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第5話 無限回廊・春 5



 ボスフロアにはその場にいるだけで溶融し炎上するフィールドが広がり、右半分が半ば人型に変容した全長十メートルにやや届かない大きさのドラゴンがいた。


「……ユウさん……」


「詳しいことは分からんが、魔神とフロアボスが融合事故を起こして変容しているようだな」


「そんなこと、起こるんですか?」


「少なくとも、俺は見たことも聞いたこともない」


 ティファの問いに、慎重に攻撃を迎撃しながら攻撃範囲や攻撃手段、特殊能力の内容、弱点の有無などを見極めていたユウが答える。


 魔神召喚が原因の魔神災害には、犯人が魔神に憑依されて暴れた挙句、最終的に取り込まれて変容するケースはある。


 が、その場合は今回のように中途半端な変容の仕方はせず、完全に本来の魔神の姿に変わってしまう。


 こんな風に、お互いがお互いを否定して食い合うようなことは起こらない。


(コロシテ……)


(コロセ……)


「……っ!?」


「ユウさん! 今のは!?」


「分からん! だが、四の五の言わずに仕掛けるぞ!」


「はい!」


 頭の中に響いてきた言葉に反応し、今までの飛んできた攻撃を迎撃しながら情報を探るやり方をやめて積極的な攻撃に転じるユウ。


 ユウの言葉に同意し、防御魔法の重ね掛けを終えすぐに片っ端から攻撃魔法を叩き込んでいくティファ。


 数発攻撃を入れたところで、一気に仕留めるという目論見が非常に難しいことを悟る。


「ユウさん……」


「妙な形で融合しているからか、普通の魔神のように気を乗せねばダメージが出ない、ということはないかわりに、すべての攻撃が九割は減衰されているな」


「どうしましょう……」


「気を通した発剄すら意味がなかったのだから、火力を上げて地道に削るか、耐性を無効化する手段を探すかしかない」


「分かりました!」


 ユウの結論を受けて、片っ端から魔法解除や耐性低下の魔法をかけていくティファ。


 といっても、残念ながらティファはその種の魔法を覚える補助魔法科の生徒ではなく、また学年もようやく中等課程の一年を終えたところでしかない。


 使える魔法は初等過程で覚えるものが大半であり、いかな大魔力と言えどここまでイレギュラーな存在にはどうしても効果が薄い。


「ユウさん! エルダー・エンチャントウェポン、行きます!」


「分かった!」


 耐性を下げることに見切りをつけ、ユウの火力を上げるほうに行動を切り替えるティファ。


 かつては武器を預からなければ使用不能だったエルダー・エンチャントウェポンだが、付与魔法を学んだ結果、ティファは遠隔でも発動できるようになっていた。


「えっ!?」


 ティファがエルダー・エンチャントウェポンをかけようとした瞬間、ブルーハートが浮かび上がってその魔力を横取りし、増幅してユウに流し込む。


 武器だけでなくユウの全身を魔力が覆い、身に着けていた装備を一時的に魔法の武器防具に強化する。


 実はティファは、あまりに集中しすぎて、この瞬間までブルーハートの存在を忘れていた。


「なるほど、これならどう攻撃しても魔力が通るな」


 ブルーハートが行ったことの正体を把握し、剣だけでなく掌底や蹴り、体当たりなども積極的に混ぜ込み、変異魔神ドラゴンを地道に削っていくユウ。


 ボス自身が倒されることを望んでいることもあり攻撃自体は面白いように当たるものの、やはりダメージはそれほど大きくない。


 それに、本能かそれともダンジョンボスとして定められた行動か、ユウからの攻撃を防がないというだけで変異魔神ドラゴンから普通に攻撃は飛んでくる。


 それら一発一発がユウをして直撃を食らえば無傷とはいかない威力を持っているため、ティファの防御魔法があったところでうかつに食らうわけにもいかない。


