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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第1章 千三百三回目の春
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濃紫編 #1 方略 Ⅸ

 先のことなんてこれっぽっちも分からないけど、あたしは確信する。


 シェリル・キングストンはロラン・D・アグノエルと添い遂げる。ロランからどれだけ文句を言われようが、絶対譲らない。


「――あたしがおんぶするには大きすぎるかも。でも、きっとあたしだけが背負うことはないから。二人三脚上等」


 あたしが言い切ると彼――アルマス・ヴァルコイネンと思しき誰かは、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。


「……あはは、こりゃ彼も惚れるな」


 嘘、あたしロランに好かれているように見えるの!?

 正直啖呵切った瞬間より恥ずかしい。超恥ずかしい。


「……あぁ、えぇと、違くて、いや、違わないけど、うぅん……!ロランは慕ってくれてるっていうか、むしろ惚れてるのは……んうー!!」


 駄目だ、自分で墓穴そこら中に掘りそう。


「――そうじゃなくて!! こんなことしてる場合じゃないの!」

「まあ、そうだな。ロラン君だっけか? 彼を呼び戻すにはあまり悠長なことはしていられない」


 彼はあたしの言葉に同意する。ならやることは一つ。ダッシュあるのみ。


「じゃあ早速ロランのところに――」

「おいおいおいおい、ちょっと、ちょっと待て!」


 何故か彼はあたしの腕をつかんで引っ張る。びっくりして振り返ると彼は必死の形相になっていた。


「お前! 頭すっからかんとまでは言わないが、ちと足りてないんじゃないか!? 死ぬぞ!!」


 超失礼。学園女王に向かって、ほんと最悪なんだけど。あとあたしめっちゃ頭回るんだからね。

 彼は優しげな声を限界まで張り上げて、あたしを叱りつける。あたしは心外だから言い返すことにした。


「ひど! だってロランのとこ行く流れだったじゃん! それに護衛してくれるんでしょ!?」


 さっきのは絶対そういう雰囲気だった。悠長なことしてられないって、確実に言ったし。

 でも彼は、あたしをもといた壁際まで強引に連行して座らせる。そしてちょっと泣きそうになりながら叫んだ。


「今突っ込んでいってお前を守り切る自信はねえよ! 俺、ほとんど丸腰なの!」

「なんでよ! ロランに負ける気はしないんでしょ!」


 すると彼は額に拳を当てて溜息を吐く。それが終わるとあたしに向かって、ちっちゃい子にするみたいに語りかけた。


「耳を澄ましてみろ。何が聞こえる?」


 癪だけどあたしは言う通りにする。低く響く音が近づいてきているみたいだ。


「なんか……、足音、っぽい? それがこっちに来てる」

「そうだな。その通りだ。じゃあ、今足音が向かってくる理由は?」


 言われてみれば、この足音をスルーするのは油断しすぎかも。

 多分逃げているお客さんのじゃない。だってあたしたちがいるのがロランのすぐ近くだから。こっちの出入り口から避難するなんてありえない。


 なら、もう竜災対策軍が来たとか。


「対策軍が出動?」

「正解だ。じゃあ俺がお前を引き戻した理由も見当が付くだろう」


 理解とかそういうの求めなくていいから、早く説明してくれればいいのに。あたしは時間の無駄だから思考を端折(はしょ)る。

「いや、分かんないし。全部言ってよ」


 彼はまた自分の額に手を持っていった。なんか無性にむかつく。


「いいか、俺たちはロラン君を元に戻したい。対策軍は確保して殺処分したい。これは分かってるな?」


 あたしは適当に相槌を打つ。すると彼は半眼になって続けた。


「それとな。対策軍は、怪しい場所で俺を見つけたら、絶対に確保したいと考えている。これも分かるな?」


 そこに異論はない。怪しい奴が怪しいところに出没したら疑う。でもあたしには納得できないことがある。


「まあ、わかるよ。ロランから攻撃され、対策軍からも攻撃され、ってことでしょ? でもアルマスだったら、丸腰でもドラゴンになってバァーン! ってやれるでしょ」

「……お前な。アルマスが竜化したら、それこそ今世紀最大の事件になるよ」

「あっそ。いまいち頼りになんないな」


 彼は頭を横に振って、壁を背中でこすりながら深く沈みこんだ。そして立てた膝の上で一本指を立てる。


「俺たちが注視すべきことは、ロラン君のほかに大きく二つ」


 さっきの話だと、対策軍の動向だけ見ていればよさそうだけど。どうやら違うみたいだ。


「一つはさっきも言った竜災対策軍。俺は見つかるわけにはいかない。……でだ。残念ながらと言うべきか、ありがたいことにと言うべきか、ロラン君は非常に強い。接近してくる雑兵どもじゃ歯が立たないだろう。すると、撤退と本部出動要請が発生するのは間違いない。俺たちが狙うべきはこの間隙だ。俺の見立てでは、基地の距離からして取れる時間は約七分。この間にロラン君をどうにかする」

「じゃあ、もう一個は?」


 あたしが尋ねると、彼は膝の上に置いていた手の指をもう一本伸ばした。ピースサインを作って立膝の上で揺らす。


「二つ目は、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。こいつが厄介なんだ。だから俺が改竄(かいざん)術式で誤魔化す」


 知らない単語がたくさん並べられる。でも術式と名前が付いているからには魔法だし、監視、改竄って語感がもうやばい。


「監視なんちゃらって何? それに改竄術式も。超物騒だけど」

「まず『監視なんちゃら』について。非常に平たく言えば、全世界の人間の位置情報を特定する魔法だ。一つの専用魔石につき、一定範囲内の魔力の動きを記録し続けるもの。これが網目の様につなげられているのが、『監視・記録・ネットワーキング複合術式』。記録されれば一貫の終わり、各地で集められた魔力動のデータから個人が特定されて、どこに居てもお縄だ」


 あたしたちの居場所を全部把握しているってことか。そうすると、今ロランがいる場所も、あたしがいる場所も全部丸わかりになる。


「普通は逃げても無駄、ってことだよね。……ほんとに誤魔化せるの?」


 あたしが疑問をぶつけると彼はにやりと唇を吊り上げた。


「なあ、対策軍に見つかっちゃいけないのに、何で俺はこんなところで買い物しているんだろうな?」

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