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第12話 璃莉のための剣の道

 早く寝た分、翌朝早くに目が覚めた。

 嬉しいことに、自分の性的対象については寝ている間に吹っ切れていた。

 悩んだってどうしようもないことだから悩むだけ損だ。

 なかばやけくそになっていたのかもしれないが、尾を引くよりもよほど楽である。


 問題はまだノーアンサーの恋。

 こちらに関しては色々と問題が山積みの上、そもそもどう手を着けていいか分からないものばかり。

 だがひとつだけ確実に言えるのは、もしまた璃莉の前で稽古をすれば大失敗してしまうということ。

 だったらまず、それをどうにかしないといけない。

 

 ベッドの上に座り込んで解決策を考える。

 だが、長時間考え込んでも、なにも思い浮かばなかった。

 


    ・・・



 学校が終わり夕稽古へ向かう。

 ちなみに朝稽古はなんのハプニングもなく、師匠からも太刀筋を褒められた。

 まあ、それもそのはず、朝稽古には璃莉がいなかったから。

 相変わらず璃莉がいないと通常通りの動きができるものだ。

 だが夕稽古では強い気持ちを持って挑まなければならない。

 師匠に帰宅命令を出されるほどの太刀筋の乱れが急に直るとは思えないが、昨日や一昨日よりもマシになっていればそれでもいい。

 克服は徐々に、というわけだ。

 


    ・・・

 


 道場の前に立つ。

 璃莉の笑顔を想像して少し胸が高鳴った。

 

 だめだだめだ、これから稽古だというのに。

 私はぶんぶんと頭を振った後、ゆっくりと深呼吸して扉を開いた。


 ……あれ?


「きたか京花よ……どうした? 呆然として」


「い、いえ……夕稽古もよろしくお願いいたします」


「うむ、では着替えて参れ」

 

 己の思慮の浅はかさにはすぐに気付いた。

 どうして私は今日も璃莉がいると思ったんだ。

 そう、いちごがどうとか言っていたように、昨日一昨日と璃莉が師匠の家を訪れたのは理由があってのこと。

 逆を言えば理由がないとここには来ないということだ。

 

 この展開は予想外だったが……まあ、稽古に集中できると考えたらいいか。

 そう捉えることにして、私は道場に向かった。

 もちろん今日の夕稽古において、太刀筋にはなにも問題がなかった。


 



 翌日、今日も璃莉は来なかった。

 稽古に集中できていい。


 

 その翌日、今日も璃莉は来なかった。

 うん、稽古に集中できる。


 

 そのまた翌日、今日も璃莉は来なかった。

 稽古に集中……。

 

 

 そのまたさらに翌日、今日も璃莉は来なかった。


 

    ・・・


 

 璃莉と最後に会って十日が過ぎようとした日の夜。

 夕稽古も終わって帰宅した私は、自室のベッドに腰掛け呟いた。


「……璃莉に会いたい」

 

 一人きりの空間とはいえ、想いを声に出したのは初めてだった。


 璃莉がいないと稽古に集中できる。

 太刀筋は乱れないし、師匠から帰宅命令も下されない。

 強さを求めるには最適の環境ではないのか。

 

 一方、璃莉がいると、胸が高鳴り、赤面し、それなのに失敗したらどうしようと青くなって。

 太刀筋だけじゃなく心もぐちゃぐちゃになって、悩みにさいなまれ、もう示現流を極めるには最悪の環境のはずだ。

 

 わかっている、わかっているが、璃莉に会いたい。

 もう一度、璃莉の笑顔が見たい。

 璃莉のことだけで脳が埋め尽くされる。

 胸はドキドキしているけど、頭はフワフワしているあの感覚だ。

 

 しばしそれに浸り、ボーッとする。

 

 

 どのくらい時間が経ったであろうか。

 とある考えが浮かび、ハッとなった。

 そうだ、高等部と中等部で離れてはいるが同じ学園に通っているんだ。学

 年も分かっているし、会いに行けばいいではないか。

 名案のように思えた。だが。

 

 ……会ってなんの話をすればいいの? 


