02 幸せになる約束。
「────!!」
彼の名前を呼んだ。
「────!!」
駆けて駆けて、彼を捜した。
焼け焦げた臭いとアルコール臭の中、誰のものかもわからない血で足を滑らせながらも走って捜す。
扉を開ける役を買ってでた彼。
いつまで待っても、扉が開かない。
だから心配になって、あたしは彼を捜した。
「バカっ!! なんで来たんだ!」
あたしを見付けるなり、彼は叫ぶ。ボロボロで、血塗れだ。
立ちはだかる敵の後ろに、この建物の扉を開けるボタンがある。それを押さなければ、あたし達は逃げられない。
自由になるために、戦った。
それしかあたし達には選択がなかったからだ。
死にもの狂いでボタンを押した。
彼はあたしの手を引いて、走り出す。
閉ざされていた扉が開く。
あとはそこに走るだけだった。そこをくぐれば、自由。
自由を手に入れられる、そう確信した。
だけど、突き刺さる痛みにあたしは辿り着けなかった。
彼と繋いでいた手はほどけて、あたしは崩れ落ちる。
嗚呼、だめだった。
溢れ出す血が止まらない。
「───!」
そのまま走ればいいのに、彼は立ち止まりあたしの元に駆け寄った。扉が再び閉じられていく。
ばか。何故戻るの?
最後のチャンスだったのに。
「おい……やめろ……! 死なないでくれっ!」
息が出来ないほど、痛い。いくら身体を改造されても、この傷は塞がりそうにもないようだ。
彼が涙を溢した。
「死ぬなっ……! 死なないでくれっ……! オレを、オレを一人にしないでくれよっ!!」
彼の叫びで余計苦しくなる。
「一緒に出ようって……約束したじゃないか、なぁ」
あたしの頬を両手で包む彼の涙が、あたしに降り注ぐ。
「死なないで……」
こんなにも近くにいるのに、彼の顔が見えない。
「……幸せに生きようって……言っただろ」
何も見えなくなったが、彼に抱き締められた感触を確かに感じた。
「次は幸せに生きよう」
あたしは囁く。
「……また会おう。今度は幸せになろうぜ」
彼は答えて、きつくあたしを抱き締めた──────。
そうか。
あたしは、彼と幸せになると約束したのか。
だから幸せに、ならなくちゃいけない。
「ビビ!」
「ビビ姉!」
そうだ、私はビ(・)ビ(・)だ。
私の名前を呼ぶアリーとバーシャンの声に、導かれるように目を開く。
「あー……?」
眩しい。淡いけれど、それでも目の前で光っていては目も眩む。
掌が翳されている。チカチカと虹色の粒が光っているのは、頭を打ったせいだろうか。
「目覚めたか」
明るい夜空色の髪をした少年が、掌の向こうから覗き込む。
私は驚いて震え上がった。
「えっと……?」
どうやら、少年の膝の上に頭を置いているみたいだ。
「今、治癒魔法をかけてたところだ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
状況に当惑してしまったが、単に手当てをしてくれただけ。
それも済んだようで、治癒魔法らしき光が消える。
「ビビ、ごめんなさい! あたしのために……」
「いいの。アリーが無事でよかった」
起き上がれば、アリーに抱き付かれた。
アリーの方は、無事のようだ。
暴れている馬に蹴られたら、ただではすまない。助けられたようでよかった。
「ビビ姉、運動神経いいんだから、頭打たないように転べただろ」
バーシャンはそう言うが、相当心配してくれたようで、胸を撫で下ろす仕草をする。私は「ごめんごめん」と謝った。
周りには人集りが出来て、こちらを見物している。
さっさと買い物をして戻ろう。
そう促してアリーとバーシャンの背を押そうとすると、腕が掴まれた。ちょっと静電気が走ったような感覚がする。
「ビビ」
掴んだのは、あの少年だ。
「オレはシャオ。また会おう」
シャオと名乗った少年は、ニッと笑って見せると、そのまま手を離してくれた。
人混みを抜けようとすると、また呼び止められる。
「お嬢ちゃん、大丈夫か? ほら、これをやるよ」
「え。いいんですか? ありがとうございます」
見物をしていた一人の老人が、差し出してくれたのはリンゴ。
親切なことをされて驚きつつも、受け取る。
四個も、もらってしまった。きっとシャオという少年の分だろう。
振り返ったが、解散していく人集りの中に彼の姿はもうなかった。
「ビビ!」
