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第1話 まだ知らぬ味

『好き。―――――――大好き』


 何事にも無関心だった幼少期。

 剣道に打ち込んだ中学時代。

 

 ずっと、恋愛なんて縁がないと思っていた……のに。


 16歳の夏。


 女の私は、目の前の少女に想いをぶつけた。




       *




 私、月上京花(つきがみきょうか)は恋を知らない。

 

 小学生の頃、クラスの女の子達が『○○君かっこいいよね』と、ヤンキーっぽい男の子や足の速い男の子の名前を挙げていた。

 

 私は輪に入らずそれを傍観しているだけ。

 

 理由は、まったく共感できないから。好きだとか、恋だとか、はっきり言って理解不能だ。

 

 

 

 そんな立ち位置だったからか、友達など一人もいやしなかった。

 

 幸いなことに、孤独には慣れていた。

 共働きの両親は私が幼い頃からずっと働きづめ。兄弟もいない。

 

 そのため家に帰ると、筆箱にしまった鍵で扉を開け、誰もいない真っ暗な廊下に向かって『ただいま』と呟く。

 

 そして宿題や図書室で借りた本などで時間を潰し、ひとりで夕食を取り、ひとりでお風呂に入り、ひとりで寝る。

 

 寝ている間に両親は帰宅し、朝起きたらすでに仕事へ。

 

 家でこんな毎日を過ごしていたからか、学校でもひとりでいることには何ら抵抗がなかった。

 

 ひとりがずっと続くのだろう。

 

 自分のことなのに、どこか他人事のようにそう思っていた。

 

 しかし、中学へと進学した私に大きな変化が訪れる。






「特別に許可された理由がない限り、必ずどこかの部活動に入ること」

 

 




 入学式終わりのホームルームにて、はげ散らかした担任が言い放った。

 

 それを聞いて思わず顔をしかめる。

 そんなこと知らなかったし、中学では帰宅部でいようと思っていたからだ。


 まあ、ルールなら仕方がない。

 破って目を付けられるのも嫌だし、無気力そうな文化部にでも籍を置いて幽霊部員になろう。


 適当にそんなことを考えながら、頭の中は入学祝いに買ってもらったスマートフォンのことでほぼ埋まっていた。

 

 早く家に帰ってゲームでもしよう。動画を見るのもいいな。

 

   

   





    ・・・







「いいねー君の防具姿! じゃあ竹刀も振ってみて!」

 

 隣には笑顔で興奮気味の上級生。

 そして竹刀を握らされ、暑く汗臭い防具に身を包む私。

  

 

 ……待て待て待て! どうしてこうなった!

  

 

 私はことの経緯を振り返る。

 

 

 ホームルームが終わり放課となった瞬間、私は真っ先に帰宅を試みて席を立ち、新しい人間関係を構築しようと雑談するクラスメイト達を背に、教室から一番乗りで退出した。

 

 そこまではよかった。しかし校門付近で私の行く手を阻む軍団が。

 そう、部活動勧誘のために学校にきた上級生達だ。

 

 入学式が行われる今日は、基本的に上級生にとっては休日。

 しかし例外もあり、入学式に携わる生徒会の面々、そしてこうして集まっている勧誘の体育部の者は、学校へとやってきていたのだ。

 

 瞬時に教室から出てきたため、校門付近にいる新入生は少なく、今あの軍団へと突っ込むと集中砲火を浴びる可能性がある。

 暑苦しい体育会系にもみくちゃにされるなんて、なんとしてでも避けたいところだ。

 

 少し時間をおいてから……いや、しばらくあの騒ぎは続きそうだし、私には早く帰ってスマホをいじるという使命がある。

 

 どうしようかと立ち尽くしていると、ふと一つの案が降りてきた。

 

 

 そうだ! 他の出入り口から下校しよう! バカ正直に正面突破する必要なんかない!