『ただあなたに会いたくてここに来たのよ』なんて言ったら引かれるに違いない。

 笑顔が見たいのに意味がないであろう。

 

 それに高等部の生徒が中等部の校舎に出向くことは禁止されている。

 こっそり行こうにも制服が大きく異なるからものすごく目立ってしまうし。

 こうなったら正門前で待ち伏せとか……。

 無理だ、朝稽古があるから私の登校はいつも遅刻ギリギリ。

 あと、そんなストーカーまがいなこと、許される行為ではない。


「はあ……」

 

 八方塞がりという言葉が頭に浮かんで、ため息をついた。

 やはり会うためには、璃莉が師匠の家に来るしかないのか。



    ・・・



 翌日、璃莉と最後に会ってから十一日目。

 私は朝稽古で立木打ちの真っ最中。

 いつも稽古中は示現流だけに集中し一心不乱に打ち込んでいるのだが、その日は違った。

 

 ……璃莉に会いたい。

 

 でも、いつ会えるかは分からない。

 

 もしかしたらもう会えないかもしれない。

 

 そんな私ができることがあるとすれば、今この稽古に精進すること。

 

 だが、己の成長のためだけではなくて。

 

 もし今度璃莉に会えたのなら、今度は無様な姿を見せないように。

 

 顔だけじゃなく所作も綺麗と言ってもらえるように。

 

 道着姿だけじゃなく猛々しく剣を打ち込む姿もかっこいいと言ってもらえるように。

 

 璃莉……。

 璃莉……。

 璃莉……。


 璃莉のために示現流を……。




「よし、時間じゃな。今日の朝稽古は終了じゃ」

 

 気付いたら師匠の声がかかっていた。

 今日の朝稽古は璃莉のことばかり考えてしまい集中できなかった。

 師匠は最後まで稽古を続行させてくれたが、情けでもかけてくれたのだろうか?

 だがきっとこの後注意を受けることになるだろう。

 もしかしたら『今日の夕稽古は来なくていい』みたいに、朝のうちから帰宅命令が下されるかも……。


「京花よ」

 

 ほらきた。きっと帰宅命令だ。

 しかし師匠から放たれた言葉は予想外のものだった。


「おぬし、少し進化を遂げたの」

 

 ……え? 


「進化、ですか?」


 進化っていい意味の言葉……のはず……。 

 なぜそんな言葉が向けられたのか分からずにいると、


「そうじゃ。以前までのおぬしの太刀筋は良く言えば行儀のいい、じゃが悪く言えば淡泊で無機質なものじゃった。おそらく純粋に強さだけを求めた副作用じゃと思うが、それでは極めるまでに時間がかかってしまうわい」

 

 なんと、純粋な強さへの想いが成長への仇となっていたのか。

 師匠は言葉を続ける。


「じゃが今日のおぬしの太刀筋は乱れこそあったものの、覇気に満ちておった。なにか変わって意識したことはあるか? たとえば、強くなる以外の目標ができたとか」

 

 意識した、というより意識してしまったことについては心当たりがありすぎる。

 私は稽古中、璃莉のことをずっと考えていた。

 璃莉に見てもらうために示現流の腕を上げたいと思ったほどだ。


「強くなりたいという想いに変わりはありませんが、そこに感情が入ってしまいました」

 

 さすがに本人の祖父を目の前にして『璃莉のために』なんて言えない。

 私はオブラートに包んで師匠に申し上げた。


「ふむ、ではそれじゃな」


 顎に手を当て首を縦に振る師匠。

 しかし気になることがある。


「師匠、お言葉を返すようで申し訳ありませんが、感情を入れるのは良くないことなのでは?」

 

 剣に感情が入って良いものなのか、そこが気になった。

 私は以前、璃莉が稽古を見ていたときに色々考えすぎてボロボロになってしまった。

 だから稽古中はその気持ちを押し殺そうとしてきた。今回は溢れてしまったが。


「なにを言うか。感情は強さへの糧となるぞ」


 思わぬ言葉に目が点になった。

 すると師匠は「ふう」と息を吐いて。


「どうやら勘違いしておるようじゃな。忌むべきは剣を惑わす感情であって、剣に乗る感情ならばむしろ解放してやるべきじゃ」

 

 私は師匠の言葉を受け、己が太刀筋を乱した過去を今一度振り返る。

 

 わけも分からずドキドキする感情。

 失敗したらどうしようと不安に思う感情。

 

 これらの感情は剣を惑わすものだった。

 だが、今回の璃莉のために強くなりたいという前向きな感情は、剣に乗るものだったわけだ。


「おぬしがどんな感情を抱いていたのかは知らんが、あの覇気に満ちた剣を見れば、剣に乗る感情であったことは間違いない。それならば解放してやれ。その上で太刀筋を安定させることができたら、さらに強くなるであろう」

 

 感情を解放させつつ太刀筋を安定させる。

 師匠は簡単そうに言うがどう考えても難しいだろう。


「そのためにはどうしたら?」


 尋ねると、師匠は間髪入れずに、


「稽古あるのみじゃな」

 

 そう言って口の端を少し上げた。


 

 


 その日から私は変わった。

 稽古に専念しつつも璃莉への想いを押し殺すことなく解放させ、感情を乗せた剣というのを探求し始めたのだ。

 

 そして月日は流れ、季節は空気の湿りと雨の冷たさを感じる梅雨真っ只中、六月末を迎えた。




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