「ビビ姉、食べようぜ!」
「ああ、うん」
とりあえず、買い物をして、街外れの森の中でリンゴを食べる。
根城に持って帰ると無駄遣いしたとか言われそうだし、最悪奪われかねないので、ここで食べることにした。
熟しているとは言えないが、ワガママを言えるような環境で、伊達に育っていない。喜んでリンゴをかじって味わう。溢れる果汁を落とさずにじゅるっと吸い付いて、またかじりつく。
「……変よね」
自分の分を食べ終えて、私は残った一つのリンゴを見た。
「リンゴが?」
まだ半分も食べれていないアリーが問う。
「親切にされたことだろ。馬に蹴られそうだった子どもを心配するのはトーゼンだろ」
がつがつかじりながら、バーシャンが言い当てようとした。
親切にされたことが変じゃない。そう首を横に振った。
「あの少年よ、シャオって言ったっけ。私と同じくらいの歳なのに、治癒魔法を使えたのよ? こんな田舎街にそんな少年がいるって聞いたことあった?」
この世界では誰もが魔法を使えるわけではない。
ちゃんとした学校や師匠に学ばなければ、習得出来ないもの。
この田舎街には、魔法を学べるような学校もなければ、腕の良い魔法使いもいない。
ただ買い物をしているだけじゃない、ちゃんと街の噂や事件に耳を傾けていた。あんな少年、昨日初めて見たのだ。
「いいじゃん。タダで治してもらって、ラッキーじゃん」
「そうだよ、あの人がいなかったら、ビビが死んじゃってたかもしれないよ!」
暗い顔をするアリーが俯いてしまう。
自分のせいであのまま私が起きなかったらと思うと怖かったはず。
ただの脳震盪だから、そんな顔をしなくてもいいのに。
でも、あのまま起きなかったら、後悔のあまり今度は幽霊になりかねない。
幸せになる、そう少年と約束したのだ。
また囚われの身で早死にしたら、きっと怒られてしまう。
はっきり思い出せていないが、少年とは監禁されていた部屋が隣同士だった。それで励まし合っていたのだ。ううん、励ましてもらっていた。
彼が今の私を見たら、何やっているんだと叱るかも。
「……アリー。見てみて」
私はリンゴを宙に浮かせた。
クルクルと回転しながら、浮くリンゴ。
「わぁ!?」
「え! なんだよ、それ! 魔法か!? でも詠唱してなかったし……魔法陣もねぇ!?」
アリーは目を輝かせ、バーシャンは魔法陣が書かれていないか私の手を探す。魔法ではなく、超能力だ。でも説明が難しいから、魔法ってことにしよう。
どういうわけか、使えてしまうこの超能力は、あの少年とお揃いのものだ。忌々しいと思うことはやめよう。大事な繋がり。形見として、大切に使おう。
「アリー。バーシャン」
私は浮かせることをやめて、リンゴをパシッと受け止めて地面から立ち上がる。
「このまま盗賊の下で働く? それとも私と一緒に、ここから飛び出す?」
差し出したリンゴと私を交互に見て、アリーとバーシャンは驚きと戸惑いの表情をした。喜びも混じっているけれど、期待することを躊躇している。
「と、飛び出すって?」
「どこ行くんだよ?」
アリーは盗賊の元から本当に抜け出すのかと確認し、バーシャンは行く宛があるのかと不安を顔に浮かべた。
「さーね……どこ行こっか。どこへでも行けるよ」
リンゴをその場で浮かせて、手を退かす。
「行きたいところに行こう。モンスター退治を仕事にしつつ、旅をしてみるのもいいんじゃない?」
想像したのか、キラリと二人の幼い瞳が輝いた。
「行く宛がないなら、自由に行こう」
行く宛がないから、盗賊は私達が逃げないと思っている。
それが足枷になっていたけれど、外す方法は簡単だ。
この前向きさは、前世のあの少年からもらったものだ。そう思う。
「それから、文字通り飛んでいく!」
「「飛ぶ!?」」
二人の視線は、私が浮かせているリンゴに注目した。
「その魔法で……」
「飛んでいくのか?」
ガクッと力を抜いてしまいそうになる。
それではピー◯ーパンではないか。
「違うよ。この力は緊急事態用に使う。飛んでいくのは正解!」
私は人差し指を空に向けて立てて、もったいぶらずに告げる。
「飛行船!」
「「!!?」」
驚愕するアリーとバーシャンに、ニヤリと笑って見せた。
私は前世の約束を果たすためにも、幸せになる。
そのために、これからの行動を二人に話した。