 しかも、殴ったはしからじわじわと回復するため、なおのこと効果が薄くなってしまう。


 せめてもの救いは、現状が不自然な状態だからか、回復速度がダメージを与える速度よりかなり遅いことであろうか。


「……ブルーハート、ユウさんの邪魔をしないように攻撃、できるよね?」


 どうにも効果が薄すぎて手数が足りない。そう悟ったティファが、最後の手段とばかりにブルーハートに語り掛ける。


 ようやく頼られたと判断したブルーハートが、返事の代わりに細く絞った魔力光線をユウの動きに合わせて照射し始める。


「でも、これだけじゃ足りない……」


 ブルーハート同様ユウの邪魔をしないように光線系の魔法を断続的に照射しながら、何かいい方法がないかを考え続けるティファ。


 現在はユウがうまくいなしているため危険はないが、それとて完璧に回避しきれているというわけではない以上、いつまでも続くとは思えない。


 さらに厄介なことに、あまり何度も同じ属性の攻撃を連続で叩き込んでいると、耐性が強化されていく。


 一度攻撃をやめて違う属性に切り替えれば解除されるのだが、切り替えるということは時間も魔力もロスが発生するということである。


 観察した感じ、無属性魔法は他の属性に比べて耐性の強化が始まるまでが遅く、強化のされ方もゆっくりではあるが、それでもいずれダメージが通らなくなるのは間違いない。


 ティファが結論を出すより先に、何かに気がついたユウが声を上げる。


「ティファ! やつの喉元にできるだけ高密度の光線系魔法を叩きこめ!」


「はいっ!」


 ユウの指示に従い、手元に呼び寄せたブルーハートの力を借りて限界まで圧縮し、全魔力の一割を込めた無属性の光線魔法を照射するティファ。


 一割というのは、ユウを巻き込まないでかつ指定された場所をピンポイントで照射できる、最大威力だ。


 特にそこが弱いというわけでもないようだが、それでも八割で天変地異クラスの惨劇を起こせるティファの魔力の一割だけあって、減衰されてなお、じわじわと大人の上半身が入るほど大きな穴をあけていく。


「ティファ! ブレスが来るぞ!」


「大丈夫です! 威力はこちらのほうが上です!」


 ユウの警告に対し、はっきりそう言い切るティファ。


 ティファの言葉が終わるより早く、変異魔神ドラゴンがブレスを吐き出し、ティファの魔法を一瞬だけ押し返したあと吹き散らされる。


 その勢いで無防備になった喉元を、再びティファの魔法が抉り取っていく。


「よし! 止めてくれ!」


 ユウが攻撃を妨害し、ティファが魔法を照射し続けること約十分。


 ユウの言葉に、ティファが照射をやめる。


 ティファが魔法を止めたのを確認し、強引に抉り取って作った穴に気をまとって突っ込んでいくユウ。


 その勢いで無理やり穴を広げてこじ開け、目的のものをつかんで引きちぎる。


「あとは……、こうだ!」


 人間でいう食道の奥。そこにあった宝玉のようなものを持って脱出し、気を込めた手刀で叩き割るユウ。


 その一撃で宝玉が砕け散り、変異魔神ドラゴンの姿が崩れ落ちていく。


((アリガトウ))


 ユウとティファにそう言い残し、変異魔神ドラゴンは完全に消滅した。


「ユウさん!」


「上手くいったようだな」


「あの宝玉みたいなものは?」


「一部のドラゴンが持つ、竜玉と呼ばれる結晶体だ。詳しくは分からんがあれに何らかの理由で魔神、もしくはその一部が融合してしまったのが今回のボスなのだろう」


「えっと、あの宝玉、わたしの魔法で壊してはいけなかったんですか?」


「正確な場所が分からなかったというのもあるが、やつを殴った感触からすると、宝玉に近いところほど変異も大きく耐性の強化速度も速かったからな。もし万一下手な砕き方をして、再生して完全体にでもなられたら今度こそどうにもならんから、念のために直接確認して適した方法で破壊したかった」


