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Dreamers:the sixth stage  作者: くろーばあஐ
1/1

No.2 自責の愛

投稿する順番を間違えました...超見にくいですがすみません。

これは6話です。


「嘘...でしょ......?」


 先に断っておこう。決して馬鹿にしていたわけではない。覚悟もしていたし、出来るだけ驚かないようにする努力もした...するつもりだった。


 ただ、想像を上回る物凄いお屋敷を目の前にして、驚くなっていう方が無理じゃない?


 ポカンと口を開けて立ち往生している間抜けな私は、脳内でそんな言い訳をしながら、門の表札に「Suzunari」の文字を読み取った。



 ────事は、あの帰り道の後に遡る。

 互いの家に帰る前、光さんは次の休みの日に家に招待してくれた。「百聞は一見に如かずって言うしね」とのことだが、残念ながらことわざをよく知らない私にとって、ただの呪文だった。

 まあ、もともとは私が頼んだことではあるんだけど。

 そして、私とエルは土曜日に、このもはやお城とも呼べそうな光さんのお家の前に来たのだ。

 ......言うほど特筆する事なかったな。まあいいか。



 実は、事前の調べで、光さんのお父さんが鈴鳴ザイバツ(?)とかいう物凄い組織のリーダーで、とにかく凄いお金持ちだということは知っていた。お母さんも負けず劣らずお嬢様だったらしく、そんな二人が結婚した時点で、他の組織はあまり逆らえなくなったらしい。

 と、エルに何度か色々説明されたけど、正直よくわかってない。結構適当に流してた。

 とりあえず、光さんはとんでもないお嬢様だったってこと。そこまではわかってた。だから、お屋敷とかに住んでる気はしてた。


 だが、誰が予想出来ただろう。この街の周辺にある山々を所持していて、その内の一つの麓にあった、なんて...。


「何をしている。早く光を呼び出せ。時間がなくなる」

「いや、そうだけど、なんか緊張して......というか、エル何で平然と出来んの!?」

「馬鹿かお前は。何千年も生きていたら、これより巨大な屋敷も城も見たことあるし入ったこともあるに決まっているだろう」

「えっお城に住んだことあるの!?」

「ああ、ある。その時は地下牢でかなり住みにくかったがな」

「え、何したのエル......」

 漫才のようなやりとりをしつつ、インターホンを押した。ちょっと装飾的な物は付いているが、うちの物と似た構造で安心した。変に色々いじったりしなくちゃいけないものだったらさすがに面倒だし。

『はい、光様のお友達ですね。只今門を開きます。少々お待ちください』

 礼儀正しい(たぶん女性)声の後、カチャッと小気味の良い音がした。たぶん門の鍵の開いた音だ。

「開いたな。さっさと入るぞ」

「ちょ、ちょっと待って。まままだ心の準備が...」

「そんなの待ってたら日が暮れる。安心しろ。ただの家は人を喰ったりしない」

「いや、人喰い家の心配はしてないぃぃ...ああぁぁ...」

 思わず情けない悲鳴さえ漏れてしまう。くそ、誰だ光さんと最初の友達になれるかもとか言ったのは。最初にしてはハードル高すぎるわ。

 もう既に顔面蒼白であろう私は、エルによってズルズルと容赦なく光さんの家へ引きずられて行った。



     ◇◆◇


 大きめの両開きの扉の前に立つと、待っていたかのようにタイミング良く片方が開いた。

「お待ちしておりました。光様のお部屋へご案内致します」

 丁寧に腰を曲げて礼をしたおそらく使用人と思われる人に軽く礼をし、屋敷の中を進んだ。思っていたより普通な内面に驚いたが、ちょっと上を見上げた時の小さめのシャンデリアに事実を見せつけられる。ここは確実に中世のヨーロッパ人の貴族とかが住む家だ。間違いない。


