第5話 無限回廊・春 2
「やはり、特殊ダンジョンは継続中か」
「みたいですけど、どうしましょう? ユウさんは何か考えがありますか?」
「そうだな。……少し、情報収集が必要か」
無駄口を一切叩かず一気に五層までクリアし、脱出したところでそう結論を出すユウ。
時間経過では状況が変わっていない以上、他の条件を満たさねば特殊ダンジョンを抜けることはできないのは確定だ。
三十層以降を確認していないので、まだ現時点ではこのままで困るとも困らないとも言えない。
が、少なくとも春の素材のうちの一つが、現時点で確認されている範囲では手に入らないのが分かっている。
もしものことを考えるなら、特殊ダンジョンから抜けておくに越したことはない。
「バシュラムさん、この種の事例に心当たりはあるか?」
「離れてた期間が長すぎるから、さすがに心当たりはねえなあ。とりあえずベルティルデと一緒に、役所と情報屋、あと昔馴染みにも当たってみるわ」
「頼む。俺は念のため、十日分程度の野営道具や食料、回復剤なんかを準備しておく」
「そうだな。一度に最後まで突破しなきゃやり直しになる、ってのはありそうな話だしな」
ユウの出した方針に同意するバシュラム。
バシュラム自身はこんな事例、見たことも聞いたこともない。
が、こういうのは大体、一番面倒くさそうな想定をしておけば間違いない。
「あの、わたし達にできることって何かありますか?」
「そうだな……。ミルキー、ロイド。お前達は巷で流行っている冒険者とダンジョンが主役の物語に詳しいか?」
「付与関係で結構いいヒントになることもあるから、そこそこのたしなみはあるけど、詳しいって程じゃないわよ?」
「そうそう。なんだかんだで、そんなに読む暇もないしなあ」
「俺より詳しいなら、それで十分だ。すまんが、こういう場合よくあるパターン、というやつを三人で検討して、適当にリストアップしておいてくれると助かる」
「また、メタな感じのことを考えるわねえ……」
ティファに問われて、思いついたことをミルキーとロイドも含めた三人に頼んでおくユウ。
そもそも現状がすでにユウの中の常識や常道に一致しないのだから、可能性がありそうなことはどんな無茶だろうが馬鹿らしかろうが検討しておくに越したことはない。
たとえそれが外れだったところで、何が変わるわけでもないのだから、当たれば儲けものである。
「では、すまんがいろいろ頼む」
そのユウの言葉に頷き、各々振られた仕事をこなすために散っていく、
そして、夕食時。
盗聴防止の結界を張り、ついでに外部から口元が見えない偽装を済ませたところで、まずはバシュラムが今日の成果を報告する。
「あんまり成果はなかったが、いろいろ調べてきたぜ」
「あまり、ということは、多少は情報があったわけか」
「おう。つっても、俺達が拾えたのは、過去に類似事例が三件あったってことと、発生条件も終了条件もはっきり分かってない、ってことだけだな」
「類似事例って言っても、共通点は何度入っても同じ構造のダンジョンに飛ばされるようになった、という点だけで、ダンジョンの内容もその状況が終わるまでの期間も、それどころかクリア状況すら共通点がなかったわ」
「ふむ……」
バシュラムとベルティルデの報告を聞き、少し考えこむユウ。
レアメタルスライムの大群が出現する時点で、自分達と同じ事例がないのは分かりきったことだったのでいいのだが、予想以上に類似事例が少ない。
たかが三例では発生条件も絞り込みようがないし、そもそも共通点が一つだけでは検証も何もない。
分かることなどせいぜい、何らかの条件を満たせばこういう特殊なダンジョンに誘導される、ということだけである。
「参考になるかどうかは分からないけど、一応分かってることをまとめた資料はもらってきたわ。何か気がつくことがあるかもしれないから、夕食後にでも目を通してみて」
「ああ、助かる」
ベルティルデが全員に渡した資料をざっと流し読みし、すぐに邪魔にならない場所に置いて食事に戻るユウ。