「……さっきの感じからすると、普通にありそうです……」


 ユウの言葉に、思わずぞっとするティファ。


 ティファ単独だと他に方法がないこともあり、天変地異に巻き込まれる覚悟で大魔力で強引に仕留めるしかない。


 今回の変異魔神ドラゴンは普通の魔法が通るので、恐らくそのやり方で倒すだけなら倒せるだろうが、竜玉を雑に粉砕することだけは避けられない。


 ユウの懸念が現実だった場合、仕留めるどころかパワーアップさせてしまうのだ。


「あの、それで、どうだったんですか?」


「悪い予感が当たっていてな。手刀で発剄を叩き込んで割らねば、結合部分をピンポイントで切り離すことができずに一気に融合が進んでいた」


 ユウの報告に、思わず言葉を失うティファ。


 単純に強さだけでいえば、今まで相対した魔神に比べるとまるで脅威を感じなかった相手だが、密かに仕込まれていた罠に関しては、今までで一番危険なものであった。


「もっとも、逆にいえばピンポイントで切り離せるぐらいにしか結合してなかったのだがな」


「えっと、それって……」


「本人達は、全力で反発していたようだ。だから、結合部分を切り離すだけで勝手に分裂して崩壊したわけだ」


(しかし、ほんの一言とはいえ意思疎通ができる魔神か。そんなものがいるとして、一体どんな存在だ?)


 ティファに先ほど破壊した竜玉のことを説明しつつ、頭の片隅で融合しかかっていた魔神の正体を考察しようとするユウ。


 竜玉の大きさや内包されていたエネルギーからして、元のボスドラゴンはトライホーン・ドラゴディスほどの強さはない。


 その程度すら乗っ取れないのに、高い知性を持っている可能性を感じさせる。そのあたりがちぐはぐで仕方がない。


 いや、そもそも、あれは本当に魔神なのか。仮に魔神だったとして、本来の力を保てていたのか。


 疑問点はいくらでも出てくるが、ここで考えていても仕方がない。


 今後何らかの形で同じ事例にぶち当たった時に、古巣に連絡して情報を集めてもらえばいいだけである。


「魔神もドラゴンも、ちゃんと解放されていればいいですね」


「……そうだな」


 ティファの可愛らしい言葉に小さく頷き、ボスフロアを開放するための作業に移るユウ。


 その時、またしてもユウの頭の中に声が響き渡る。


(攻略者特権を取得しました。要望を一つ教えてください)


「……なるほど、攻略者特権とは、こういう形で得られるのか」


「あの、攻略者特権を取得しました、って言葉が聞こえました……」


「もらえるのであれば、もらっておけばよかろう」


 戸惑った声を上げるティファにそんな雑なアドバイスをし、どうするかを考えるユウ。


 正直な話、ユウ自身が求める望みなどただ一つ、「一発でいいから秘伝を打てる体が欲しい」しかない。


 が、それが可能なのか、可能だとしてどういう形で叶えるのか、それが分からない。


「まあいい。別に不発だったとして、何か損をするわけでもない」


 一瞬悩んだものの、あっさりそう結論をだすユウ。


 頭の中で念じればいいのだろうとあたりをつけ、望みを告げると……


(今回の特権では、要望は実現不能です。他の要望をお願いします)


 と、にべもなく告げられる。


 では、ティファの課題解決を助けようと片っ端から願ってみるも、軒並み実現不能と言われる始末。


 肉体に干渉する類のものは無理なのだろうと踏んで、今回の魔神についての情報を得ようとすると、今度は違う反応が返ってくる。


(それだけでは、攻略者特権の条件を満たすことができません。他の要望を追加してください)


(他の要望か。では、俺に見合った、魔神に対抗するための装備をくれ)


(確認します。先ほどの魔神の情報と、魔神に対抗するための装備でよろしいですか?)