「あ、良かった。来てくれたんだ!いらっしゃい、優羽香ちゃん、お姉さん!」

 光さんは、向日葵がプリントされたシンプルな黄緑のワンピース姿で部屋から顔を出した。何気に私服は初めて見るなとちょっと思った。

「案内ありがとうね。私達応接室に行くから、厨房に紅茶を頼んでくれる?」

「かしこまりました。茶葉はどう致しましょう?」

「私はいつもと同じやつ。...二人はどうする?」

「え、紅茶?えっと......」

 突然話をふられ、反応に困ってしまう。紅茶ってあんまり飲んだことないし、茶葉の種類とか何が違うかも知らない。

 私が迷っていると、エルが助け舟を出してくれた。

「ロイヤルミルクティーなら飲むだろ。ならアールグレイとかでいいんじゃないか」

「そ、そうなの?じゃあ、あ、アールグレイ?でお願いします...」

「アールグレイのロイヤルミルクティーですね。お姉様はどうされますか?」

「......アッサム。ストレートで」

「はい。では、少々お待ちくださいませ」

 全員の注文を聞き終えると、柔らかく一礼をし、使用人さんは廊下を歩いて行った。

「じゃあ、応接室まで案内するね。こっちだよ」

 ある程度使用人さんを見送ったところで、光さんも歩きだした。見失うと迷子になりそうなので、急いで後に続いた。



 その道中、光さんはエルに話しかけた。

「お姉さんって、アッサムティーとか飲めるんだね。私にはちょっとクセが強すぎたんだよね~」

「飲める、というかそれしか飲めない。甘い紅茶は好きじゃないってだけだ」

「へぇ~大人だねぇ。凄いなあ。私はレモンティー派なんだけど、ストレートは渋くて苦手かな。ねえ、優羽香ちゃんはストレートとか飲める?」

「え、えっと、私もストレートはちょっと...甘いお菓子があった時くらいしか飲めません...」

「やっぱそうだよね!お姉さん、かっこいいよね~!」

「馬鹿にしてんのか...?それとエルでいいから」

「そう?わかった。じゃあ、改めてよろしくね、エルちゃん!」

「ちゃ...!?ちゃんなんてつけなくていい!」

「あ、エルもしかして照れてる?」

「照れてない...!お前もお前で冷やかして来んな!!」

 意外とイイ反応をするエルをいじるのを楽しみながら、案内されるまま廊下のカーペットを踏んだ。



「はい、ここが応接室だよ。どうぞ入って!」

 言われるがまま一歩中に入ると、白い壁とそれに合わせた高級感のあるテーブルや椅子などの家具の金色の装飾が目に入る。

 応接室、と言われても想像がついていなかったが、その豪華さから大切な部屋なんだろうと思った。

 促されて近くの椅子に座ると、体重で少し椅子のクッションが沈んだ。とても心地良い感覚に、思わず鳥肌が立った。

「ふふ、くつろいじゃっていいからね」

 顔に出てしまっていたのだろうか。光さんが微笑んで向かいに座った。ちょっと恥ずかしくなってうつむいた。

 一通り見渡して「広いな」と呟き、エルが私の隣に腰かける。「広いな」とは言ったけど感動している風には見えず、それどころか少し嫌そうにも見える。だが、そのことはあまり追及しないようにした。

「さて、ええっとなんだっけ。私の......『悲劇』?が知りたいんだっけ?」

「あ、はい...無理はしないでほしいのですが...」

「ううん、大丈夫。私も話すって決めたし。...一度揺らぐともう話せなくなりそうだからさ」

「そうか。なら、まず家庭のことから話してもらおうか」

「なんか事情聴衆みたいだよ、エル...」

 とはいえ、私も興味がなくはない。しっかり聞き逃さないよう、少し前のめりになった。


「うーん、そうだなぁ...家庭のこと......一言で言えば、好きにはなれないものかな」



    ◀◁◀


 まだ幼い頃は、なんとも思ってなかった。財閥とか、良くわかってなかったしね。

 あと、使用人とか、どこの家庭にもいるものだと思ってた。それほどに当たり前だったんだ。ちょっと贅沢な暮らしがね。


 ......おかしいと気づいたのは小学2、3年くらいの時。

 友達の家に遊びに行った時、使用人とかいないし、ドアも小さいなって思った。ああ、その友達やお母さんとかにはもちろん言ってないよ?

