濃紫編 #1 方略 Ⅸ
先のことなんてこれっぽっちも分からないけど、あたしは確信する。
シェリル・キングストンはロラン・D・アグノエルと添い遂げる。ロランからどれだけ文句を言われようが、絶対譲らない。
「――あたしがおんぶするには大きすぎるかも。でも、きっとあたしだけが背負うことはないから。二人三脚上等」
あたしが言い切ると彼――アルマス・ヴァルコイネンと思しき誰かは、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「……あはは、こりゃ彼も惚れるな」
嘘、あたしロランに好かれているように見えるの!?
正直啖呵切った瞬間より恥ずかしい。超恥ずかしい。
「……あぁ、えぇと、違くて、いや、違わないけど、うぅん……!ロランは慕ってくれてるっていうか、むしろ惚れてるのは……んうー!!」
駄目だ、自分で墓穴そこら中に掘りそう。
「――そうじゃなくて!! こんなことしてる場合じゃないの!」
「まあ、そうだな。ロラン君だっけか? 彼を呼び戻すにはあまり悠長なことはしていられない」
彼はあたしの言葉に同意する。ならやることは一つ。ダッシュあるのみ。
「じゃあ早速ロランのところに――」
「おいおいおいおい、ちょっと、ちょっと待て!」
何故か彼はあたしの腕をつかんで引っ張る。びっくりして振り返ると彼は必死の形相になっていた。
「お前! 頭すっからかんとまでは言わないが、ちと足りてないんじゃないか!? 死ぬぞ!!」
超失礼。学園女王に向かって、ほんと最悪なんだけど。あとあたしめっちゃ頭回るんだからね。
彼は優しげな声を限界まで張り上げて、あたしを叱りつける。あたしは心外だから言い返すことにした。
「ひど! だってロランのとこ行く流れだったじゃん! それに護衛してくれるんでしょ!?」
さっきのは絶対そういう雰囲気だった。悠長なことしてられないって、確実に言ったし。
でも彼は、あたしをもといた壁際まで強引に連行して座らせる。そしてちょっと泣きそうになりながら叫んだ。
「今突っ込んでいってお前を守り切る自信はねえよ! 俺、ほとんど丸腰なの!」
「なんでよ! ロランに負ける気はしないんでしょ!」
すると彼は額に拳を当てて溜息を吐く。それが終わるとあたしに向かって、ちっちゃい子にするみたいに語りかけた。
「耳を澄ましてみろ。何が聞こえる?」
癪だけどあたしは言う通りにする。低く響く音が近づいてきているみたいだ。
「なんか……、足音、っぽい? それがこっちに来てる」
「そうだな。その通りだ。じゃあ、今足音が向かってくる理由は?」
言われてみれば、この足音をスルーするのは油断しすぎかも。
多分逃げているお客さんのじゃない。だってあたしたちがいるのがロランのすぐ近くだから。こっちの出入り口から避難するなんてありえない。
なら、もう竜災対策軍が来たとか。
「対策軍が出動?」
「正解だ。じゃあ俺がお前を引き戻した理由も見当が付くだろう」
理解とかそういうの求めなくていいから、早く説明してくれればいいのに。あたしは時間の無駄だから思考を端折る。
「いや、分かんないし。全部言ってよ」
彼はまた自分の額に手を持っていった。なんか無性にむかつく。
「いいか、俺たちはロラン君を元に戻したい。対策軍は確保して殺処分したい。これは分かってるな?」
あたしは適当に相槌を打つ。すると彼は半眼になって続けた。
「それとな。対策軍は、怪しい場所で俺を見つけたら、絶対に確保したいと考えている。これも分かるな?」
そこに異論はない。怪しい奴が怪しいところに出没したら疑う。でもあたしには納得できないことがある。
「まあ、わかるよ。ロランから攻撃され、対策軍からも攻撃され、ってことでしょ? でもアルマスだったら、丸腰でもドラゴンになってバァーン! ってやれるでしょ」
「……お前な。アルマスが竜化したら、それこそ今世紀最大の事件になるよ」
「あっそ。いまいち頼りになんないな」
彼は頭を横に振って、壁を背中でこすりながら深く沈みこんだ。そして立てた膝の上で一本指を立てる。
「俺たちが注視すべきことは、ロラン君のほかに大きく二つ」
さっきの話だと、対策軍の動向だけ見ていればよさそうだけど。どうやら違うみたいだ。
「一つはさっきも言った竜災対策軍。俺は見つかるわけにはいかない。……でだ。残念ながらと言うべきか、ありがたいことにと言うべきか、ロラン君は非常に強い。接近してくる雑兵どもじゃ歯が立たないだろう。すると、撤退と本部出動要請が発生するのは間違いない。俺たちが狙うべきはこの間隙だ。俺の見立てでは、基地の距離からして取れる時間は約七分。この間にロラン君をどうにかする」
「じゃあ、もう一個は?」
あたしが尋ねると、彼は膝の上に置いていた手の指をもう一本伸ばした。ピースサインを作って立膝の上で揺らす。
「二つ目は、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。こいつが厄介なんだ。だから俺が改竄術式で誤魔化す」
知らない単語がたくさん並べられる。でも術式と名前が付いているからには魔法だし、監視、改竄って語感がもうやばい。
「監視なんちゃらって何? それに改竄術式も。超物騒だけど」
「まず『監視なんちゃら』について。非常に平たく言えば、全世界の人間の位置情報を特定する魔法だ。一つの専用魔石につき、一定範囲内の魔力の動きを記録し続けるもの。これが網目の様につなげられているのが、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。記録されれば一貫の終わり、各地で集められた魔力動のデータから個人が特定されて、どこに居てもお縄だ」
あたしたちの居場所を全部把握しているってことか。そうすると、今ロランがいる場所も、あたしがいる場所も全部丸わかりになる。
「普通は逃げても無駄、ってことだよね。……ほんとに誤魔化せるの?」
あたしが疑問をぶつけると彼はにやりと唇を吊り上げた。
「なあ、対策軍に見つかっちゃいけないのに、何で俺はこんなところで買い物しているんだろうな?」




