第11話 秘策のアダルト動画
ボロボロの夕稽古から帰宅した。
すぐに自室に向かうわけではなく、リビングのソファーに腰を下ろし、とある物に視線を向ける。
この方法は学校にいるときに思いついたものだ。
トイレの個室に入っていた際、女子生徒ふたりが話す内容を偶然耳にし、ハッとなった。
あまり人として褒められた行為ではないと思うし、自分自身できることならやりたくない。
だが、そんな悠長にいられる状況でもないのだ。
背に腹はかえられぬ。
ここはたったひとつだけ思いついたこの方法を実行しようではないか。
立ち上がり、ずっと視線を向けていた物、家族共有のノートパソコンへ手を伸ばした。
この家族共有のノートパソコン。
たしか買ったばかりでそこそこいい性能を誇るみたいなのだが、父と母は自前のパソコンを持っているし、私はパソコンを普段使わないから、リビングの端にある棚の上で埃を被り置物と化していたのである。
これを使って今からなにをするかというと……
『女同士の、そういうアダルト動画を視聴する』である!
端から聞くとなにをふざけたことを、と思うかもしれない。
だが真面目も真面目、大真面目なのだ。
というのも、もしも私が女性に興味がある人だったら、それを見てなにかしらの反応をするに違いない。
たとえば『へへへ……』と思ったり、『うへへ……』と思ったり。
表情にもなにかしらの変化があるだろう。
だからパソコンでアダルト動画を視聴しつつ、カメラをこちらに向けたスマートフォンで私自身を撮影する。そして後から撮影した動画をチェックと。
どうだ、モラルなどは考慮せず現状打破だけを目的とするならば完璧な方法ではなかろうか。
ちなみにその方法を思いつくきっかけとなった女子生徒の会話というのが……。
・・・
『聞いてよ。うちの姉ちゃんレズかもしれないんだ』
『おお、唐突にすごいカミングアウトをするね……。でもなんで分かったの?』
『先週、貸していた漫画を返してもらおうと姉ちゃんの部屋の扉をノックしたんだ。でも返事がなかったから、漫画だけ返してもらおうと勝手に部屋に入ったら……』
『入ったら?』
『姉ちゃんがイヤホン着けて、女の子同士がエッチなことをする動画を見ていたんだ。パソコンをフルスクリーンにしてドーンっと』
『あらぁ……』
『で、しばらくしたら姉ちゃんも私の存在に気付いて急いでパソコンを閉じたんだけど、そこからの言い訳がひどいのなんの。たまたまそういうアダルトサイトにつながったからって。いやそうだとしてもフルスクリーンで再生なんかしないよね⁉ わざわざイヤホンまで取り出して⁉』
『まあ、そうだよね……』
『それ以来姉ちゃんとなんか気まずくなっちゃって……。昨日は少しでも姉ちゃんの気持ちを理解しようとあたしもそういう動画を見てみたんだけど……』
『え⁉ 見たの⁉』
『うん、今はそういう動画もネットで見れるじゃん。検索したらすぐ見つかったよ』
『へえ……それで、どうだった?』
『まったく良さが分からなかった。すぐページを閉じたよ。それでどうしたら仲直りできるか、あんたに相談しようとこの話をしたんだけど……。ま、女が女を好きになるなんて普通じゃありえないし、あんたも分からないよね』
『……私は、女の子が女の子を好きになってもいいと思う』
『へぇ⁉ そうなの⁉ ……ってなんであたしの手を握ってるの?』
『……ねえ、女の子同士のキス、どう思う?』
『え⁉ 言ってる意味がわからムグッ』
・・・
このあとどうなったかは私の知るところでないのだが、用を済ませたのにしばらく個室から出られなかったことは言うまでもない。
ま、それはそうと早速始めたいと思う。
私はノートパソコンをテーブルの上に置いて、椅子に座った。
そして電源をつけ、インターネットを開け……はて、なんと言葉を入れよう?