自分だけなら食べながら確認するが、師匠としてさすがにティファの前でそういう行儀の悪いことはできない。
「細かい点は資料を見て確認するが、ダンジョンの難易度に関しては何か気になる話はあったか?」
「それもちょっと微妙なところだな。通常のダンジョンと比べて、別段同じ階層で難しいとか簡単だとかいうこともなかったみたいだし、ドロップも傾向が違うだけで大きくレアリティが変わるってこともなかったらしいしな」
「ちょっと変異種が多いかも、とか、特定の種族が一切出てこなかった、とか、そういう特徴はあったみたいだけど、それも三件全部ばらばらだし」
「少なくとも俺とベルティルデは、参考になりそうな情報を拾い出せなかった」
そういって肩をすくめ、メインのソーセージにかぶりつくバシュラム。
口の中にじゅわっと広がる肉汁が、今日一日感じさせられた徒労感を癒やしてくれるような気がする。
「これ以上は、資料を見て検討したほうがよさそうだな。ティファ達のほうは、どんな感じだ?」
「わたし達のほうも多分資料を見て検討したほうがよさそうですが、ホテルの方とかにも巷で流行っている物語を借りて、パターンを分析してみました」
「人間の想像力って予想以上に凄いわね、って認識させられたけど、大体は挑戦もしくは攻略した回数、モンスターの討伐数、時間経過、特定のアイテムを入手、ダンジョン内で特定の行動を行う、隠し通路、一度も脱出せずに最初から最後まで突破、のどれか、もしくは組み合わせって感じね」
「他にもよくあるパターンはあったんだけど、内部で誰か死ぬ、とかその手の、俺らには実現不可能なネタだったから、検討の価値なしってことで省いてる」
ユウに振られ、大量に読書しながら拾い出したパターンを説明するティファ、ミルキー、ロイド。
借りたものを並べてみると、予想以上に無限回廊をモデルにしたと思われるダンジョン探索ものの物語が多かったのだが、その大部分が作者が冒険者ではないどころか冒険者に対する取材すらしていないのが明白な内容だった。
が、むしろそのおかげか、実際にダンジョンに入ったことがあれば考えもしないような突飛な、だが説得力は十分にある展開やギミックがいくつもあって、今回の目的には実にプラスに働いた。
「とりあえず、次の一回で確認できそうなのは、『隠し通路』と『一度も脱出せずにクリア』の二つだな」
「問題は俺らのチームだと、隠し通路を探すのがちっと骨だっつうことだが……」
「それは仕方があるまい。さすがにマリエッタだけを連れてくるわけにもいかんし、かといって今から新しくシーフ系を雇うのもややこしい。それに、まったく無関係な人間を入れて、その間だけ問題のダンジョンには入れない、などとなったらそれはそれで面倒だ」
「……今のでちょっと気になったんだが、ユウだけ、もしくはユウとティファの嬢ちゃんだけでダンジョンに入ったらどうなる?」
「確認する価値はあるな。バシュラムさんとベルティルデさんも試してみてくれ」
「おう、やってみるわ。っとそうだ。万一厄介なダンジョンに当たっちまった場合に備えて、緊急脱出用の転移石は持っておけよ」
「ああ。一応念のために、今日五十個調達してきた。これ以上は売ってもらえなかったが」
「一人頭八個か。はぐれた時の保険としては十分だな」
実に用意がいいユウに対し、にやりと笑って頷くバシュラム。
正直、一層から五層に関しては、内容が同じであればバシュラム単独でも余裕でクリアできる。
だが、同じでなければ余裕と断定することはできないどころか、一層からレアメタルスライムエリアのような致命的なものが来ないとも限らない。
未知に挑む以上、保険は十分にかけておくべきである。
「それにしても、ティファのアレを持ってきておいて正解だったな。どれだけ物資が必要になるか分からん」
「まったくだ。素材のうち一点は五十層あたりで出てくるやつだからってリエラ殿がいろいろ貸してくれたが、そいつらも結構かさばるからなあ」
