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竜騎士と俺

竜騎士とお汁粉と俺

作者: 5u6i

前回のあらすじ


 爬虫類は寒さに弱いのだ。


 クソ寒い冬だった。


 俺もフリーライター兼カメラマンとして日本各地を回ったから言い切れるが、この地域の冬は真冬の函館より寒い。

 もっとも今の俺の姿は青い鱗の飛竜だ。爬虫類だ。寒さに強いはずがないのは、理系じゃない俺でもわかる。

 最近厩舎に達磨ストーブみたいのが設置されて随分マシになったが、寒いもんは寒い。

 それでも訓練のある日はマシだ。身体を動かせば体温も上がる。帰ってきて背中の鞍を外して敷き藁に埋まってりゃ一、晩くらいはなんとかなる。

 ところがここのところ悪天候続きで訓練に出られないときた。ストーブ焚いてもらって敷き藁に埋もれてても、朝には鼻水が氷柱になってる。

 今日も外は豪勢に吹雪いてるみたいだ。

 起きる気力もすっかり失せて、このまま冬眠するか、それも出来なきゃ恐竜みたいに化石になるしかないかなど考え始めてた。


「Bonan matenon. Cxu vi havis bonan dormon?」

 アメリーオが台車に載せた大鍋を持ってやってきた。

「なんだ?なんかいい匂いがするな」

「Ĉi tio estas azukio supo. ĝi varmigos vin.」

 俺の脳を強烈にくすぐるこの香り。昔冬休みに行ったばあちゃん()のストーブの上でコトコトいってたあれだ。

 芳ばしく軽く焦げ目のついた四角いもちが、薄紫の甘い汁を吸ってふやけた煎餅のようになっているのが好きだった。

 そして、今俺の眼の前にあるのはまさにあれ。『お汁粉』だ。


「うぉっ?!お汁粉!!ナンデ!お汁粉ナンデ?!』

 まるで殺人ニンジャに出くわしたかのような奇声を上げて俺は飛び起きた。

「Ŭaŭ! Mi ne atendis tiun reagon.」

「驚いた!ホントにお汁粉だ!」

 大鍋の中で小豆色のスープがクツクツと煮立ち、暖かそうな湯気を上げている。その香りはまさしく俺の知るお汁粉そのものだ。

 俺は豆と砂糖の醸し出す懐かしい香りを身体いっぱい吸い込んだ。甘い香りが俺の心を大きく揺さぶる。

 ばあちゃん()の赤茶けた杉柱や天井板から匂う埃っぽい匂い。ゆっくりと刻む掛け時計の振り子の音。親戚の子供たちのはしゃぐ声。温いこたつに積み上げられた鮮やかな橙色の蜜柑の山。

 小豆の匂いが沢山の記憶を一気に引き出して、涙腺が緩むのを感じていた。ウミガメじゃあるまいし、こんなガタイの飛竜が涙を流しているというのも不思議な姿だろう。

 でも、この頬を伝う雫の原因は、お汁粉の香りが封印していた望郷の想いを掘り起こしてしまったからだと、今はっきりわかった。


 俺は台車から降ろされた大鍋に飛びついて、不器用な鉤爪で押さえながら、アチアチはふはふ言いながら口をつける。

 砂糖の違いだろうか、記憶していたお汁粉の香りとわずかに違う。どっしりとした黒蜜のような濃厚な甘い香りの間にしっかりと小豆の香りが残っている。これはこれでたまらない。

 少しなめてみると香りの強さの割には甘さはやさしく、舌に残る豆の味も小豆のそれよりは金時豆のような印象を受ける。

 熱々の甘い汁がゆっくりと喉を潤し、食道と胃を温める。お腹の中からじんわりと身体を温める。


 少し飲み進めると、煎餅のようなご飯のおこげの香りが上がってきた。

「餅だ!」

 俺の身体の大きさからしてみれば、餅というか、お茶漬けのあられ位にしか見えないが、確かに餅だった。小粒ながらもしっかりともち米の粘りがあった。

 この世界に来てから四ヶ月以上経っているが、一度も米を見かけなかった。もうこの世界には米はないんだと諦めて、すっかりパン食にもなれたというのに。

 目の前に現れたのは見紛うこと無く大好きな焼き餅だった。カリカリにきつね色に焼いた餅に小豆汁が染みて香ばしく、中の餅はとろりと柔らかく伸びる。小さな頃の思い出通りのお汁粉。

 気づくと俺は涙を流しながら鍋肌に残った汁を舐めていた。


「Mi surprizita, ke vi tiel ŝatas tiun supo!」

「ああ……ごちそうさま。ありがとうアメリーオ」

 俺は未練がましく鍋をひと舐めすると、そっと台車の上に戻した。

 お腹にしっかりと溜まったお汁粉が身体を温め、ちょっぴり望郷の念で寂しくなった心を温め、そして眠気を誘った。

 外の吹雪が厩舎の扉をガタガタと鳴らす。今日も訓練はお預けだ。こんなときはゆっくり休むに限る。

 俺は再び敷き藁に潜り、ばあちゃん()のあの温かいこたつを思い出しながら眠りについていた。


用語解説


・ワンポイント・エスペラント語

久しぶりですが、簡単なので直訳と、それっぽい訳を書いておきますね。

詳しい文法については『竜騎士と俺』本編各話のあとがきで。


「Bonan matenon. Cxu vi havis bonan dormon?」

 Bonan matenon = 良い朝 = おはよう

 Cxu vi havis bonan dormon = 良い睡眠を得られましたか? = よく眠れた?


「Cxi tio estas azukio supo. gxi varmigos vin.」

 Cxi tio estas azukio supo = これは 小豆 スープ です = お汁粉よ

 gxi varmigos vin = それは あなたを 温める = 温まるわよ


「Uxaux! Mi ne atendis tiun reagon.」

 Uxaux = Wow! の グーグル先生翻訳なんだけど…怪しい

 Mi ne atendis tiun reagon = 私は その反応を 想定していなかった


「Mi surprizita, ke vi tiel sxatas tiun supo!」

 Mi surprizita = わたしは驚かされた = 驚いたわ

 ke vi tiel sxatas tiun supo = あなたがそのスープに喜んでくれることを = お汁粉でそんなに喜んでもらえるなんて


言語は使わないと忘れますなぁ……。


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