 

 

 我ながら名案だと自分で自分を褒める私。

 さっそく出入り口を探して実行に移そうと、回れ右したその瞬間。


「君! 新入生だよね!」

 

 いつから後ろに控えていたのか。

 いや、たぶん私が回れ右した瞬間と、やってきたタイミングが偶然にも重なっただけなのだろうが。

 

 目の前にはポニーテールの女子生徒。

 その声のかけ方から上級生であることがうかがえる。

 そして手には竹刀が。

 

 威勢のいい声と、か弱い女子中学生を屈服させるには十分であろう武器の存在に私がひるんでいると、上級生は返答を待つことなく勝手に新入生と決め込んだようで、


「新入生よ! 剣道部に興味はないかい?」

 

 と尋ねてきた。

 

 ああ、剣道部だから竹刀を持っていたのか。

 てっきり恐喝のような勧誘をするため持っているのかと思った。

 

 少し安心したところで、私は首を横に振る。


「いえ……興味はありま」「またまたー冗談きついって!」

 

 せめて最後まで言わせてくれ。

 

 というかこの人はなにを根拠に冗談だと決めつけているのだろうか。

 まさか全人類が皆剣道に興味があるとでも? そっちの方が冗談きつい。


「ま、とりあえずこの竹刀でも握ってみてよ!」


 有無を言う隙もくれず、私の手を取り、無理矢理竹刀を押しつけてくる。


「どう? 興味湧いてきた?」


 あいにく竹刀を握っただけで興味が湧くほどの好奇心は持ち合わせていない。

 もう早くこの場から立ち去りたいと、竹刀を返そうと思ったが、


「じゃあ竹刀の次は防具だね! 君を特別に道場へと案内しよう!」


 肩を抱かれ、校門とはあさっての方角へ導かれる。

 

 こうして連行された私は、その後も強引な上級生になすすべなく、着せ替え人形のようにフルで防具を付けさせられることになったのだった。


   

    ・・・

 

 

 とまあ、これが今に至る経緯だ。


「それにしても似合ってるなあ! たたずまいはもう立派な剣豪だよ!」


 上級生はニコニコしながら褒めてくるが、そんなわけないだろう。

 私は引きこもり体質でスポーツ経験もない。


 そんな人間のたたずまいが立派な剣豪? 笑わせる。


 きっとこの上級生は誰が相手でもそう言おうと決めていたに違いない。

 あと、そもそも防具に似合うもクソもあるのだろうか。

 

 顔ごと全部隠れるのだから誰が着ても同じなのでは。と心の中でツッコミを入れつつ、『竹刀も振ってみて』と言われたので一応従っておく。

 

 タイミングを見計らって早く帰ろう。

 

 そんなことを考えながら竹刀を一振り。


 ――ブン――

 


 ……二振り。


 ――ブン――

 

 

 ……三振り目は少し振りかぶって、よりそれっぽく。


 ――ブゥン――

 

 

 ……少し風を切る音が変わった気がした。四振り目はさらに振りかぶって。


 ――ブゥゥン――

 

 

 ……また音が変わった。威力も増してそう。五振り目。


 ――ブゥゥン――

 

 

 ……今度は初動は小さく、だが早く。


 ――ブン!――

 

 

 おお! もっともっと!


 ――ブン!―― 

 ――ブン!―― 


 ――ブゥゥン!――

 ――ブゥゥン!――    




「ちょ、ちょっとちょっと後輩君⁉」

 

 なぜか上級生に止められた。

 いいところだから邪魔しないでほしい。

 まだ気になることがあるし、続けていればもっと掴めるものがあったかもしれないのに。

  

 ……あれ? なにこの感情?


「すごいね! 一心不乱に振ってたよ!」

 

 私もなぜこんなに夢中になったのか分からない。

 竹刀を振った反動のせいか、手首が悲鳴を上げる。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 今はただ竹刀を握って、もっともっと振っていたい。


「そんなに気に入ったのなら、次は私と打ち合いでもやってみる? 技やルールも教えてあげながら。どう?」


 答えは考えるより先に出た。


「是非お願いします! 先輩!」


「おお……すごい圧だねえ。これはとんでもない逸材を見つけてしまったかもしれないな……」

 

   

    ・・・


 

 先輩の言ったことは当たっていた。

 その後剣道にどハマりした私は、中学時代を剣道に捧げ、邁進し続けた。

 

 そのおかげか、日々を惰性で過ごし無気力だった私は超ストイックな人間へと。


 部活動の勧誘すら断れなかった弱気な性格は強気で勝ち気な性格へと変わっていった。

 

 そしてメキメキと上達し、中学三年生では全国大会優勝にまで上り詰めたほどだった。

 

 あいかわらず友達はおらず、部活中も他人となれ合うことはしなかったが、その実績が孤独から孤高へとランクアップさせてくれた気がした。

 まあ、それをランクアップと呼んでいいかは分からないけど。

 

 こうして剣道と共に駆け抜ける中学時代を送った私は、すっかり忘却の彼方へ飛ばしていた。

 自分が恋を知らない人間であることを。



お読みいただきありがとうございます。


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