「だが、あのコテージはかなりありがたい。バシュラムさんでも、あのクラスは持っていなかったのだろう?」
「二人だから精霊魔法のおかげで必要なかった、ってのもあるけどな」
こちらに来る際に用意してもらったあれこれに関して、そんなことを言うユウとバシュラム。
なお、ティファのアレというのは、言うまでもなく例の長すぎて誰も名前を覚える気がないアイテムバッグのことである。
こちらに来る前にどうすべきかととことん相談し、置いておくのも怖いからと工夫に工夫を重ねて普通のリュックに偽装して持ち込んだのだ。
この三カ月でティファの体格がやや良くなり、一回り大きいリュックを背負っても体格負けしなくなったおかげで、アルトに持って帰る時ほど偽装に苦労しなかったのが救いであろう。
余談ながら、中身が見えないように着替えや応急処置用のタオルなどで蓋をし、重量をごまかすためにぎっしりポーションや軟膏などを詰め込んで重さを稼いでいるが、これは事情を知ったカレンのアイデアだ。
上に敷かれたタオルの色合いのおかげで、中に入っているリュックが市販の冒険者向け高級医療品セットが詰められた袋に見える、というのが、今回の偽装の最大のポイントである。
なお、他の冒険者には一切教えていないが、麗しき古硬貨亭のマスターとおかみさん、カレンの三人は情報が漏れた際に確実に巻き込まれるため、詳細こそ伏せてはいるが、心構えのためにヤバいものができてしまったことを説明している。
「それにしても、今回はティファちゃんに撮影の話とか、来ないのね」
「それに関しては、タオル類を調達しに行ったときについでに確認しておいた。撮影の希望はあるが、特殊ダンジョンのことを聞いているから、そのあたりが解決するか、俺達の手が確実に空いてから頼むつもりだと言っていた」
「そう。だったら、ティファちゃんのサイズも測ってもらわなきゃだし、できる限り早めに解決したいわね」
「あの、サイズならアルトで測ってもらってるんですけど……」
「撮影の衣装を用意してもらうから、用意してもらうブティックに細かいところまで測ってもらわないと駄目なのよ」
サイズの話が出てきたところでおずおずとティファが主張した内容を、ベルティルデがサクッと切って捨てる。
下着や普通の服を買うだけならともかく、ポスターなどに使う写真を撮る場合、服の奇麗なラインを出すために、モデルの細かいサイズを確認する必要がある。
さすがにそのサイズに合わせて服を作ることはあまりないが、モデルの体形に一番フィットしたサイズのものを選ぶのに、その測定値を利用するのだ。
もっとも、モデルなど経験したこともなければティファがやるまでモデルの知り合いがいるでもないベルティルデが、なぜそんな情報を知っているのかは永遠の謎だが。
「ついでだから、そろそろミルキーちゃんも確認してもらったほうがいいわね」
「服のサイズが変わるほど、体格も胸も変わってないわよ……」
「ん~、そうでもなさそうだけど……」
ひがみ全開でベルティルデにそう返したミルキーに対し、何やら意味深なことを言うベルティルデ。
どうやら精霊力を見ることで、ミルキーの体格が成長する兆しを見て取っているらしい。
とはいえ、エルフであるベルティルデは、身長だの胸だのに一切価値を置いていない。
さらに言えば、寿命や成長曲線の違いもあるため、なぜミルキーが身長や胸の成長の遅さを焦っているのかも分かっていない。
こればかりは種族的な価値観の違いなので、恐らくベルティルデがミルキーのコンプレックスを理解できる日は、永遠に訪れることがないだろう。
「で、嬢ちゃん達はどっちも身長が欲しいだろうが、そのためにもっと食うか?」
「麗しき古硬貨亭でご飯食べるようになってから私、胃袋がはちきれんばかりに食べさせられることが多いのに、いまだにこれよ……」
「あのカロリーや栄養素は、ミルキーのどこに消えてるんだろうなあ……」
