開くはまなこ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おっとつぶらや、お前の靴下に穴が開いているぜ。ううん、指の先じゃないな。足の裏の方だ。中指の付け根あたりのところに、ちょこっとな。
いや〜、この手の破けは、自分より相手の方が先に気づくこと多いよな。ズボンのチャックとかと同じでよ。特に知らない人の前だったりすると、恥ずかしさが倍増だ。
特に靴下に関しては、取り換えの頻度が高い消耗品と来ている。傷むのも早くて、朝に履いた時は大丈夫だったのに、帰ってくると穴が空いていたなんていうのもザラだ。俺の家だと雑巾の仲間入りだが、ゴミ箱に直行させちまう人も多いと聞く。
本来の役目を果たせなくなった道具。使い道こそ変わって残るが、仕事という視点から見ればには死を迎えたというところだろう。
俺たちは生死に関して、多かれ少なかれ意味を見出そうとする傾向がみられる。古来、万物には運命があって、そいつを客観的に悟るためには寿命が大きな手掛かりとなっていた。
俺も物の最期をめぐって、少し厄介な目に遭っちまったことがある。その時の話、興味があったら聞いてみないか?
まだ小さかった頃、俺はものをすぐ壊してしまうことで、家族や友達の間じゃ少し知られた存在だった。
これまで正常に動作していた電子機器が、急に止まったり使い物にならなくなったりすることは、4回に1回ほど。アナログなものでも、買ったばかりのはさみやコンパスを、一度の使用で壊すことも、ときどきあった。
そしてその被害を著しく受けるのが、下半身だったんだ。靴、靴下に始まりズボンやその下に履くパンツさえも、例外じゃなかった。びりっと裂ける音がはっきり聞こえるほどでさ、個人的には心臓に悪いのなんのって。
――なに? 単に太っているからじゃないか?
失敬な。小さい頃の俺は今よりもっとすらっとしていてだな……ああ、まあいい。写真もなしにいくら語ったところで、不毛の極みだ。
それである日のこと。登校途中に、靴の中で靴下が破ける音を聞いた。すでに学校の敷地内は目前に迫っていて、人の目が多い。うかつに靴を脱いで足元を確かめるのははばかられた。
替えの靴下をいつもはランドセルの中へ入れていたんだが、その日はちょっとお寝坊さんでな。さっさと着替えてランドセルをひっつかんだものだから、スペアは入っていなかったんだ。
昇降口で上履きに履き替える時に確かめたところ、これがまたひどい。右足の拇趾の付け根あたりの生地が、カッターの刃を入れたような横一線に裂けている。親指から薬指までがのぞいて、ほとんどちぎれかけだった。
小さく舌打ちしながら、上履きに履き替える。今日はいつも以上に、上履きが脱げるような事態に注意しなくちゃいけない。ところが、そんな些細なことで済まなかったんだ。
午前中、三コマ目の授業から、靴下の裂けた部分が妙にむずがゆくなってきた。まさか靴下を脱いでかくわけにもいかないし、上履き越しにかいたところで何の足しにもなりゃしない。
トイレの個室に入り、改めて確認すると靴下の裂け目の下。皮膚の部分が赤くなっていた。指先で軽くくすぐると、じんわりとしびれが広がる。しもやけにやられた時に、少し似ていたよ。
忌々しさを覚えながらも、俺は耐えることを選ぶ。そのまま給食の時間までたどり着いたんだが、手を洗いに行こうとしたところで、新しい問題が発生する。
今度は履いていた上履きそのものだ。ゴムの底の部分のうち、件の拇趾の周辺が床に触れるたび、妙に引っ掛かる。見ると、該当部分がべろりとむけて、足の裏と外側をかろうじて隔てる、キャンパス地がはっきり目に映ってしまった。
これまで経験した中でも格段に間隔が短く、立て続けの故障だ。俺も首を傾げながらも、どうにかその日を過ごす。夜に入った風呂では、あの靴下が裂けていた部分の足を、入念に洗っていたんだ。
