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第14話 共通の趣味 

 ただ芋羊羹を食べるだけに思われた時間がこんなことになるだなんて、思いもしなかった。

 

 璃莉と縁側に並んで座り、芋羊羹を食べる。

 まだ夕日は完全に顔を出しており、辺りはそれなりに明るかった。

 日が長い季節になったものだ。

 

 あと、芋羊羹はいたって普通の物だった。

 もしかしたら一年に一本しかとれない幻のさつまいもを使った伝説の芋羊羹かも。

 なんてテレビの和菓子特集で取り上げられそうな物を想像をしたけど、まったくもってそんな高貴な味は感じられない。

 ……たぶん。おそらく。

 

 一応、夕日や芋羊羹の味について解説したが、はっきり言って、そんなこと今はどうでもいいのだ。

 芋羊羹の味も、今は一切感じられない。

 

 なぜか? さっきから私と璃莉の会話が止まっているからだ。

 

 最初は『お茶と合いますね』『ええ、そうね』『最近雨が多いですね』『梅雨だからね』なんて璃莉が投げたボールを私が受け止めるだけの会話をしていたが次第に種がなくなり、今では無言になってしまった。

 

 私のコミュニケーション能力が元々欠如していることもその理由だが、もう一つ大きな要因としては今、ふたりきりなこと。

 

 実は師匠は『散歩に行ってくる』などと言って現在外出中である。

 

 つまりこの家にいるのは私と璃莉のふたりだけであり、そのせいか加速するドキドキによって、ただでさえ低い私のコミュニケーション能力は、現在地を這っていた。

 数値化するとほぼ0、もしかしたらマイナスなのではないか。

 そうならば地を這うどころか地中に潜り込むことになるが。

 

 こうなると芋羊羹の味など分かったもんじゃない。

 璃莉とふたりならんでいるだけで、味の感想に『たぶん』や『おそらく』が付くほど味覚が曖昧になるのに、会話が止まり妙な緊張感が加わった今では、味覚神経が機能を停止している。

 

 なにを話せばいいか、グルグルと頭を回転させることに集中。

 しかし、ドキドキする胸がその動きを妨げているような気がした。

 

 こんな感じでもどかしい思いをしていると、


「月上さんの趣味はなんですか?」

 

 璃莉から話が広げられそうな話題が飛んできた。 

 これはまたとないチャンスだ。相づちレベルではなく、気の利いた答えを出さなければ。


「えーと……趣味ね……」

 

 少し考えて結論を出した。

 

 ……なにもない。

  

 中学生の頃から剣を握ることしか頭になかった。

 そんな私に趣味など当然ない。

 

 でも、剣の道が趣味なのかな? いやいや、趣味とはいえないだろう。

 それに今ここで『示現流』などと返答しようものなら話の広がりなど皆無、璃莉は苦笑いを浮かべるに違いない。


 あ、でも……。

 

 話の広がりそうなものが、ひとつだけあった。

 

「読書、かしらね……」


 そう、私はそれなりに本を読んでいた。

 小学生までは学校、家問わず、時間が潰せて自分の世界に没頭できる読書を好んでいたし、中学に進学して以降も電車の中や休み時間に読書をしている。

 昔と比べたら趣味と呼べるほどではないかもしれないが、有名作品の知識もそれなりにあるため、話が広がるのではないか。


「そうなんですか! 璃莉も本が好きなんです!」

 

 璃莉の反応も、どうやら好感触のようだ。


「ええと、ちなみに璃莉はどんな本を読むの?」


「そうですね……基本的にどんなジャンルでも読みますけど……あ!」


 その声を発したと同時に璃莉は急になにかを思いついたように部屋へと向かった。

 どこに行ったのだろうと考える間もほとんどなく、すぐに戻ってきたその手には通学用鞄が。

 璃莉は再び私の隣に腰を下ろすと、


「今日、丁度この本を読み終えたばかりなんです!」

 

 そう言って鞄の中から文庫本を取りだした。

 どれどれと受け取ってみる。

 