 帰ってからお母さんに聞いた。そしたら、「他の家ではそれが当たり前なの。うちは少しだけ特別なのよ」って言われた。


 それから「人に向かって名字を言いふらしたりしないで」とも。


 その時は全く意味がわからなかった。でも、今ならわかる。痛いほどに。

 鈴鳴は、どれほど強いのか、まざまざと知らされたよ。

 ちょっと名字を口にするだけで、周りの汚い大人達の態度が変わるんだ。突然愛想が良くなって、距離を置かれる。

 教室でも例外ではなくてね。人はいた。でもどこか、距離があった。友達だと思っていた子も、成長するに連れてよそよそしくなった。だから、私に友達はいない。物理的には一人じゃないけど、立場的には独りだった。



これからは、優羽香ちゃんが引っ越して来る前の話。



     ◇◆◇


 中学生になっても、大きく変わることはなくて、私がちょっと人と関わるのが嫌になり始めたくらいのもの。そんな時に、転機があった。


 告白を受けた。


 相手は一個上の先輩。名前は『川崎 夏樹』。のんびりした、優しい人だった。

 初めて告白されたから、嬉しさもあって、何より断るのはちょっと気が引けてOKした。

 川崎先輩はすごく嬉しそうに「やったーー!!!」と叫んだ。子供みたいだ、と笑ったのを覚えている。




 ある日の昼休み。

「...あ、すみません。ちょっと待たせちゃって...」

「だ、大丈夫!待ってないから!」

 川崎先輩は、屋上でスケッチブックを開いて座っていた。何かを描いていたようだ。後ろから覗きこんで聞いてみた。

「何を描いてるんですか?」

 と、尋ねた瞬間に、バッと閉じられてしまった。明らかに動揺してスケッチブックを抱えた。

「えっ!?ベベ別に何もかか、描いてないよ!?見間違いじゃないかな~?あはは、はは......」

「......」

 沈黙。そりゃあもう周りの音が消えたような静けさがあった。

 確実に何かを隠している。思わず冷や汗まみれの先輩の顔をジト目で見てしまった。

「......見せてください」

「えっ!?......っと...それは......ちょっと......」

「いいから!見せてくださいって!!」

「わわ!?ちょ、ちょっと!?ダメだよ!見ない方がいいよ...!!」

 別に、絵の中身が気になったわけじゃない。ただ、先輩の慌て様が面白くて、ついからかいたくなってしまったからだ。ついでにどれほどの画力があるかも、ちょっと見れたらいいなってくらい。

 思い切って飛び付いてみる。川崎先輩はうんと手を伸ばして私からスケッチブックを遠ざける。くそ、私の身長を利用して......!

 私も負けじと近づいて腕を伸ばす。

「~~~っとよし!取れたぁ!!」

「わああ!!本当に見ないで!やめてぇ...!!」

 先輩から距離を置くと、諦めて近づいて来なかったが、頭を抱えて突っ伏した。一体何が描いてあるというのだろう。もうそっちの方が気になった。

「そんなマズイものが描いてあるんですか~?悪い人ですね~」

「いや、そんなのじゃないけど...!ああぁぁ...」

 情けない悲鳴をあげる先輩を横目に、そっと表紙を開く。


 中を見た瞬間、手が止まった。

 

「ほ、ほら...見ない方がいいって言ったじゃん......」

 その絵は、誰がどう見ても、私だった。

 スケッチで終わってるものもあれば、色鉛筆や絵具で色付いているものもある。

 そして、驚くべきはその右上。プリントした私の写真が沢山貼ってあった。......盗撮のように。

「こ、これ...いつ撮ったんですか...?」

「え、えと...塾に行ってる時に、たまたま見かけて......持ってた携帯で写真撮りました...。僕が告白する前だから......1週間前くらい...?」

「......」

「えっと...ご、ごめん...嫌だったよね...」

 顔を覗きこんで聞いてきた。

 なんて表現したらいいんだろう。私には、この感情を上手く表現できる言葉を持ち合わせていない。ただ、最も近い気持ちを表すとすれば......


