第5話 無限回廊・春 6
「ちょっと、遅かったじゃないの! 心配したんだからね!」
ボスフロアから出た瞬間、ミルキーの怒鳴り声がユウ達を出迎える。
「すまん。なかなかに面倒なボスだったうえ、ティファと揃って攻略者特権をもらってしまってな」
「えっ?」
「残念ながら肉体に干渉する類の要望はかなわなかったから、二人して装備に関連するものをもらっておいた」
そう言って、目を丸くするミルキーに自身の剣を見せるユウ。
ユウの剣を見たバシュラムが、微妙な表情をする。
「なんつうか、ちぐはぐな剣だな」
「魔神に対抗するための装備と願ったら、完璧には無理だからと素体を押し付けられてな。鑑定は可能だろうから、それを見てどう手を入れるか考えるつもりだ」
「そうか。ってことは、嬢ちゃんのほうは発動体の材料か?」
「らしい。ブルーハートが結構好き勝手に動くから、もう少しおとなしくさせられるものが欲しいと願ったそうだ。すでに素材は揃っていたが、リエラ殿なら何とか調整してくれるだろう」
「だなあ」
素人ゆえに、気楽な態度でプロに丸投げするユウとバシュラム。
そんな簡単な話ではないのだが、素人だからと完全スルーである。
「お腹減ってるでしょう? 朝ご飯を食べながら、詳しい話を聞かせて」
「ああ。ただ、攻略者特権でついでにもらった情報がメインになるから、俺も正確なところが理解できているとは言い難いんだが……」
「そうなの? っていうか、そんなにややこしい話なの?」
「ああ。残念ながら、そもそもダンジョンのボスに魔神の破片が食い込んで変容したという時点で、どう頑張っても簡単な話にはならん」
「何よ、それ……」
意味不明な上に不吉な印象しかないユウの一言に、思わず乾いた声でそう聞き返してしまうベルティルデ。
「俺だって、ボスを見た瞬間、なんだあれは、と思った。何しろ、古巣で十年以上、月平均十体以上のペースで魔神を狩っていて、それでも初めて遭遇した現象だからな」
「多いな、おい……」
「めったに出ないって話はどこに行ったのよ……」
「実は、そのうち自然発生は西部全体に特殊なダンジョンも併せても、一割もなくてな」
「荒れてるな、エルファルド大陸!」
自然発生は一割未満、つまりは召喚された魔神が毎月九体以上いるという事実に、思わず絶叫してしまうバシュラム。
禁忌指定されているとはいえ召喚方法が確立されている以上、呼び出す愚か者が居るのは分かる。
だが、それを踏まえても多すぎであろう。
「やりそうなやつをマークして抑えようとはしていたのだが、残念ながら召喚そのものに対しては後手に回りがちでな。それに、ベルファールにいらんちょっかいをかけてくる国は、大抵が宣戦布告もせずに自爆テロ同然で複数の魔神を召喚するものだから、討伐数だけが無駄に増えてな」
「対立してる国があるってのも、大変なんだな……」
敵国からの襲撃という、トライオンでは起こりようがない事情を聴いて、思わずしみじみ納得するバシュラム。
その様子に、思わず呆れたようにロイドが突っ込む。
「それは納得するような事情じゃないっしょ、バシュラムさん。つうか、ベルファールの事情はどうでもいいから、ボスの話の続きを聞かせてくれよ」
「そうだな。まず、本来のボスだが、恐らくはドラゴン系だ。ただ、変容が激しすぎて、種類までは識別できなかった。右半分が女性型だと思われるドラゴニュート型、左半分がドラゴンの姿で、特徴としては属性に関係なくダメージが通る代わりに、攻撃力が一割以下まで減衰されることだな。魔神特有のフィールド効果としては身に着けているものや地面と溶融して死ぬフィールドと、内部から高熱を発して炎上して死ぬフィールドの混合だった」
「また、えげつないわね!」
「普通の魔神は魂にダメージを与えられる攻撃以外無効だから、ある意味では倒しやすくなっていると言えなくもないがな」
情報を聞いたミルキーの突っ込みに、淡々と事実を告げるユウ。
実際、広い空間があれ人海戦術による射撃の飽和攻撃で削り切れる可能性がある分、トライオンに初めて出現した魔神よりはるかに勝算がある。
「それで、ボスが変容した原因だが、魔神同士の戦いに負けて砕け散った上級魔神の破片が、ボスの竜玉に食らいこんで一部融合、互いにそれ以上の変質を拒絶しあった結果、そうなってしまったようだ」
「魔神同士でも、戦うことってあるんですね」
