わった出来事もなく過ぎていく。

 ただひとつだけ、普段と違うというか、日常の中で抱いた違和感というか……とにかく気になったことがあった。

 

 

 ……一週間って、こんなに長かったっけ?

 

 

 そう、この一週間は随分と時間の進みが遅く感じられた。

 体感では二週間、いや三週間、もしかしたら一ヶ月じゃないかと思うほど。


 授業中、教卓の上の時計が壊れているんじゃないかと思いスマートフォンでこっそり確認するけれど、そんなことはなくため息をついて、でも念のためもう一度確認して、やっぱりそんなことはなくて……。


 璃莉と会うのが待ち遠しくて仕方ないからなのか?

 いやいや、誕生日やクリスマスを楽しみする子供じゃないんだぞ!

 

 言っておきながら、自分はそんな子供じゃなかったなと気付く。

 誕生日もクリスマスも両親が仕事から早く帰ってくることはなく、ひとりで過ごしていた。

 

 プレゼントみたいな物は一応貰っていたけれど、子供の頃の私はそんな物を貰うより、ただ両親と過ごしたかったのかもしれない。

 だから私は誕生日やクリスマスを前に心躍らせる、なんてことはなかった。

 

 楽しみにしている日がゆっくりと迫るこの感覚を知らないからこそ、今こんな心情になってしまうのか?

 まあ、答えを出す必要などないだろう。

 そんなこんなで過ごした一週間、璃莉と会う日がようやくやってきた。

 


    ・・・



 夕稽古に向かう足取りはいつもより軽く、思わず小走りになってしまうほどだった。

 今日は璃莉に会える、ただそれだけのことなのにこんなにも幸せな気持ちになれるなんて、我ながら単純だ。

 

 頭の中が璃莉でいっぱいになる。

 今日もあの笑顔がたくさん見たい。

 今日は上手に会話したい。

 今日はもう少し近づいて座りたい。

 そして自然な感じで手を取って、唇に……。

 

 いやいやいやいや! なに暴走しているんだ私は! 

 

 このまま放っておくととんでもないところまで突っ走ってしまいそうな妄想にブレーキをかける。

 そんな風な脳内ドタバタ劇を繰り広げているうちに、気付いたら道場の前までやってきていた。

 はやる気持ちで扉を開ける。


「あっ月上さん! こんにちは!」


 花が咲いたような笑顔がそこにはあった。


「こんにちは、璃莉」


 段差を越えて作られた板張りの部分にちょこんと腰を下ろし、本を開いていた璃莉。

 ああ、この一週間、とても長かった。

 ではさっそく縁側へ……。


「では稽古を始めるとするかの」

 

 師匠の声が私を現実に引き戻す。

 

 ……あ。そういやそうだ。

 

 璃莉のことばかり考えていてつい失念していたが、ここに来た表向きの理由は当然ながら示現流の稽古のため。

 前回は師匠がお茶の時間をつくってくれたから璃莉と話す時間がたくさん取れたが、今回は取れたとしても稽古の合間のちょっとした休憩時間くらいだろう。

 そんな少ない時間ではろくに話もできやしないではないか。


 ……いや待て! なに不満そうにしているんだ私は。


 理由はともあれ強くなりたいという想いは今でも変わらないのにこんな姿勢で稽古に臨んでどうする。

 師匠と示現流に失礼じゃないか。


「どうした京花よ、早く靴を脱いで木刀を持たんか」


「は、はい……師匠……」


 とはいえ少しショックなのもまた事実。

 まあ璃莉に稽古を見せてまた褒めてもらいたいし、まったく話ができないというわけではない。

 ここはそうポジティブに考え、稽古に勤しもうではないか。

 そうして、私は師匠から木刀を受け取り、立木打ちを始めた。



     ・・・



「よし! やめい!」


「え⁉」


 驚いた私は、師匠に大きく見開いた目を向ける。

 というのもまだ二百回ほどしか振っていないからだ。

 こんな早くに止められるということはなにか問題があった証拠。


「師匠、なにか至らない点でも?」


「そうではない。まだ完璧とはいかんが感情が剣に乗り、太刀筋もそれなりに安定しとったわい」

 

 師匠はそう言った後、


「璃莉はどうじゃった?」


 璃莉に視線を移し、意見を求めた。


「前よりもさらに素敵だったと思います! かっこよすぎて見とれちゃいました!」


 目を輝かせながら褒め言葉を並べてくれる璃莉。

 そのことに胸が熱くなり、大きな喜びで満たされる。

 ああ、やっぱり璃莉に褒めてもらうのは格別だ。

 こんな気持ち、他では味わえない。

 

 幸せのあまり自分だけの世界に入りかけようとしたときだった。

 ひとつの疑問が足を引く。

 ならどうして師匠は私にストップをかけたのか?


「師匠、ではなぜ止めたのですか?」


「それはのう、またおぬしに褒美をやりたくなったからじゃ」

 

 ……はい?


「褒美、ですか……? それなら先週も頂きましたが……」


 芋羊羹ではあるが。

 それに物を渡すためにわざわざ稽古を中断したというのか?


「今週もやると言うておるのじゃ。おぬしの喜ぶ顔が見たくてな」


 私の喜ぶ顔が見たくて? 

 はっ! 

 まさか先週の芋羊羹が褒美だと告げられ微妙な反応を示した私に、今度こそはとリベンジで褒美らしい褒美を用意してくれたのではないか?


「いえ師匠、私は先週の芋羊羹で満足していますし、そんなやり直しのようなことなさらなくても……」


 嘘ではない。

 芋羊羹そのものが嬉しかったわけではないが、結果的に璃莉との親交が深められたので非常に満足していた。

 だからこうして断ったのだが……。


「やり直し? なんのことかは分からんが、今日おぬしにやる褒美も芋羊羹じゃぞ」


 ……え?


「璃莉よ、京花と茶にするがよい。わしはまた散歩に行ってくるわい」

 

 ……え、え、え⁉


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり京花がリリと2人でお話するのをご褒美にしてますね!師匠ってばなんて優しい!!
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