(ああ)


(装備ですが、今回の攻略者特権ではすべてのリソースを割り振っても、素体となるものしかお渡しできません。それで、問題ありませんか?)


(かまわん)


(要望を承りました)


 攻略者特権を告げてきた声の言葉と同時に、今回の魔神についての情報がユウの頭の中に浮かび、一振りの剣に籠手とブーツが目の前に出現する。


「ティファは何にした?」


「最初はユウさんのために何かできないか、とか、ミルキー先輩の悩みを可決できないかな、って頑張ったんですが、無理だったのでブルーハートが少しでもおとなしくなるような追加パーツをお願いしました」


「真っ先にというわけではないしミルキーのことは完全に忘れていたが、基本的には俺と似たような発想だな」


「えっ?」


「ティファの制御関連が少しぐらいマシにならんかといろいろ願ってみたが、どうにも肉体に直接干渉する類の要望は無理だったようでな。仕方がないから、今回の魔神についての情報と魔神とやりあう際に使える装備をもらった」


「えっと、あの……」


「言っては何だが、俺にもこれといってほしいものはなかったからな。物騒なリュックのこともあるし、今後の鍛錬を考えてもティファには早いところ初級まで規模を抑えられるようになってもらいたくてな」


「なんだかもう、いろんな意味で……ごめんなさい……」


「いや、別にティファが悪いわけではないし、前にも言った気がするが、体質などそういうものだ。ただ、ブルーハートがあれだからな。発動体なしでどうにかなるなら、と考えたのだが、世の中そううまくはいかん」


 ティファをなだめるようにそう言ったあと、ブルーハートに目を向けて実に残念そうにため息をつく。


 今回は大いに助けられたのは事実だし、そのことを感謝もすれば評価もしているのだが、基本的にお調子者の悪ガキ気質が見え隠れするブルーハートを手放しで信用するのは難しい。


 誤射のような直接致命傷になる類のことはしでかさないだろうが、回り回ってあとから致命的な結果になるようなことを考えなしにやってしまいそうな、そんな不安が尽きないのだ。


 そもそもユウとしては、意思疎通もまともにできない道具が勝手に自立行動を行うこと自体、本能的に受け入れられないものがある。


「やっぱり、勝手に動く道具っていやですよね……」


「勝手に動くこと自体は問題ないのだが、必ずしもこちらの制御を受け付けるわけではないところが気に食わん」


「ですよね……」


 ユウと意見の一致を見て、非常に複雑な気持ちになるティファ。


 気遣ってもらえたのは大変嬉しいが、親心とはいえブルーハートともどもいろんな意味で信用されていないのがはっきり分かってしまって少々へこむ。


「……あの、ユウさんは一番最初、何をお願いしたんでしょうか?」


「一発でいいから秘伝を打てる体が欲しいと願った」


「やっぱり……」


 ユウの望みを聞いて、悲しそうに目を伏せるティファ。


 秘伝というのは、ユウにとって完全なる挫折の象徴だ。


 あがいたところでどうにもならぬと自覚し、だがきっぱりと諦めることもできない。いくら割り切ったところで完全に執着をなくすこともできないからこそ、挫折なのだ。


 ユウと出会う前のティファがそうだったからこそ、自身の挫折を受け入れながらも執着を捨てきれぬユウに対し、何もできないことが悲しい。


「未練たらしい話をしてしまったな。まあ、これは俺が乗り越えるべき問題だ。ティファはまず、自分の課題をどうにかすることを優先してくれ」


「……はい」


 思わずしんみりしてしまったところで、いつもの調子でそう告げるユウ。


「さて、腹が減ったから戻ることにしよう」


「はいっ!」


 いつもの調子に戻ってそう言い放ったユウに、わざとらしく元気よく返事をするティファ。


 こうして、ユウとティファによる久しぶりのボス戦は、様々なおまけをもらって終わりを告げたのであった。





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