「...嬉しい......」

「へぇっ?」


 私がこの絵で汲み取ったもの。それは、彼の気持ちの方向。

 私が告白された時。心のどこかで、『どうせ彼も私の名字を聞いて好きになったんだ』って思ってた。『目当ては私じゃなくて私と付き合ってるっていう事実なんだ』って決めつけてた。


 でも、違った。

 純粋に、お嬢様じゃない、『私自身』を好きになってくれたんだ。


 こんな人に出会ったことない。

「え、えっ!?どうしたの?そんなに嫌だった...?ほ、ほんと、ごめんね......わわわ、泣かないで...!」

 思わずツンと鼻が痛くなって涙が溢れた。この気持ちが、きっと幸せってやつなんだろう。


 ああ、なんだ。私、ただの強がりじゃないか。

 人との関わりを諦めたふりして、本当は望んでいたんだ。

 私自身を、なにもない私を受け入れてくれる、そんな人を。


「よしよし、泣かないで...ほんとごめんって......」

 川崎先輩は、おろおろしながらも、絶えず泣き続ける私を、そっと抱き寄せて頭を撫でてくれた。とてもあったかくて安心して、よりわんわんと泣き始めていった。人のこと言えないな。今度は私が子供みたいだ。

「......いいんですか...?私......私あなたが思ってるほど、いい人じゃないですよ...?」

「...ん?...よくわかんないけど......いいよ。どっちかっていうとね、君が僕を受け入れてくれたことが......ううん、なんでもない」


 嬉しいのに、涙が止まらない。こんな気持ちは初めてだ。こんなに救われたのは初めてだ。

 いつまでもこうしていたい。彼の前なら、私の心は軽くなれる。周りの人間の、汚い顔を見ないで済む。

「ほら、早く泣き止んで。...昼休み、終わっちゃうから。遅れたら、怒られちゃうよ」

「あうぅ...」

「我が儘言っちゃダメだよ。そうだ、今日は一緒に帰ろう?ね?」

 そうだ、ずっと一緒は無理だけど、恋人同士って繋がりがある。また会えるんだ。

 顔をあげ、できるだけいつもと同じ感じで、笑って見せた。


「うん、また放課後、会おうね」



 幸せだった。

 少なくとも、先輩の卒業まではこの関係が続くと思っていた。

 それまでは、一緒にいれると思っていた。

 ......思っていたかった。


 終わりは思っていたよりずっとずっと早く訪れた。


     ◇◆◇


「光ちゃんって、2年の川崎先輩と付き合ってるの?」

「えっ...!?」

 何でもない休み時間。突然持ちかけられた話題に、教科書を取り落とした。

 しっかり隠しているつもりだった。誰の目にもつかないようにしたつもりだ。だが、なぜばれている...!?

「えっと、川崎先輩?ただの友達だよ。同じ本が好きでさ、よく一緒に話してはいるんだけど、そういう風に見られてたの?」

「なぁんだそっか~。てっきり恋人かと思った~。そう見えたもんね?」

 なんとか嘘で誤魔化す。でもきっと、単なる急場凌ぎでしかない。そのうち別の人に同じ質問をされかねない。

 もしくは、川崎先輩も尋ねられているかも...。

 あのお気楽さんには嘘をつくとかそういうのは絶対できない。それに、私と違う言い訳をして事実がすれ違っちゃったら疑われて終わりだ。

 マズイマズイ...どうしよう......どうしよう......!!


「僕ね、できれば君との、その、お付き合いは秘密にしてほしいんだ...」

「え?どうして?」

「ええっと......それは.........その......。とにかく!誰にも言わないって約束して!お願い!」

 どうしても、と懇願され、勢いに押されて秘密にすることにした。これまで誰にも言っていない。......私は。

 きっと、私の取り巻きのことだ。ばれたら大騒ぎされ、瞬く間に学校中に広まるだろう。川崎先輩は目立つのが嫌いで、囃し立てられるのは苦手なのかもしれない。

 理由は何であれ、向こうからのお願いを無下にするわけにはいけない。今日の放課後は委員会活動があるから、一緒に帰れるはずだ。その時に作戦でも立てておこう。




「......遅いなぁ...」

 待つこと数十分。正門に寄りかかっても、座りこんでも、来る気配がしない。

 部活や委員会には所属していないはずだから、大抵はすぐ合流できる。

「ん~......何かあったのかなぁ...。教室で居眠り?委員会に乱入?私のこと置いてって帰っちゃった?......いや、最後のはさすがにない...と信じたい...」