だが翌日になっても、まだ異状は続いている。靴下は新調したんだが、今朝になってから件の部分で踏ん張ると少し痛い。もう一度よく見ると、拇趾の付け根にねじで開けたような小さい穴がひとつ。押したり、体重が掛かったりすると、じーんとした痛みが足から一気に身体へ伸びていくんだ。
ウオノメって奴か、と俺は苦い顔をする。これまで話に聞いたことがあるだけで、経験するのは初めてだ。治療法については、サイズがしっかり合った靴を履くのが一番手軽とのことだが、今履いている靴以外は、どれも若干窮屈だ。
俺は靴のひもを調整しなおすのにとどめ、患部にばんそうこうを貼りつつ、自然に治癒してくれるのを期待する。
その日はやけに風の冷たい日だった。いったん家を出かけて身震いした後、一枚多めにセーターを羽織り直してしまったくらいだ。親からはダウンを渡されかけたけど、がきんちょならではの意地というか、これ以上の厚着は自分の軟弱さを示してしまいそうで、気に食わない。我慢して学校を目指す。
だが服の方は素直というか、俺の性質に正直だった。特に何かがぶつかったわけでもないのに、登校中に三ヶ所。学校にいる間に二ヶ所。帰りの昇降口で一ヶ所の、合計六ヶ所に穴が勝手に開いた。
両肩、両腕、胸におへそと、何かと風がもろに当たる部位だ。そのうえ、昨日の上履きと同じように、ひも靴の底にも穴が開く。例のウオノメがあるところまで一直線にだ。
二日連続で厄日とはついてない。さっさと家に帰ろうと、俺は前かがみ気味に早足で歩いていく。
その時だった。俺の胸に何かがぶつかってくる衝撃。からんと乾いた音を立てて足元に転がったのは、長い長い楊枝。歯の掃除をするものじゃなく、30センチ以上はあろうかという金属製の代物だった。それが地面に転がって、今だ軽く身を震わせている。
――誰かが、俺を狙って投げつけた?
そう認識する間に、またも俺を囲むように先ほどの音が炸裂する。断続的に響くそれの後には、やはり転がる長楊枝。
わけはわからない。だが早く逃げないとまずい。俺は全力で走り出したけど、ほどなく右足に刺すような痛み。それどころかまともに地面を踏んだ感覚すらなく、転んでしまう。
ボキリと折れた音がし、足を引き寄せてみて目を見張る。靴をつき通って刺さっていたのは、件の長楊枝だったんだ。転んだ地点にも目をやると、アスファルトから飛び出しながら突き立つ一本が、根元近くで折れている。俺の足から出ているものは、優に20センチは超えていた。しかも、ちょうど靴底に空いた穴の中へ吸い込まれていたんだ。
だが俺は、若干の痛みを覚えながらも、血が出ている感じはしなかった。下手をしたら足の甲を貫くほど深く刺さってしまっているだろうに。
ぱっと靴を取ると、一見、楊枝の先がウオノメの真上を刺さっている。だが実際は違った。
ウオノメの真下にあたる靴下の生地が破け、その部分を埋め尽くすように無数の小さな歯が並んでいる。「イッ」とした時のように上下を閉ざす歯並びは、ちょうど楊枝の先を挟み、これ以上突き通らないようにしていたんだ。
それからは楊枝を抜き、無我夢中で家まで急いだね。何かに狙われているだけじゃなく、自分の身体にあんなものがあるなんて、思いもよらなかったから。
部屋に戻って服を脱ぎ、体中をさすってみたが、あの奇妙な口はどこにも見当たらなかった。あのウオノメも学校にいる間は十分な存在感を放っていたのに、今や俺の足の裏には、まっさらな皮膚が広がるばかり。
もしかするとあの時の穴たちは、外からの攻撃に備えて、自ら開いたものだったのかもしれない。道具たちが壊れやすいのも同じだ。
だが、俺はまだこいつらの正体を測りかねている。もしこいつらが俺ではなく、あくまで自分たちを守るために動いていたとしたら。いつの日か俺は、奴らにとってかわられてしまうんだろうか?




