星降る夜に
此処は山の頂上。1人の少年が毎日夜に此処で歌の練習をするのです。その歌は何のために歌っているのかは少年にしかわかりません。
歌うことが好きな少年がいました。毎日の様にお空に向かって歌っておりました。
ある日の夜の事です。少年が歌って居ると空から一つころりと光り輝く何かが降ってきます。彼は手を伸ばしてそれを受け止めます。
「やあ、こんにちは」とそれは言いました。少年もこんにちは、と返事を返します。
「初めまして俺は星だ。それに浮かぶ星。」そう、落ちてきた光り輝くそれは言いました。
「こんにちはお星様。どうしてこんな所まで降ってきたんだい」
腕に収めた彼のことを見下げつつも問いかけました。星は困った様に言います。
「どうやら地上から聞こえる歌が心地よくて寝こけていたら思わず落ちてしまったみたいなのさ」
彼の問に少年は僕のせいかもしれないと。彼に言いました。
ごめんなさい、と小さな声で謝ります。
「謝るような事じゃないさ。なぁに、誰にだって心当たりもなく迷惑を掛けてしまうこともある。確かに迷惑かどうかと言えば頷く事しか出来ないが、俺だって悪人じゃない。お前さんを責めたりはせんさ」
「でも、僕が歌わなければ君は此処に落ちてくる事も無かっただろうに。」
彼の言葉に消え入りそうな声で少年は呟きます。
「大丈夫さ、時が来れば迎えがきっと来る。俺たちゃ星は神様が一つ一つ場所を決めてくれてんだ。欠けていれば気がつくさ。」
星は笑います。少年に大丈夫だと、心配するなと笑います。それは少年に取って反対に辛くも感じました。
「なら、何か僕に出来ることは無いかい。その迎えが来るまで、君に出来ることは無いかい」
罪悪感に駆られた少年は問いかけました。星はそうだなぁと考え込みながら思いついたように一つ、
「なら、お前さんにもっと沢山の歌を歌って欲しい」
と言いました。少年は大きく頷来ました。
それからというもの少年は毎日の様に星に歌を聴かせます。晴れの日も、雨の日も、風の日も、ずっとずっと彼の為に歌い続けました。それから沢山の話もしました。
既に少年にとっても星にとってもお互いにかけがえの無い友でした。一緒に笑って、一緒に泣いて、はたまた怒って。感情を共有しあいます。こんなにも楽しい時は無い、と2人とも思っていました。
しかし、そんな時間は長くは続かないものでした。ある日の事です。月がこちらを照らすような夜でした。
「大きな月だね。あんなにも大きな月を僕は見た事が無いよ。」
少年は感心したように言いました。しかし、星は感心することは無く、そうだな、と何処か寂しげに呟くのです。どうかしたのかと少年は星に聞きました。
「すまん、どうやら神様のお迎えが来ちまったみたいだ。俺はもう、此処には居られない。あの月は俺らの神様だ。やっと俺の事を見つけたんだろう。と、なると、俺はもう帰らないといけない」
淡々と星は言いました。少年はわからないというように首をかしげます。
ふわり、と宙に星が浮き始めました。
「待ってくれ、急すぎはしないかい。月が神様だなんて僕はちっとも聞いたことはない。なんで言ってくれなかったんだい。僕はもう君に、友に会えはしないのかい。」浮き始めた星を掴んだまま彼の事を見詰めながら少年は叫びます。すまない、と星は呟きました。星からは涙は出ません。顔がないのですから涙が出る穴がないのです。
急な別れだと少年は言います。しかし、星は少年と別れてしまう事を前からわかっていたようでした。
星は言います。少年に向かって笑いかけるように言うのです。
「別れが来ると知っていたのに言わなくて済まなかったとは思っている。言ってしまえばお前は悲しい顔を俺に向けただろう。俺はキミの悲しい顔は見たくは無かった。だから言わなかった。でも、後悔はしちゃいない。悪くは無い日々だった。一つ後悔をするといやぁもうお前さんの曲を身近で聴けないことだ」
少年は思わず涙を流しました。もう、彼には会えないのだと彼と別れなければならないのだと分かってしまったからです。星は少年に己を天に放り投げながら歌ってくれ、と言いました。少年は嫌だと首を横に振りたかったのですが、それは彼の優しさを、今まで少年にしてきた気遣いを否定することになると感じ首を振りませんでした。渋々と彼を見送るように少年は彼の身体を夜空に向かって放り投げます。星はみるみると空へと吸い込まれて行くのです。少年からはどれがあの星か分からなくなりました。少年は歌います。彼に歌が届くように大きな声で歌い続けます。月が遠くに離れていくのを感じました。
空から一滴の雫が歌う少年へと降り注ぐのです。
星はもういません。でも、少年が歌えば、想えば、またいつかあの星へと手が届くかも知れません。