序章
「ロゼ・イノンダシオン!!お前が好きだ!!付き合ってくれ!」
私はいつもの広場のベンチで魔術書を読んでいたところ、騎士科らしき見知らぬ男性からいきなり告白された。
私はぽかーんとしてそれを他人事のように見ていた。
「はぁ…?どちら様?」
これは私がまだグラキエス王国を出る前の話だ。
この時の私は髪の色は今と変わらず黒に近い紫で腰くらいまである長さを1つ三つ編みにしていた。
そして学園の生徒の印の制服に研究棟所属の証の白衣を着ていた。
イノンダシオン家は魔術研究の第一人者であり、数年に一度最上級魔術師に選ばれるほどの魔力の持ち主が現れる家系だ。
そして私はその数年に一度の者だった。
王国貴族は皆グラキエス学園には行く。
グラキエス学園に学部があり、普通科、特進科騎士科、魔術師科とある。
一般的にはグラキエス学園の魔術師過程を卒業してから魔術師試験を受けて魔術師となるのだが、イノンダシオン家の教育方針は他の貴族とは違い学園に所属はするものの、入学一年ほどで下級魔術師試験を受け、下級魔術師の称号を得て学園の敷地にあるイノンダシオン家が管理するアルヴェル魔術研究所で部下として働き、そこで功績を重ねて中級魔術師の名を得る。
そこからは上級魔術師の研究を補助する。
その研究成果によって単位がもらえるので講義に出ることはほとんどない。
そして学園卒業する年になると上級魔術師試験を受けさせ合格すると晴れてなれる訳である。
そして最上級魔術師は王宮にいる大空を司る魔術師からの判断によるので分からないが最上級魔術師になれば研究も自由にできる代わりに騎士団の補助任務に同行させられる訳だ。
なのでイノンダシオン家は学園に席は置いてはいるが特例であまり学園内にいないし、むしろ先生の補助と間違えられることが多い。
ただこれは最上級魔術師の素質がある者だけの特例であり、素質がなければそこまで厳しいことはしない。むしろ普通に学園生活がエンジョイできるわけだ。
そして私は入学する前のそれも11歳の時に下級魔術師試験を受け合格し、(両親曰くノリで受けさせたら、受かったとか)そして今、齢13歳でありながらも中級魔術師でありそして、近々上級魔術師の試験を控えている。これも両親のお墨付きだが、他の人曰く異例のことだそうだ。
特例のこともあり、皆が学園の青春を過ごしている中研究資料になりそうな魔術書を御昼ご飯のサンドイッチを片手に読んでいたら冒頭の台詞である。
気付いたら学園のお嬢様方が嘆くような悲鳴だった。
「そんな!?ブリリオ様があんなちんちくりが…?!!」
「きっと遊ばれてるんだわ…おかわいそうに…」
兎に角いい迷惑だ。あたしが補助する上級魔術師から無理難題を押し付けられているんだから空気が読めないのか。
そして好きだと言った男が自分のことを知らなかったのがショックだったのかぽかーんとしていた。
ここでは研究資料も読めないし、丁度サンドイッチも食べ終わったので本を閉じて研究室に戻ろうと立ち上がった。
「どちら様か存じませんが、私は研究で忙しいんです。それでは」
「!?ま、まて!!」
告白してきた男性は私の言葉を聞いたのか、慌てて止めようと手を伸ばしてきたが、その手が届く前にすたすたと小走りで逃げた。
研究棟がある門を通り越し、自室にはいるとほっと一息ついた。
この研究棟は下級魔術師から上級魔術師までの自室を設けているため生活基盤は整っている。
本来学園に所属している生徒は学園内の敷地、とは言っても研究棟とは真逆の所に学園寮を設けておりもちろん私の部屋もあるが、あまり帰らない。
ただ難点なのが研究棟の敷地内に食堂がないのでここに所属している者は学園の食堂を利用している。
もちろん実技講義以外で関わることないように時間は分けているが、たまにサボっている生徒とかいたり、研究が押して生徒の時間の時に仕方なくというときもある。
ここでは許可のない一般生徒の出入りは禁止なので変な男性は来ないのがいいとこ。
今度王太子に食堂作れと言ってやろうか…
「よぉ、ロゼ。聞いたぞ、あのグランツを振ったってな」
「セゾン、窓から来るなって何度言えば…」
「まぁまぁ、大目に見てくれよ」
セゾンはけらけら笑いながら窓に足をかけて入りベッドにもなるふかふかなソファに腰をかけつつ私を見ていたが、呆れたように息を吐き、机の上にある資料を片手に話した。
「全く、殿下付きのお供がふらふらしてるとまた言われるよ」
セゾンは肩をすくめた
「あー…殿下のお供つっても目立ってると面倒なんでね。」
「悪い意味で目立ってるからちゃんとしても変わらないんじゃない?」
「真面目にお供したらオンブル家の意味がないっての。俺らは王家を影で支える一族なんだ、他の眼から分かるようにしたら意味ねーだろ?
