エピローグ 発動体の完成
「三、二、一、今です!」
「はい!」
素材が揃った翌日、生産施設。
連絡を受けて昨日のうちに飛んできたフットワークの軽いリエラにより、ティファは朝からブルーハートを発動体にする加工していた。
「ここまでくれば、あとはほぼ前回と同じです。今回はマギロッドではなく、直接発動体に触れて魔力を流しなさい」
「はいっ!」
リエラの指導を受け、最後の仕上げを行うティファ。
ティファが魔力を注ぎ込むと、徐々に後付けの素材が変形し、杖の持ち手となって長く伸びていく。
五分ほど魔力を流し込んだところで、ブルーハートは立派な魔法の杖に姿を変えていた。
「先端のデザインを気にしなければ、普通の魔法の杖だな」
「ドロップとかアーティファクトとかには、普通にああいう杖もあるんだがな」
「らしいな」
単に杖の先端にブルーハートを取り付けただけ、という姿の発動体を見て、正直に思ったことを口にするユウ。
ユウの感想にバシュラムが一応突っ込みを入れるが、分かって言っているユウは特に動じる様子もない。
「あれだけ苦労して素材集めして、しかも攻略者特権で貰った素材まで使って作って、ああいう雑な姿になるのが何とも腹立たしい感じよね」
「知らない人間が見たら、適当な魔法の杖をつけるだけでいいじゃん、みたいなこと言ってきそうだよなあ……」
完成品を見て、釈然としないという気持ちを隠そうともせずにそう文句を言うミルキーとロイド。
作り方の都合上、魔力を流し込んだティファ本人ですら、デザインに干渉することはできない。
一応ある程度本人の要望は反映されるのだが、あくまである程度でしかない上に、ティファはこの手のデザインにまったくと言ってこだわりがない。
結果として、あれだけ苦労したにもかかわらず、見た目には先端部分だけで力尽きて雑な仕上げをした杖にしか見えない姿になったのだ。
「まあ、今回はまだ第一形態なのよね? だったら、そのうちティファちゃんにふさわしい姿に変化するんじゃないかしら?」
「だったらいいんだけど、それまで見る目のない連中に性能や作る苦労を無視して馬鹿にされそうだって思うと、何とも腹立たしいのよ……」
成長やアップグレードが必要な装備なんてそんなもの、という感じでなだめに回るベルティルデの言葉に、それでも納得できないものは納得できないと反論するミルキー。
その横で、ユウがまた論点がずれたことを言い出す。
「この形状だと、杖で殴ったり攻撃を受け流したりするのに、少しばかり不便だな」
「あの、ユウ殿。いくらある程度丈夫なものとはいえ、このレベルの発動体で相手を殴ったり攻撃を受け流したりを当たり前に考えるのはやめていただけませんか?」
「手に持っているもので防御をするのは、戦闘において普通の行動だろう?」
リエラの苦情を、おかしなことを言うとばかりにきっぱり否定するユウ。
この場合、どちらが間違っているかは、あえて触れないでおく。
「それで、ティファ。どんな感じだ?」
「……ん~。正直、何とも言えない感じです。多分、前より魔法は使いやすくなってるとは思うんですけど……」
「使ってみないと分からん、か」
「はい。でも、さすがにここではちょっと……」
「では、訓練施設で試射だな。バシュラムさん、ベルティルデさん。一応確認しておくが、ここの訓練施設というやつは、普段ティファが使っているような、初球魔法が上級魔法手前に化けた感じの魔法なら問題なく試せるか?」
「それぐらいなら大丈夫だな。ドロップアイテムに上級魔法が使えるようになる道具とか装備もあるから、そういうのを試し撃ちできるように作られてる」
「さすがに儀式が必要な大魔法とか、ディヴァインハルバードやアルヴェイユの最大出力とかになると駄目だけど、普通の戦闘に使える範囲なら問題ないはずよ」
ティファの様子を見て確認を取ったユウの言葉に、知っている範囲のことを説明するバシュラムとベルティルデ。