話によるとすぐ見つかるらしいが……もう直球でいいだろう。
『レズ 動画』
言葉を入れて検索ボタンをクリックする。
ずらりと並ぶ検索結果の中に『レズ―女性用無料アダルト動画』とあったので、とりあえずそのページを開いてみた。
「……たくさん動画があるのね」
ぱっと一ページ目を見渡してみた後、
『カリスマ女優に手ほどきされ、十八歳のウブな現役女子大生が初めてのレズセッ〇ス体験』
という見る前から内容がよく分かる動画をクリックした。
ページが移動し、再生ボタンが現れる。
私はスマートフォンのカメラアプリを起動し、録画ボタンを押した。
そしてパソコンに立てかける。
動画と被るため中心には置けないがちゃんと表情が撮れるだろうか。
そう思って一度録画した動画を確認したら画面の端ではあったがきちんと私の顔が映っていた。これなら大丈夫だ。
再び先ほどの手順で撮影の準備をした後、
「ふう……」
大きく息を吐いた。
戻るなら今だ。だが戻ったところでなにも解決しない。
なに、少しみたら十分。
頃合いを見て停止ボタンを押せばいい。
私はこのことをできる限り軽く捉えるよう努め、再生ボタンをクリックした。
動画は少しのロード時間の後始まった。
「……これが十八歳? 随分と童顔ね。私より年下に見えるわ」
「うわ! この人がカリスマ女優ね。……大丈夫大丈夫と話しかけながらいきなりキスしてるじゃない」
「うっ! スカートの中に手を入れて……そんなことまで……」
頃合いを見て停止ボタンを押せばいい、そう思っていたのに……。
停止ボタンにマウスカーソルが合わせられることは、一度もなかった。
・・・
「はっ! お、終わった……?」
気付いたら動画が終わっていた。
そう、終了までぶっ通しで見ていたのだ。
「一体何分の動画だったのかしら……げ! 九十分⁉」
この長時間があっという間に過ぎたと感じられたほど夢中になった私。
その事実だけで答えは出たようなものだが、一応スマートフォンで録画した動画も確認してみる。
いったいわたしはどんな表情をしているのだろうか。
恐る恐る再生し、
「……う!」
私は動画内の自分へ苦虫を噛みつぶしたような顔を向けることになる。
視聴直後はただ画面にのめり込むように見ていただけだが、童顔女子大生の下着姿が露わになった頃であろう五分を過ぎれば、ニタニタと締まらない表情を浮かべていた。
次第に涎まで垂らすようになり、光らせたその目の奥は獲物を狙う猛禽類が如くである。
「……気持ち悪い」
自分の姿にドン引きした。
これが無意識というのだから余計に恐ろしい。
スマホで撮影した動画は75分で勝手に録画を停止していた。
容量がいっぱいになったのだろう。
だが結果的に検証のためには七十五分も必要なかったし、こんな無様な姿を一時間以上見て確認するのは地獄の閻魔様もびっくりの苦行である。
結局私は七十五分全て見ずに十五分そこそこで停止ボタンを押し、撮影した動画をすぐ削除した。
こんなもの残していたらスマホが汚染されそうだ。
コンピューターウイルスより厄介なのではないか。
続いてインターネットを閉じ……おっと履歴を削除しておかなければ。一応家族共有のパソコンだ。
電源を落としたパソコンを棚に戻し、鞄とスマホを持って自室に向かう。
階段を上り自室に入るや否やベットの上の枕を手に取り、それで顔を覆った。
そして、色々な思いを爆発させるが如く……
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫んだ。
結論を言おう。私は、女性に性的興奮を覚える人間だった。
こうなる予感がなかったわけじゃない。
だがこのような衝撃の事実、いざ現実となって目の当たりにし、『はいそうですか』と冷静に対処することなど不可能だろう。
てことは、あの胸の高鳴りはやはり恋……いや、待てよ。
女性に性的興奮を覚えるからと言って女性が恋愛対象と結論づけていいものなのか。
現にアダルト動画を見ている最中、胸の高鳴りはなかった気がするし、赤面していたわけでもなかった。
性と恋、結びつくようで結びつかない。
とどのつまり……、
女性に興味があるのかと問われたらイエス。
璃莉への感情が恋なのかと問われたらまだノーアンサー。
そういうことになってしまうのか?
……うう、頭が痛くなってきた。
私はふうと息を吐いて枕をベットに投げた後、ふらふらと立ち上がった。
もう考えるのはよそう。
今日も早く寝よう。
起きていても頭を悩ませてしまうだけだ。
私は浴室へ向かい、そのあとすぐに就寝した。
二日続けて夕食を抜いたのは初めてかもしれない。