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第5話 無限回廊・春 4



 ダンジョンに籠もり始めて三日目の早朝。コテージのベッド。


「……」


 いつもより一時間ほど早い時間に不意に意識が覚醒してしまったユウが、何となく傍らのティファに視線を向ける。


 ティファはいつものように、ユウにしっかりしがみついて幸せそうに穏やかな寝息を立てている。


(……特に深く考えてはいなかったが、この状況はいつまで続ければいい?)


 ティファの様子を見ながら、前々から少し気になっていたことをはっきりと意識する。


 というより、日々女性へと成長を続けるティファの体に、いい加減考えずに先送りするにも限界が来つつある。


 といっても、ユウが性的な意味でティファを意識することはない。


 いや、これがティファではなく、一人前の女性として肉体が成熟しているカレンや深紅の百合でも同じだ。


 というのも、ハニートラップ対策も兼ねて、鉄壁騎士団アイアンウォールの団員は性欲を気功の威力や精度に転換する技を身に着けている。


 もっと正確に言えば、力量を伸ばす過程でその種の技を身に着けた結果、性的な方向でのハニートラップに引っかからなくなる、というのが正しい。


 残念ながら恋愛方面で引っかかった団員はいるが、これに関しては完璧に防ぐ方法はないので横に置いておく。


 なお、表裏一体の技能として性交渉を起点に相互の気力や肉体を強化する技もあるが、経験していない団員のほうが多いことと、実は団長も副団長も三十を過ぎて肉体経験ゼロである、ということから、軽々しく試せない類のことなのは察せよう。


 ユウはどうなのか、に関しては、先の事情と当人の名誉のために伏せておく。


(よく考えれば、あれからもう一年以上経っている。いや、ようやく一年を超えた、なのか?)