訓練施設に関しては、町長がインフィータを攻略者特権で作った際、役所機能とセットで最初に作った施設の一つだ。
なので、去年の夏にティファのために再び無限回廊に挑むまで、かなり長い期間インフィータを訪れていなかったバシュラム達でも詳細を知っているのである。
因みに、前回に関してはやるのがティファの全力の確認だったため、明らかに狭いと分かっている訓練施設は眼中になかった。
「不安だったら、冬に借りた施設を使うっていう手もあるけど?」
「……調整の必要があるかもしれないから、出来るだけ近場でやっておきたい。訓練施設はここから遠いのか?」
「いや。ここで作った完成品を試すこともあるから、確か中でつながってたはずだ」
「そうか」
バシュラムの言葉に納得し、作業室から出て案内板を確認するユウ。
訓練施設へつながっている通路は、意外と近くにあった。
「へえ、訓練施設を使うのに、お金いらないのね」
「一部の設備は、訓練施設での試験も利用権に含まれているそうです。もちろん、私達が今回借りた作業室もそうですね」
「そうなんだ。私もこっちで何か作るかもしれないから、覚えておいたほうがいいかしら」
「そもそも、試験がいるような物騒なものを作るのか、ってのはあるんじゃね?」
「それもそうね」
リエラの説明に感心し、今後は自分達もそのあたりを気にすべきか、と実に早まったことを考えるミルキー。
そんなミルキーに、そもそも現実的にそんな物騒なものはそうそう作らないことを指摘するロイド。
付与魔法使いが作る魔道具のうち兵器として使えるものはごくごく一部で、一番需要があるだろう武器や防具への付与は、付与魔法使い本人ではなく依頼者が試験を行うのが普通である。
つまり、ティファのように自分で発動体を作るのでもない限り、ミルキーが訓練施設で試験をしなければならなくなる可能性はそんなに高くないのだ。
「これが、この施設の使い方か。……ふむ、生産施設の利用者は、部屋番号に対応した訓練部屋が割り当てられているわけか。と、なると、ここか?」
「そのようですね。部屋番号も同じですし、プレートも反応しています」
施設に入ってすぐのところに置かれていた説明を読み、使い方と部屋の場所を確認するユウ。
ユウの確認に頷き、訓練部屋の扉を開くリエラ。
殺風景な訓練部屋には、的にするための案山子が三本ほど、ポツンと立てられていた。
「扉を閉じれば、結界が発動するわけか。……よし、ティファ」
「はいっ! とりあえずはあまり危なくないウィンドカッターで実験します!」
「あまり力むなよ」
ユウに促され、杖を構えて魔法を唱えるティファ。
いつものように必要以上に流れ込みそうになった魔力が、いつもより早く遮断されるのを感じる。
遮断された結果、普段の半分程度が流れ込んだ魔力を圧縮し、規模が大きくならないように何重も術式を重ねて解き放つ。
「ウィンドカッター!」
ティファが放ったウィンドカッターは、中級魔法のトルネードを、範囲を限界手前まで縮小したくらいの規模で発動する。
ティファが起こした竜巻は、かなりの強度を持つはずの案山子を一撃で粉砕していた。
「……やっぱり、規模が大きくなるのは変わらないのね」
「……だが、前に比べりゃ十分小回りが利くところまで縮小してるぞ」
結果を見たベルティルデの感想にたいし、最も重要な点を指摘するバシュラム。
そう、今までなら味方を巻き込みかねないほど大掛かりになっていたティファの魔法が、今回はちゃんと単体だけを攻撃可能な規模にまで縮小していたのだ。
まだまだ密集している場所に打ち込めば被害が大きくなるくらいの規模ではあるが、これは大きな進歩だと言える。
「……これですごく進歩した、とか思っちゃった私って、なんだかずいぶん世間とずれちゃった気がするわ……」
「元が元だからなあ。そもそも、魔法の規模を抑えるのにここまで苦労するような大魔力って、基本的に伝説級だから、それと付き合ってるとずれちまうのもしょうがないんじゃね?」