「貰った情報が正しければ、めったに起こることではないようだがな。あと、今回の原因となった魔神だが、どうやら本体はかろうじて完全消滅を免れているらしい。追い打ちをかけられたりしない限りは、数千年後に完全復活するようだ」
「えっ? それって……」
「ああ。あまり考えたくないことだが、どうやら俺達が上級だと思っていた魔神は、それほどランクが高くない、いや、そもそも俺達の世界に出てきているときの戦闘能力でランク分けすること自体、間違っているようだな」
ユウの衝撃発言に、魔神を直接見たことがあるバシュラムとベルティルデが思わず絶句する。
逆に、話でしか知らないミルキーとロイドは、何が問題なのか分からず怪訝な顔をしていた。
「公表するといろいろとまずいことになりそうな情報だが、魔神はランクが高いものになると、知性を持ち意思疎通が可能なものが多くなるらしい。今回竜玉と融合してしまったやつもその類でな、戦闘中に俺とティファに「コロシテ」と訴えてきた」
「……まじかよ……」
「ランク分けの考え方を変える必要があると感じたのも、本体が消滅を免れる程度の破片でも、その程度に意思疎通ができる魔神が居ると分かったからでな。この分だと、人間だと思っていたら実は魔神だったという事例があっても、不思議でも何でもない」
「……確かに、下手に公表はできないわね」
「ああ。恐らくはうちの古巣も上層部は知っているだろうし、俺としてはお館様の正体が魔神だったとしても驚く気になれん。深く追及する気はないが、な」
衝撃的すぎる事実に、その場に沈黙が流れる。
意思疎通が可能だとしても、その場に居るだけで致命的なフィールドを展開するのだから、人間のふりをして溶け込むのは不可能なのではないか、と一瞬考えてしまうバシュラム達。
だが、そもそも意思疎通の可能な魔神なんてもの自体、存在すると思っていなかったのだから、フィールドを展開しない魔神が居てもおかしくもなんともない。
「あの、ユウさん。もしかして、なんですが……」
その沈黙を破り、ティファが口を開く。
「何か気がついたことがあるのか?」
「はい。あくまでももしかして、なんですけど、エルファルド大陸で魔神召喚が多いのって、知性を持つ魔神の存在を知っている、もしくはいると推測した人が、交渉してコントロールできると考えて呼び出してるんじゃ……」
「ふむ……無いとは言えないな。うまくいくとは到底思えんが」
ティファの考えを肯定しつつ、ばっさりとそう切り捨てるユウ。
普通に考えて、そもそも知性を持つ魔神が、人間ごときの召喚に応じる理由がない。
「しかし、今回はいろいろと疲れたな」
「はい、凄く疲れました……」
「どうせリエラ殿が来るまで発動体作りはできん。今日はとっとと脱出して、しっかり休むか」
「おいユウ、今何て言った?」
「ユウがそんなこと言うなんてね」
「魔神に何かされたんじゃないの?」
「ああ、珍しくミルキーの意見に賛同するな」
休むと聞いて、次々に驚愕の表情を浮かべるバシュラム達。
仕事がないから休む、ということはあっても、やろうと思えばやることはいくらでもある状況で、ユウが自分から積極的に休もうとするのは初めてのことである。
ユウにも疲労回復のための休暇、という概念があったことは、驚かざるを得ない。
「えらく驚かれているようだが、さすがにこれ以上の活動は無理だと自覚がある状況で、休みを選択しないほど愚かではないぞ?」
「いや、だってなあ……」
「それより、バシュラムさん。疲労回復によさそうな施設とかは、何かないか?」
「ああ……確か、リゾートブロックに温泉があったはずだ。ついでだから、マッサージでもしてもらったらどうだ?」
「ふむ、温泉か。三日潜りっぱなしで汚れもたまっているから、ちょうどいいか」
バシュラムにすすめられ、それならばと温泉でくつろぐことを決めるユウ。
なんだかんだで風呂が好きなティファも、嬉しそうに頷く。
「あっ、結局、特殊ダンジョンはどうなったんでしょう?」
温泉温泉、と言いながら出口に向かったティファが、今回三日も潜りっぱなしになった理由を思い出す。
それを聞いたユウが、小さく首を左右に振る。
「もう一度潜ってみんことには分からん。が、今日確認する必要もあるまい」
「そうですね」
ユウの言葉にそれもそうかと同意し、今度こそダンジョンを脱出するティファ。
こうして、ユウ達の特殊ダンジョン攻略は終わりを告げるのであった。
 