「背や胸にいかないのはともかくとしても、筋肉が付くわけでなし、腹回りが豊かになるわけでなし、だもの。私自身、不気味でしょうがないわよ……」
「マジで、ティファとは違う意味で一度ちゃんと調べてもらったほうがいいかもなあ……」
バシュラムに振られて、食うだけ無駄、と言わんばかりにそんなことを言うミルキーとロイド。
実際問題、食べた分はしっかり成長しているように見えるティファやロイドと違い、ミルキーはほとんど体格も体型も変わっていない。
一応成長はしているのだが、その数値も平均を大きく下回っているため、育っているように見えないのである。
厄介なのは、ティファと違って魔力量が極端に増えたりといった、そういう見た目では分からない部分でも、特に大きな変化がないことであろう。
もともと痩せの大食いというわけでもなく、基本的に体格に見合った量で足りているので、特別に燃費が悪いということもない。
あまりに不気味なので、ミルキーの体格絡みでは普段いらぬことしか言わないロイドも、この件に限っては心底心配して言っている。
「確かに気になることではあるが、今すぐにはどうにもならんな」
「あの、ユウさん。調べるとして、どうやって調べるんでしょうか?」
「探知魔法だけでなく医療魔法や精霊魔法を駆使して、体の隅々まで検査する方法があるらしい。が、俺も詳しくは知らんし、聞いているだけでも莫大な費用が掛かりそうな上にそうそうできる医療機関があるとも思えん」
「話を聞いてるだけでも、無理そうね」
「そもそも、庶民に手が出るような値段ではありえんだろうからな」
ユウが提示した内容を聞き、そりゃ無理だと諦めるしかないミルキーとロイド。
ティファ達とは違い、実家には十分に金があってミルキーは本家筋のお姫様だ。
体質その他に不審な点が出ている以上、調査に必要となればいくらでも金を出してはくれるだろうが、そういう医療機関はもっと致命的で切実な患者で埋まっているのが普通である。
金で解決できるとは到底思えない。
「寄生してる身分ですごく贅沢で身勝手なこと言ってるって分かってるんだけど、低層階のでいいから、私に攻略者特権とか来ないかしら……」
「なあ、ミルキー……。さすがに、それを身長に使うのはどうかと思うぞ……」
コンプレックスをこじらせすぎてとんでもないとを言い出すミルキーに、ロイドが渋い顔で突っ込む。
ミルキーの場合、本質的には体格も容姿も見習い未満の子供に混じって違和感がないことに対して、多大なるコンプレックスを持っている。
そのため、実のところ身長さえあれば問題がなく、小さくても子供に見られることはない胸については、それほど気にしているわけではない。
それを知っているからころ、ロイドが身長に限定して突っ込みを入れたわけだが、実際問題、今の状況を考えると、奇跡でもなければミルキーの身長が劇的に伸びることはないだろう。
なにしろ、人間の女性の場合、遅くても十代後半には、早いとミルキーの年頃で身長の伸びが完全に止まる。
「攻略者特権か……別に使い道があるわけでもねえから、俺らのところに来たらミルキーの嬢ちゃんの体格をどうにかしてやってくれ、って願うのはかまわんがね」
「そうねえ。まあ、めったに来るものじゃないから、あてにされても困るけど」
「別に当てにするつもりはないわ。単に、カロリー問題は自分の体のことながら非常に怖いし、身長に関してはもうタイムリミットが近いから、奇跡でも起ってどうにかならないかしら、って切実に願ってるだけだし……」
「ミルキーちゃん……」
「嬢ちゃんよ……、それはあまりにも切なすぎるぞ……」
妙な切実さをもって奇跡を願うミルキーに対し、思わず目頭を押さえてしまうベルティルデとバシュラム。
結局、彼らの話が特殊ダンジョンについての検討に戻ったのは、あまりに切なくなったバシュラムが、ミルキーに体の成長に効くと言われている食材を使ったデザートを奢ってからであった。