それよりあの坊ちゃんと付き合わねーのか?」
私は資料を一目通し、今度は読みそびれた魔術書を読み始めた。
「…あれは私の名を利用して周りに優劣をつけたいだけでしょう。くだらない。」
「お前はあのイノンダシオン家の現当主に引けを取らない天才だからなぁ。そりゃ有数なお貴族様は欲しいだろう」
有数なお貴族様ねぇ…興味ないし、むしろ知らないのかなぁ
私はため息をつき、セゾンの顔を見た。
「あんたも知っているだろうけど我が家は婚約者は作らないの。もし婚約者が魔力の波長と合わない人だったら魔力の弱い人は死ぬ」
「んー…?でも俺は平気だけど?」
「オンブル家は昔から交流あるし魔力波長も合う人が多い。まぁたまに合わない人も出るけどそーいう人は当主がイノンダシオン家の子供たちの魔力を抑えて他の家の子が魔力による病を発生させないようにするのよ
私は魔力量多いから大変だったみたいだけどね」
「ふーん、まぁちびっこんときのお前はやんちゃで面白半分に父が俺の訓練ついでにお前にも武術教えたらすぐ覚えちまって負けなしだったもんなぁ末恐ろしいたらありゃしねーよ」
「あら、そー言って本気のセゾンに勝てた試しはないけど?手合わせ願いましょうか?」
「やめとくわ、俺が本気でやったら実技で手を抜いてるのバレるし」
そう言ってセゾンは立ち上がり窓に片足を乗せた
「そろそろ戻るわ、次は菓子持って茶ぁ飲みに寄るから用意しとけ。いつもこの研究室茶菓子ねーしよ」
そーいうと窓から飛び降りて学園に行くのを見送った。
私は急に来る迷惑な客人の訪れを心の片隅で楽しみに実験の状況を確認しに資料を片手に研究室に向かった
「セゾン!お前どこにいたんだよ」
セゾンは振り返るとこの国の王家のみに現れる海のような青い髪と瞳を持つ、己が仕える主人の姿を見た。
ただ公にされていないので一貴族として接していた。
そしてその主人の隣に見慣れないピンクの髪とオレンジ色の瞳を持つご令嬢がいた。
「アジュール王太子殿下、少し散歩しておりました。して、この方は?」
「ああ、フルール嬢だ。フルール・オルタンシア。オルタンシア男爵の娘さんだよ
フルール嬢、こちらは僕が個人的に仲良くしているセゾン・オンブル。オンブル伯爵の息子さんだ」
アジュールが挨拶を兼ねてフルール嬢を紹介していた。
アジュールが紹介するのが終わるとフルールはセゾンににっこり微笑み挨拶をした。
「お初お目にかかります。フルールです
これから仲良くできたらと…」
「殿下。確かシエル嬢が婚約者ですよね?
失礼を承知で申し上げますが、婚約者以外の女性といらっしゃるのは王族としていかがなものかと」
セゾンはフルールの挨拶を聞き流し、アジュールに話しした。
挨拶を聞き流されたのが不服なのかフルールは顔をムッと不機嫌を表した。
セゾンは横目でフルールの様子を見るとまるで幼稚だなと心の中で毒吐いた。
それもそのはず、貴族社会ではご紹介受けたとしても身分の高いものから声を掛け、挨拶をするのが習わしだ。
フルールは男爵家の娘とはいえ貴族マナーを学んでないと見える。
それに貴族たるものそれが気に沿わないことがあっても顔には出さないのが鉄則だ。
ほとんどのものは微笑みや淑女ならば扇で口元を隠したりとするが顔に出している以上教育も満足に受けていないのだろう。
それよりもこの場にはいないシエル嬢ことシエル・ミラッジョだ。
彼女はアジュール王太子の婚約者…つまり次期国王の正妃である。
彼女とアジュールの仲は良好であったし、シエル嬢は王家の現正妃の妹、つまり従姉妹にあたる上に家柄も公爵家なので誰が見ても文句なしだ。
もちろん彼女も正妃教育を受け努力も重ねているし、学園の取り計らいで通常講義が終わると王宮で正妃教育を受けているという。
彼女の努力は学園の生徒皆知っているし人望も厚い。何より彼女は公爵家でありながらも身分を理由にして行動したことはないし、たまに疲れているとこを見ても他人には見せないようにする姿も見る。
そんな彼女よりフルールといるのはなんなんだとセゾンは微笑みに隠しながらアジュールに聞いた。
アジュールは困った顔をして
「シエルが、フルール嬢を虐めていると彼女が言ってね。事の真偽を確かめようとしているんだ。シエルは仮にも僕の婚約者なんでね」
「フルール嬢のお話を伺うのでしたらグレル殿やヴァン殿、同じ女性で話しやすいのであればフロースト嬢がいらっしゃるのでそちらに任せては?」
アジュールに仕えているのはセゾンだけではなく、現軍務卿である父を当主にもつ騎士科のグレル・シュトゥルム
国王陛下の右腕とされている宰相の父を当主にもつ特進科のヴァン・ナンビュス
そして正妃の相談役でありながらも外交を主に取り仕切っている母を持ち唯一の女性である普通科のフロースト・トネール
そしてセゾンの4人であるが一般的に知られているのはセゾンを除く3人である。
彼らに任せてアジュールは次期王としての自覚を持てよこの野郎とセゾンは思っていたのだが…
「それが…どうしても僕がいいって言うんだよ」
アジュールの困っているが、頼られているのも悪くないというでれでれ振りにセゾンは心の中で毒吐く。勝手にしてくれと
(この平和ボケ王子め。だから嫌なんだよなぁこいつのお守り。明らかに身分違いだしシエル嬢が虐めてる訳ねーじゃん。もちろん周りの人が勝手にもしないだろうし…そもそもあの人虐める暇があったら勉強してるわ)
おずおずと一般的男性ならば見惚れるだろう上目遣いをしながらフルールはセゾンを見た。
「あの…セゾン様もお話聞いてもらってもいいですか?」
「僕からも頼むよ」
「いえ、私はこの後授業があるので失礼させていただきます。殿下、羽目を外すことのないようにお願いしますよ」
セゾンはアジュールにも頼まれたが、にっこりと仮面の微笑みを浮かべて断った。
面倒事には巻き込まれたくないからだ。
そして授業を理由に卒なくその場を離れたのだった。
セゾンは何か嫌な予感がした。その予感は数日後の学園主催の社交祭、ワゾー・ブルー祭でそれは起きてしまった。