「ミルキー、ロイド。苦労を掛けるかもしれませんが、あなた達には他の魔法使いとティファとのギャップを埋める役目をお願いしますね」
「「はい、リエラ先生」」
リエラに頼まれ、即座にそう返事をするミルキーとロイド。
なんだかんだで付与魔法科で苦労しない程度には魔力が多い二人は、もっと幼いころに魔力を絞る苦労を経験しつつ、魔力が足りなくて四苦八苦するほうの苦労もしているのでどちらの気持ちも分かるのだ。
「どうだ、ティファ?」
「……多分、今はこれ以上規模を小さくするのは無理だと思います」
「そうか。道具の問題か?」
「……いいえ。わたし自身の問題みたいです」
「そうか。何が問題か、聞いてもいいか?」
「はい。多分、わたしはまだ子供なので、これ以上縮小すると体がもたないみたいです」
「なるほどな。ということは、全魔力の放出が無理だったのも、同じ理由だな?」
「はい……」
今までどうしても分からなかった、魔力をほとんど絞り込めなかった原因。
考えてみれば当たり前のことだが、逆に言えば時が来るまで解決ができないということでもある。
「それが原因なら、どうやっても無理なのは本能の問題だから、下手なことはできんか」
「……ごめんなさい……」
「体が育たねばできんことなど、いくらでもある。今回の場合、運用でどうとでもできるところまで調整できるようになったのだから、あとは時が来るのを待てばいいだけだ」
「でも……」
「これ以上絞り込めなければまずい状況なんて、それほど多くはない。そもそも、魔法の規模が大きくて困るというのは普段使いでの問題だ。そこで無理をすると、碌なことにならん」
予想通り落ち込むティファを、慣れた様子でなだめるユウ。
これだけいろんな人に手を借りて手間をかけて完璧とはいかなかったとなると、ティファが気にしないわけがない。
いい加減二年も付き合えばそれくらいは手に取るように分かるし、対応も慣れてくるものである。
「あと、確認しておきたいのだが、発動体は現状で限界か?」
「強化そのものはあと何回か、というより何回もしなければだめみたいですけど、まずは今のまま使い込んで発動体そのものに経験を積ませないと、次の強化は無理みたいです」
「それまでに壊れることはないか?」
「多分、無理な使い方をすれば壊れます」
ユウに問われ、自身の発動体について感覚的に分かっていることを説明するティファ。
「ならば、あとは実践あるのみだから、試験はこんなものでいいな」
「そういえば、ユウの装備は試さなくていいのか?」
「鑑定した感じだと、育てるためにはモンスター以外をあまり無駄に攻撃するのはよくなさそうだったからな。素振りをして感覚はつかんだから、普段の仕事で徐々になじませるつもりだ」
バシュラムに問われ、貰った装備について説明するユウ。
ユウの装備は、作るという過程を飛ばしていることと壊れないことを除けば、ティファの発動体に近い性質をしている。
強化するためにはいろんなものをいろんなやり方で攻撃して経験を積ませる必要があり、こういうところで動かない的を殴って壊してもあまり経験にならないのだ。
「あの、ユウさん。ユウさんの装備は素体だって聞いたんですが、育てた後勝手に進化したりするんでしょうか?」
「いや、お前の発動体と同じで素材を用意して強化してやらねばならんし、ある程度育ったら付与魔法使いに頼んでいろいろやってもらう必要もある」
「だったら、その強化をわたしがやっていいですか!?」
「腕が伴っているのであれば、もちろん喜んで任せるつもりだ」
「だったら、ユウさんの装備を強化できるように、付与魔法の勉強を頑張ります!」
ユウの装備の情報を聞き、そんな風に宣言するティファ。
こうして、新たに明確な目標を得たティファは、未来に向かって気合いを入れるのであった。