 表紙には『オレ様王子の異世界転生物語』というタイトルが存在感を示していた。

 

 ……どんな話か想像もつかない。

 

 アニメチックな表紙であることから、おそらくこれはライトノベルというやつであろう。

 東野○吾や池井○潤、古くは司馬遼○郎や太○治なら話ができるのだが、残念ながらこれらは私の守備範囲外。

 したがって手渡されてもなにも感想が出てこない。

 

 だがここで沈黙していては意味がない。

 わからないならわからないなりの話の広げ方ができるはずだ。


「ええと、これはどういう話なの?」


 尋ねると、璃莉は驚いた顔を向けた。


「え⁉ 内容ならタイトルの通りですけど……もしかして月上さん、こういうラノベみたいな物はあまり読みませんか?」

 

 タイトル通りの内容? 

 ライトノベルにおいて『オレ様王子』あるいは『異世界転生』というのはそんなにメジャーなジャンルなのか? どちらもあまりピンとこないのだが。

 

 無理に分かっているふりをしてもボロが出るだけだろう。

 そんな苦し紛れなことしたくない。


「ええ、まあ……」


 ここはこうやって肯定するのが正解だ。


「そうなんですね。えーと……うーん……どう説明したらいいかな……」


 遠くを眺め考え込む璃莉。

 その姿も非常にかわいいのだが、私が悩ませていると思うと少し罪悪感を覚える。

 

 そんなに悩まなくていいのよ、と声をかけようと思い始めたときだった。

 璃莉が両手を叩き「じゃあ、こうしましょう」と前置きして、


「その本、よければ貸しますよ。さっきも言ったように私は読み終えたので。どうですか?」


 思ってもみない、だが最高の提案だった。


「ぜ、ぜひ! 是非貸してもらうわ」


 璃莉は私の勢いに少し驚いたあと、笑った。


「喜んでもらえると璃莉も嬉しいです。そんなにこの本に興味が湧いたんですか?」

 

 もちろん、この本が読めるから嬉しいのではない。

 璃莉と共通の話題ができるから嬉しいのだ。

 そんなことをさらっと言えるほどキザな私ではないので、


「ええ、まあ……」

 

 こんな感じでさっきと同じ返答になってしまった。


「その本、読み終えるまでにどれほどかかりそうですか?」


 質問を受けた私はパラパラとページをめくってみる。

 私は本を読むとき、言葉の表現ひとつひとつを味わいながらじっくり読むタイプだ。

 読める時間も限られているため、一冊読み終えるのに十日くらいはかかってしまう。

 だがこの本、ぱっと見た感じだとセリフや改行がすごく多いし、普段読んでいる小説よりも時間はかからなさそうだ。


「……一週間、ってところかしらね」


 多めに見積もってそう答えた。

 すると璃莉が言う。


「じゃあ一週間後、またここに来ます! その時感想を教えてくださいね」


 え⁉ じゃあもし明日とか言っていたら明日会えたわけ⁉

 くぅ~惜しいことをした。

 一週間だなんて言わなければよかった。

 

 今からでも言い直そうか?

 でも本当に読めるかどうか分からないし……。

 

 そうだ! 睡眠時間を削れば……。

 だめだ。そんなことをしたら日々の稽古に支障がでてしまう。そうなると師匠と示現流に失礼だし、無理に読んだら璃莉と本に失礼だろう。


「ええ、わかったわ」

 

 私は若干の後悔を残しつつも首を縦に振った。

 ここは次に会う約束ができただけでもよしとしよう。

 会いたいのに会えるかどうかも分からない不安な気持ちで日々を過ごすのはもう嫌だ。


 ところで、この本を手に取っているとふつふつと湧き上がってくるものがある。


「……ちなみにこの本、新品を璃莉が買ったの?」


「え?」


 璃莉は少しの戸惑いを見せた後、


「はい、そうですけど……」

 

 と言って頷いた。

 おお、完全に璃莉の私物! 

 今日読み終わったばかりだと言うし、璃莉以外触ってないんじゃないかしら! 