 ユウとティファが同衾するようになった原因である魔神戦、それからすでに一年以上が経過している。


 理由が理由だけに、ティファの心がどれほど立ち直っているか分からない。


 経過時間だけで軽々しく判断するのも危険だ。


 が、少なくとも添い寝を続けることに関しては、そろそろタイムリミットが近いことだけは間違いない。


「考えても仕方がないか……」


 どうするにしても今判断すべきことではないと、いったん棚上げすることにするユウ。


 いずれ考えるべきことではあっても、ダンジョンの攻略中などという微妙な状況で考えることではない。


 とはいえ、こんな状況でこんなことを考えてしまった原因自体は、はっきりしている。


 今日挑む予定の五十層のボス。それに対して、良いとも悪いとも言い難い、だが自分にとって重大なことが起こる予感のようなものがあるからだ。


「昨日のうちにモンスターは殲滅しているのだから、軽く走って頭を切り替えるか」


 そうつぶやいて体を起こそうとしたところで、ティファが力いっぱいしがみついてくる。


 その際に押し付けられた胸の感触や体温が伝わってくる範囲が、この一年ちょっとのティファの成長を余すことなく伝えてきて、妙な感慨を抱いてしまう。


 これがユウだから単に感慨を抱いてしまう程度で済むが、ロイドやアルベルトのような年頃なら生殺しもいいところであろう。


 が、先ほども触れたように、その方面でのコントロールは完璧なユウだ。


 恋愛感情を抱くほど年が近いわけでもなければティファが成熟しているわけでもないので、その意識は完全に父親、もしくは師匠のものである。


「……ふむ。まだ早いが、どうせ走るのだからティファも起こすか」


 別にムラムラ来たりとかそういうことはないが、さすがに手持ち無沙汰に過ぎるため、早めに日課を始めることにするユウ。


 普通のダンジョンならともかく、無限回廊は脱出しない限りは一度倒したモンスターが復活することはないので、安心して走ることができる。


 ベストコンディションでボスと戦うためにも、ちゃんと体を温めて慣らしを終えておきたい。


「ティファ、少し早いが日課を始めるぞ」


「……ふぁい……」


 ユウに声をかけられ、非常に眠そうに返事をしてもぞもぞと体を起こすティファ。


 そのまま大きく伸びをして、すぐに意識を覚醒させる。


「おはようございます、ユウさん」


「ああ、おはよう」


 ベッドから出て体をほぐしながら、朝の挨拶を済ませるティファとユウ。


 普段と違ってダンジョンの中なので、防具を外している以外は普段着と変わらない。


 装備を身に着ければ、すぐに走り込みを始めることができる。


「念のために、メモだけ残しておくか」


 起きた時に自分達がいないと心配をかける。そう判断して、その旨を記したメモを残しておくユウ。


 準備運動を終え、アップダウンが激しい山岳フロアをミルキーとロイドがいないときのペースで走り始める。


「こうして二人だけで走るのって、なんだか久しぶりのような気がします」


 走り始めて十分後、懐かしそうにティファが言う。


「ミルキー達も体力がついてきたからな」


「そうですね。最近だと、最初から最後まで一緒に走るようになってきましたし」


「残念ながら、その後の訓練に付き合うほどの体力はまだないがな」


「あはははは……」


 ユウの実に厳しい言葉に、フォローも同意もできずに笑ってごまかすティファ。


 距離こそ最後まで一緒に走れるようになったミルキーとロイドだが、ペースに関してはユウもティファも結構加減している。


 それでも一応鍛錬にはなっているが、足りない分は各々で勝手に走って調整しているのが現状だ。


 その足りない距離とペースがユウとティファでも大きく違うので、最近は二人だけで走る時間というのが無くなって久しい。


「それにしてもユウさん。今日はいつもより早起きだったんですね」


「妙な時間に目が覚めてな。早いかと思ったが、やることも特になかったから先に日課を終わらせてしまうことにした」


「そういうときって、ありますよね。わたしは大体そのまま二度寝しちゃいますけど」


「それは時間によるな。この時間でしかも完全に目が覚めてしまっていたから素直に起きたが、真夜中なら考えるまでもなく二度寝する」


 そんな他愛もない話をしながらフロアの外周を一周し、整理運動をしながらコテージの前までゆっくり戻ると、すでにベルティルデが起きていた。


「おはよう。二人とも早かったのね」


「おはようございます、ベルティルデさん」


「おはよう。俺が妙に早く目が覚めてしまってな。悪いとは思ったが、まだ寝ていたティファを起こして付き合ってもらった」


「……まあ、ユウだけで抜け出して、っていうのは無理だからしょうがないか」


 まだ寝ている子供を起こすという行いに、少し考えこんでから諦めてそう納得するベルティルデ。


 たとえ一時間未満といえど、眠っているティファがユウに置き去りにされて平気だとは思えないのだ。


「じゃあ、私は朝ごはんの用意をするから、日課を続けてていいわよ」


「ああ、助かる」


「ありがとうございます、ベルティルデさん」


 深く追及することでもないと、朝食の準備を始めるベルティルデ。


 半数が料理をまともにできない深紅の百合のメンバーと違い、バシュラムとベルティルデはどちらも料理ができる。


 強いて欠点を上げるとすれば、バシュラムはどうしても肉気に偏りがちで、逆にベルティルデは肉類というものが存在しなくなりがちだという点だが、それはそれでバランスが取れるので当人達はあまり気にしていない。


「このあとボス戦だからな。鍛錬も食事も軽めにしておこう」


「はい!」


 ユウの宣言に元気に返事をし、杖を構えるティファ。


 異変が起きたのは打ち合いを始めてから五分後、バシュラムがコテージから出てきたタイミングであった。


「ダンジョンの中だってのに、まじめだな」


「普通のダンジョンや遠征の最中ならともかく、今回はボスフロアに入らない限りは安全だからな」


 バシュラムにからかわれて、真顔でそう返すユウ。


 そのまま構えを変えて鍛錬を続行しようとしたところで、表情を変えてボスフロアの入口を睨みつける。


「……まずいな」


「どうした?」


「ボスが急に活性化しはじめた。すぐに仕留めねば危険だ」


「分かった。すぐに準備する!」


「いや、今回は俺とティファだけのほうがよさそうだ」


 怖いほど真剣な顔で、バシュラムにそう告げるユウ。


 どういうことだと言いそうになり、すぐに何かを察するバシュラム。


「……こいつは、魔神か?」


「魔神そのものではなさそうだが、近い何かなのは確かだ」


 バシュラムの問いに、真剣な顔で予想を告げるユウ。


 ボスフロアの入口をふさぐ扉が開いていないためはっきり分からないが、漏れてくる気配に魔神特有の圧倒的な威圧感はない。


 が、魔神が出現した際に発生する、普通の生物はたとえモンスターであろうと生存を許さないフィールドが形成された感触はある。


 この点から考えられるのは、何かイレギュラーな事態がフロアボスの身に起こり、魔神のようなものに変化してしまった、といったあたりであろう。


「ボスフロアが狭すぎるから、まだ防御手段が確保できていないバシュラムさん達が踏み込むのは危険だ。魔神のフィールドから確実に身を守れる俺とティファだけでやったほうがいい」


「……だな。二、三分、時間をくれないか?」


「分かった。だが、手早く頼む」


「大丈夫だ。そんなに待たせねえよ」


 そう告げて、大急ぎでコテージに入り、一分ほどで荷物を抱えて出てくるバシュラム。


「お前達の荷物と、いざという時のエリクシル剤だ。それから、念のために栄養食ぐらいは食っていけ」


「すまん、手間をかける」


「なに、どうせ俺達は傍観者にしかなれねえからな。その代わり、絶対生きて帰って来いよ」


「ああ、分かっている」


 そう告げると、バシュラムから受け取ったブロックタイプの栄養食を一気に噛み砕いて水で流し込み、荷物から細々とした薬や便利アイテムを取り出して、エリクシル剤と一緒にすぐに取り出せる場所にしまい込むユウ。


 ユウに倣って同じように食事を済ませ、エリクシル剤をユウより多めに持って置くティファ。


「では行ってくる」


「バシュラムさんにベルティルデさん、行ってきます!」


 準備ができたところでバシュラム達に挨拶を済ませたユウとティファは、一つ頷いてボスフロアへ飛び込んだ。





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