灰と青
空を見上げても。
どこまでも青みはなく、ただ暗く灰被りの雲が覆う天井。
青空を懐かしいと思うのは、俺だけか。
石田村の菜の花。緑と黄が一面に広がる上の、眩しいくらいの青。
もう二度と見ることのない、故郷の面影。
今の頭上にある空では、なにも描けない。
「歳さん? どうしたのさ、ボサッとしちゃって」
「……お前こそなんだよ、んな粧し込んで」
俺とはまるで正反対に張り切った様子の伊庭は、まだパリッとした、下ろしたてであろう黒ジャケットを身に着けている。
冷やかし目的で訊ねてみたが、訊くまでもなく、例の女写真家の元へ行くのだ。
「え……ちょっとね、和音さんに会いに行こっかなぁって」
さっと耳まで染めて鼻を掻く。……だからガキ扱いされんだよ。
「焦れってぇなぁ。とっとと所帯持っちまえよ」
苛ついていた。完全に八つ当たりだ。俺は、既に後悔していた。
「前の亭主に死なれてんだろ? お前まで戦に出続けるなんざ、気が気じゃねぇだろうよ」
伊庭は黙っている。しかし心中は伝わってくる。
“隻腕の、役立たずだからか”
違う理由でそう言った総司と、同じ顔をさせちまってる。
「……歳さんだって……江戸に置いてきた女がいるんだろ。帰ればいいじゃないか」
「俺は……」
こんなことを言うつもりじゃなかった。ただ、終わらせたかった。
テメェの機嫌の悪さにうんざりする。
この空のせいだ。
「俺はな、諦めちまったら近藤さんに合わせる顔がねぇんだよ」
足手纏いだなどという意味は微塵もなく、伊庭だけじゃねぇ、泣かせる女がいるならば帰ればいいと本気で思う。だがそれを許したら、味方は誰もいなくなる。
いや、きっと……敵軍も同様だろう。
「近藤さんが生きてたら……歳さんの幸せを望むと思うけど」
伊庭は怒った様子も見せず、背を向けて殊更足早だ。
どこかでわかっていた。俺だって、かっちゃんの言いそうなことぐらい。
結局、自分が諦めきれないのを、大将のせいにしているのだ。
了