 委員会活動のある日は一緒に帰ろうって言ったのはあっちなのに。寂しさを通り越して腹立たしくなってきた。

「いっつものんびりしすぎなんだよね、あの人。約束をすっぽかすことはないけど、私が先に来てばっかじゃん。もう少し急ぐとかしてくれたっていいのに...」

 ぶつぶつと文句を言っていたが、ちょっと虚しくなったので止めた。正直言って先輩に不満が少なすぎる。

 立つのに疲れて、ずるずると壁づたいに座った。鞄を顔に押しあてて、はあ、と大きく息をついた。

「......綺麗な夕焼け...。一緒に見たいからさ......早く来てよ...」

 誰に言うでもなく呟く。さっきから独り言多すぎるな、と自嘲気味に笑った。


 その時だった。

 人の声が、遠くから聞こえた。怒鳴っているように聞こえる。こっちの窓はあんまり開いてないし、外にいるのだろう。

 それと同時に、鈍い、ちょうど何かで人を殴ったような音も響いた。

 何事か、と聞き耳を立てた。

 また鈍い音。誰かが、殴られている...?

 嫌な予感が頭をよぎる。彼はそんな素振りを見せたことはない。だけど、もしも、そうだとしたら...?

 いてもたってもいられなくなって、床を押して勢いよく立ち上がる。そのまま鞄を抱えて声の発生源と思われる場所へ走った。



 そこは、正門から見て丁度校舎の裏側だった。

 数人の年上と思われる男女が、私の足音を聞いて振り返った。


 そこには、信じられない、信じたくない人が、ほとんど意識をなくして、壁に寄りかかって座っていた。


「せ...先輩...?」

 傷、泥、血、血、血。全てが、フリーズを起こした脳に、現実を押しつける。

 違うと、否定したい。誰かに違うと言ってほしい。


 だが、私の味方は、何も言わなかった。

 ただ、そこにいるだけだった。


「何を...何を、していたのですか......」

 絶望が一周回って、怒りへと変わる。返答次第では、理性が無くなるかもしれない。

「なぜ、こんなことを...!?彼が、何かしたのですか...!!」

 溢れる怒りを抑え、震える声で尋ねた。もう、優しくて可愛い鈴鳴光は、どこにもいない。

「え?いや、話をしてただけだよ。なぁ?」

 同意を求める声に、全員がうんうんと頷く。

「話...?なら、どうして話をしているだけで、彼が怪我をしているんですか?」

「そりゃあ、拳で会話してたからでしょ。(おとこ)同士の会話ってな」

 ヘラヘラと冗談のような返答。どこが会話と呼べるかが全くわからない。一方的に傷ついているじゃないか。

「......なら、どんな話をしていたんですか。内容を教えてください」

「えっとね~こいつ、生意気にも彼女作ってるらしくて~。しかも相手が超美人のお嬢様!皆の憧れ!高嶺の花!みたいな人でね~。知ってる?鈴鳴光って人」

「こいつほんっとムカつくよね~。皆の知らないところで身の程知らずに光ちゃんと関係持っちゃってさ~。立場わきまえろってのっ!!」

 言葉の勢いのまま、足に蹴りをいれる。川崎先輩は「うっ...」と小さい呻き声をあげ、そのまま何も言わず、私を見た。

 哀しそうな、申し訳なさそうな、そんな()で。


 ブツン...と何かが切れる音がした。

「あなたたち......どうして同じ人間を、蹴落として、いじめて、馬鹿にするのですか!?そんなことをして自尊心を満たすなんて、とんでもないクズだと、どうしてわからないのですか!!?何が楽しい!?何が面白い!!?相手がどれほど心に傷を作っているか、知りもしないくせに!!!」


「あれ、待った待った。...もしかして、光ちゃん?」

「はっ...?」

 何だ...突然...?今、私は、怒鳴ったよな?思い切り押さえ込むように、怒ったよな?叫んだよな?どうして違うことに興味が行っているんだ?

