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拝啓スノードロップ  作者: 梨乃実
第X章 伝承
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二千年前の手紙編 #1 遭遇 Ⅳ

「――お嬢さん(マドモアゼル)。ところであなたは何をなさっていたのですか?」


 ローレント・D・ハーグナウアーは私を呼び止める。声色自体は穏やかで親しげだが、言葉が持つのははらわたを探るような挑発的な響きだ。


 私は彼に背を向けたまま逡巡する。正直に答えるべきか、それとなくはぐらかしてしまうか。


 察するに、ローレント・D・ハーグナウアーは過去を知られたくないのだ。それも、諧調(ハルモニア)歴になる以前の歴史を堅守している。そんな中私がアルマス・ヴァルコイネンのことを調べたいと告白したら、彼が過去を封じ込める思惑と私のそれが競合することになってしまうだろう。


 私は最も妥当だと考える一言を選んだ。振り返り彼の顔を見ると、依然にこやかなままだ。


「あー、学校の課題で歴史を調べる必要があって。でも私、スロースターターなので資料がほとんど貸し出し中だったんです」


「それは災難ですね」


「はい。以後気を付けなければ――」


 当たり障りのないタイトルの本を手に取り、私は踵を返す。


「――お嬢さん(マドモアゼル)、その書籍にアルマス・ヴァルコイネンは出てきませんよ」


 ――まずい。歩けない。


 私自身に動かす意思はあるし実際足は動いている。だが、見えない何かに阻まれていて足を踏み出すに至らないのだ。


 これは十中八九彼の仕業だ。


「盗み聞きをする形になってしまい申し訳ありません。ただ、ドラゴンの聴力は何でも聞きとってしまうもので」


「私の独り言が聞こえていたということですか」


「はい。最初から最後まで全部」


 彼との遭遇は、私が引き当ててしまったものではない。ローレント・D・ハーグナウアーが画策した出会いだ。つまり嵌められたともいえる。


 彼は動けない私の手から本を抜き取り、棚に戻す。そして一歩一歩カーペットを踏みしめて私の前に立ちはだかった。彼の虹彩は青紫に妖しく光る。現在進行形で魔法を使っているということだ。


「一般人に自衛以外の理由で魔法を使うのは、禁止されているはずですよ」


「よくわかりましたね」


「学校で教わりますから。ドラゴンの瞳が魔力で光っているときは警戒しなさいと」


 彼は目を細める。しかし隠す気はないらしく、虹彩に宿した光を強めた。


「ここ、人、結構いますよ。見つかっちゃうんじゃないですか」


「悟られなければ問題にならないのも確かです」


 どうにも嫌な言い分だ。しかも彼の言葉を裏付けるように、通路を歩いていく人たちは全くこちらに目線を向けない。声を絞っているわけではないので、本来なら相応に騒がしく思われるはず。しかし誰も反応しないのだ。彼らは素振りで、私たちがここに存在していないと教えている。


 私は彼の物騒な台詞に同意した。


「……そうみたいですね。でもそこまでして私を問い詰める必要はあるんですか」


「勿論あります。チンピラじゃあるまいし、理由もなく脅迫などしませんよ」


「じゃあ語って聞かせてくださいよ」


「いいえ、語るのはあなたが先です」


 何か言葉を引き出せないものかと吹っ掛けてみるも、彼にすげなくあしらわれてしまう。彼は私を睨んで、再度質問をした。


「何故、あなたはここにいたんですか」


 問いに妥協は見当たらない。正直に答えるしかないのだろう。


「私は、アルマス・ヴァルコイネンについての資料を探しに来ました」


「それは大いに結構。どうぞご自由に。僕が聞きたいのは、どうしてそれを隠そうとしたのかです。何か疚しいことでも?」


「ありませんよ。単純に、シュバリエさんが歴史について尋ねられたくないご様子だったからです」


「では、大回帰、あるいは大回帰以前のことが知りたいということですか」


 私は首肯する。彼の眉間に刻まれた皺がより深くなった。


「知ってどうするんですか」


「彼が本当にどうしようもない悪党なのか、理由があって戦争を起こした善意の悪党だったのか、証明します」


「動機が見えませんね」


 彼はかなり手厳しい。まだ彼の警戒心を解くには足りないらしく、私にまとわりつく拘束の魔法は健在だ。


 正直、彼が求める私の動機なら――、ある。私にとっては何よりも確かなものが一つ。しかし喋ったところでその場しのぎと取られかねない。私が持っているのは、それほどに小さなきっかけだ。


 幼かったころ、遠足の最中に踏み込んでしまった『彼の者の領域』。極寒の森の中で迷子になり挙句熱で倒れた私は、銀髪の青年に助けられた。あのとき優しく抱き上げ警察にまで届けてくれた彼は、私にとっては善人以外の何物でもない。


 その善人が、街では悪の権現として虐げられている。彼の過去に左右されることになろうが、どちらにせよ私は恩人への不当な差別を看過できる立場にない。


「その……、出来ることならお礼がしたいんです……。命の恩人に!」


 私はこの言葉で切り抜けられるのだろうか。



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