 ああ、ずっと璃莉が手にしていた物が、今私の手の中にある。

 なんというか……なんというか……


 ……って変態か私は!

 

 自分で言うのもなんだが、かなり気持ち悪い思考に陥っていた気がする。


「どうしてそんなことを?」


 璃莉からしてみれば唐突に意味不明な質問をされたことであろう。

 それはね、なぜか分からないけど興奮してきたからよ。

 なんて言えるわけがない。

 

 ジッと私を見てくる璃莉に後ろめたいものを感じながら、どんな言い訳をしようかと頭を悩ませていると、


――ガラッ

 

 玄関扉の開く音がした。

 どうやら師匠が帰ってきたようだ。


「あ、おじいちゃんが帰ってきたようですね」

 

 同時に璃莉の注意もそちらに逸れた。

 どんどん近づく足音から縁側に真っ直ぐ向かっていることがわかる。

 

 やがて姿を見せ、


「京花よ、稽古を再開するぞ」


「は、はい! 師匠!」


「璃莉はもう帰りなさい。日が落ちてきとるし、真っ暗にならんうちにな」


「うん、分かった。じゃあまた来週会いましょうね、月上さん」

 

 そう言って璃莉は鞄を肩に掛け立ち上がり、廊下の角を曲がって玄関へと消えていった。

 突然すぎるトークタイムの終了に頭と体がついて行かない。

 玄関まで見送りたかったのに。

 

 再び玄関扉が開け閉めされる音が聞こえた頃、ようやく状況把握が完了し、


「ふう……」

 

 と息をついた。

 それは幸せな時間が終わったことによる喪失感、来週を楽しみにする期待感、そしてこの危機をうやむやにできた安心感と色々なものが混ざった吐息だった。



     ・・・


 

 夕稽古を終え帰宅した私は自室のベットに腰掛け、璃莉から借りた本を見つめていた。

 明日も朝稽古があるため五時起床の予定。

 本来ならすぐ夕食を取り、風呂に入り、早く寝るべきなのだが……。

 

 なんだかこうして表紙を見ているだけで幸せな気持ちになり、やめられない。

 今日璃莉とふたりきりで過ごした時間が思い起こされ、暖かいなにかに満たされている気分だ。

 完全に頭フワフワモードになった私はなにを思ったのか、ふと本に鼻を近づけてみた。

 

 ……璃莉の本、なんだかいい匂いがするような……

 

 スー、ハー、と本の前で深呼吸。

 手が動いているのか、鼻が動いているのか、あるいはその両方なのか、嗅いでいるうちにどんどん鼻と本の距離が縮まる。

 

 やがてその距離が0センチとなったとき、ピトッとした感触によってようやく我に返った。

 ハッとなって本を置き、頭を抱えて本日二度目、今度は声に出して。


「だから変態か私は!」

 

 どうも璃莉のことを考えると調子が狂う。

 自分が自分じゃないみたいだ。

 

 ぶんぶんと頭を振り、夕食を取れば少しは冷静になるだろうと思い、思い、思い……再び本を手に取った。

 せっかく璃莉に借りた本、単純に内容も気になったのだ。

 あと、これを読めば少しでも璃莉に近づけるような気がして……ってそっちがほぼメインの気がするが……。


 まあ理由はさておくとして、少し読むくらいならいいだろう。

 明日の稽古に支障が出ない程度、数ページで手を止めたら問題ない。

 そう思って『オレ様王子の異世界転生物語』の表紙をめくった。


「へえ、最初に何枚かイラストがあるのね……話に入りやすいわ……」

 

 イラストをさっと見た後、活字のページにたどり着き、読み進める。



「……」

「……」

「……」

「……なにこの主人公、なんだか妙に腹が立つわね」


 



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[良い点] 師匠は気を利かせて2人きりにしてくれた予感!? そしてコミュ障を発症してしまう京花が可愛いですね、リリの前ではふにゃふにゃ! それにしても、リリが触った本そのものに興奮するとは中々に変態…
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