「え、マジ?ヤバ、超可愛いじゃん!」

 どうして? どうして?

「うわ、ほんとだ。噂通りだ!ここで会えるなんてウチらラッキー♪」


 噂...?私の?どうして?何の価値があるの?

 え...スマホだ...。本来なら校則違反なのに。どうして?何で平然と持ってきてんの?どうしてカメラをこっちに向けるの?何の価値があるの?

 私に価値があるの?大切な人一人守れない私に?

 どうして?何が面白いの?わからない。何で笑ってるの?人が死にかけてるっていうのに。わからない。わからない。何でテンションが上がってんの?わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない............




 だけど、これだけは、わかる。

 

 先輩を、私の大切な人を、心も、身体も、傷つけたのは、こいつらだ。


 きっと、それは、私のせいだ。私の、存在のせいだ。


 怒りが、沸き上がる。自分の無力さをまざまざと知らされた。それでも、こいつらが、どうしても、許せない。


 この汚い人間どもに、罰を!


 このクズどもに、贖罪を!!!



「もう止めろ!!!!」

 もう一度怒鳴ろうと大きく息を吸い込んだ瞬間、別の方向から叫び声がした。その場の全員が、そっちへ向いた。

 止まっていない血を、ボタボタと垂らしながら、川崎先輩は立っていた。

 泣きそうな、哀しい瞳をしたままで。

「先...輩......」

「もういいよ...光......。庇ってくれなくて、いいよ...。僕の為に怒ってくれて、ありがとう。その気持ちだけで...十分、だから」


 何言ってるの、川崎先輩。


「でも、......でも...」

「ありがとう。こんな僕を、大切に思ってくれて」


 どうして最期みたいな言い方をするの。


「君みたいな人に会えて、よかった」


 どうしてそんな哀しい顔で笑うの。


「君には僕より、幸せに生きてほしいな」


 やめて。いつもみたいに、お日さまみたいに笑ってよ。


「待って...っ!」

「はあ?何かっこつけてんの?」

「キモッ!頭おかしいんじゃないの?」

 うるさい。今は何も言わないで。

 わかってしまいそうなんだ。

 無駄に知識のついた頭が、未来を予想してしまっているんだ。


 動かないと。

 今、止めないと。


 彼は、終わらそうとしているのだから。



 先輩は、他の人の間をすり抜けて走りだした。

 一瞬反応が遅れ、振り返ったが、そこに彼はいなかった。


      ◇◆◇


 昇降口。

 元から上履きだったのか、靴を脱いだ跡はない。

 時間がない。上履きに履き替えるなんて、面倒だ。

 外靴のまま、廊下を走る。

 見知っているはずなのに、寂しい。

 最後に見た、彼の瞳のように。


 窓に切り取られた外は、さっき見たものと変わらない夕焼け。

 綺麗だって思ったのが、懐かしくて目を伏せたくなる。


 いや、もう一度、一緒に見るんだ。

 あの夕焼けも、昼休みの青空も、もう一度見たいんだ。


 まだ、あの時の気持ちを、忘れたくないんだ。


 2段飛ばしで階段を駆け上がる。

 体育で無駄にいい成績をとった甲斐もあって、猛スピードで景色が流れる。


 どこに行ったかは、考えないでもわかる。

 きっと、あの様子なら、思い出にふけりたいはずだ。

 だったら、あそこしかない。


「はあ...はあ...はあ...っ」

 息が切れる。酸素不足で目眩がする。

 でも、一秒も無駄になんて出来ない。

 小中併設校で助かった。入学して一年目だったら、確実に迷っていた。


「間に合え...間に合え............!」


 目的地は目の前。

 いつも来ることを楽しみにしていた場所だ。


「はあ...はあ...間に合えぇぇっっ!!!」




 バンッッ!!!


 勢いよく扉を開け放つ。

 完全に呼吸もままならない状態で、顔をあげる。


 綺麗な夕焼けが映る。


 

 だが、それだけだった。


 そこに、人は、いなかった。



あったのは、愛した人の靴だけだった。




 絶叫が、夕方の空にこだまする。





足下のスケッチブックに、雫がいくつも垂れた。

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