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第1話 元鉄壁騎士、落ちこぼれ魔術師を弟子に取る

「……思った以上に入りづらい……」


 麗しき古硬貨亭の入口に来たティファは、生まれて初めて見る冒険者の酒場の雰囲気に呑まれ、中に入れず紹介状を手にまごついていた。


 ティファと変わらぬ年齢の子供が、助けを求めて飛び込んでくる。サーガなどではおなじみの光景だが、多分彼らは本気で一分一秒が惜しいぐらい切羽詰まっていたのだろう。


 そうでなければ、子供が酒場になど飛び込めるわけがない。


 冒険者の酒場と言ったところで、冒険者に仕事を斡旋していることを除けば、基本的には単なる酒場兼宿屋でしかないのだから。


「……お嬢ちゃん、入らないのか?」


「ふわっ!?」


 そんなティファの様子を見ていたらしい。冒険者風の格好をした割と大柄な男が声をかけてくる。


「ふむ、すまん。驚かせたか?」


「あっ、いえ、大丈夫です」


「そうか。それで、話を戻すが、入らないのか?」


「あの、その、ちょっとどころではなく、入りづらくて……」


「……ああ、なるほど。まあ、そうだろうなあ」


 自身の身長より五割ぐらい背が高い男を見上げながら、おずおずとそう告げるティファ。彼女の答えを聞いて、ダークブラウンの瞳に納得の色を浮かべながら、特に何を思ったという印象も与えない口調で男が正直な感想を漏らす。


「なら、俺と一緒に入るか?」


「えっ?」


「正直に言うと、俺も今日アルトに来たところでな。雰囲気やら何やらで選びはしたが、実のところ、この店がいい店なのかどうかもあまり自信がない。どうやらお嬢ちゃんは誰かからここを紹介されてきたようだし、それを口実にどんな店かを見定めたいんだが、駄目か?」


「えっと、その……」


「さすがに、初対面の胡散臭い男についていくかどうかは、即座に決められないか」


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ!」


 男が気を悪くしたと思ったのか、大慌てで頭を下げるティファ。そんなティファの様子に、思わず男が苦笑する。


「別に、気を悪くしたわけじゃない。というより、見ず知らずの胡散臭い男にこういうふうに声をかけられて、ホイホイついていくほうが問題だ。むしろ、お嬢ちゃんは年のわりにしっかりしていると、感心していたところだ」


 大真面目に言われ、反応に困るティファ。そんなティファの様子を一切気にかけず、男はマイペースに話を進めていく。


「とはいえ、このままここで押し問答していても話が進まないし、お嬢ちゃんもいつまでもまごついているわけにもいかんだろう? かといって、いかに事情があるとはいえ、子供が一人で酒場に入るのもよろしくない。とりあえず誰かに声をかけるから、その人に付き合ってもらうか」


「えっと、あの、絶対に二人だけで一緒に入りたくない、というほど警戒してるわけでも……」


「いや、俺みたいな胡散臭いのが子連れだと、中にいる人間に何を言われるか分からん。お嬢ちゃんとて、初対面のおっさんと親子扱いは嫌だろう?」


 ダークグレイの色をした自身の髪をガシガシとかき回しながら、大真面目にそんなことを言い出す男。その言葉に、思わず目を白黒させるティファ。


 いかに賢かろうと、所詮は八歳児。そう言う話になる可能性は、頭になかったらしい。


「……そうだなあ。そこのパン屋の人、この子と二人分のパンを買うから、悪いがちょっとこの酒場の中まで付き合ってくれないか? このお嬢ちゃんが用があるらしくてな」


「だ、そうだけど、親父、行っていいか?」


「おう、行って来い。で、お客さん、パンはどいつにする?」


「そうだな……。この子の分は、ちゃんとした飯の代わりになりそうなやつを頼む。俺はまあ、この後どうせ中でも食うから、何でもいい」


 とりあえず目についたパン屋に声をかける男。パン屋のカウンターの向こうには店員の男性が二人おり、会話の内容的に恐らく父親と息子といったところだろう。


 男の言葉に一つ頷き、しっかりした肉と野菜が挟まったサンドイッチを二食分用意するパン屋の主人。


 そのパンを受け取り支払いを済ませてから、一つに何やら魔法をかけてティファに渡す男。


「今食ってもいいし、保存の魔法をかけておいたから明日の朝飯にしてもいい。感じから察するに、最近あまり食ってないんだろう?」


「えっと、いいんですか?」


「むしろ、受け取ってもらわなければ、魔法のかけ損だ」


「……ありがとうございます」


 あっさり保存の魔法をかけた男に複雑な思いを抱きつつ、素直に礼を言ってパンを受け取るティファ。最近あまり食べていない、というより食べさせてもらえるような環境にないのは事実であり、魔法学院の生徒なのに本来初歩である保存の魔法すら使えない、というティファの事情は男には関係ないことだ。


「仕事が終わったら、そこの酒場に来てくれ。迷惑かけた詫びに、一杯奢る」


「パンを買ってもらってるから、それで十分だ。まあ、どうしてもってんだったら、うちのパンをひいきにしてくれるほうが、よっぽどありがたい」


「そうは言うが……」


「なに。どうせ今は暇な時間だ。人一人目の前の店に案内するぐらいで困りはせん。コルト、とっとと案内してやれ」


「分かってるって」


 男の言葉をぶった切って、不愛想に店員に声をかける主人。すでにパンは買ってもらっているし、用件もせいぜい数分で終わる内容だ。この程度のことでいちいち酒をおごってもらっても、うれしくもなんともない。


「最初から様子見てたから、事情は分かってる。兄ちゃんも嬢ちゃんも、とっとと入るぞ」


「ああ。というわけだから、行くぞ」


「は、はい」


 コルトと呼ばれたパン屋の息子に促され、ティファに声をかけて酒場に入っていく男。その後ろを慌ててついていくティファ。


 酒場の中は、想像していたよりかなりお洒落な雰囲気であった。


「おや、いらっしゃい。コルト君がこんな時間に顔を出すなんて、珍しいですな」


 酒場に入ってすぐ、主人だと思われるロマンスグレイのダンディな初老のバーテンダーに声をかけられる。


 冒険者の酒場の主人、という単語から想像される人物像とは程遠い、おしゃれで上品な落ち着いた印象の人物である。


 そのバーテンダーの言葉に肩をすくめ、コルトが返事の言葉を口にした。


「ちょいと付き添いを頼まれてね。本来のお客さんはこっちの二人だ」


「……ほほう。少々不可思議な組み合わせですな。どのような事情で?」


「よくは分からないけど、こっちのちっこいお嬢ちゃんが店の前でまごついてたのを、よそ者らしい兄ちゃんが見かねて声をかけたんだよ。で、二人だけで入るとおかしな勘繰りを受けるかもしれないってんで、うちでパンを買う代わりに俺が案内することになったってわけさ」


「なるほど。確かに、他にお客様がおられる時間帯であれば、よからぬ噂が広まりかねない組み合わせですな。それで、お二方はどのようなご用件でこちらに?」


 パン屋の息子・コルトから事情を聴いたバーテンダーが、本来の客であるらしい二人に話を振る。


 話を振られて何かを口にしようとした男を遮るように、何やら緊張がピークに達した風情のティファが大声でまくしたてるように話し始めた。


「あの、ここが冒険者の酒場、『麗しき古硬貨亭』でよろしいですか!?」


「ええ。うちは紛れもなく、冒険者の酒場をさせていただいている麗しき古硬貨亭でございます。それで、お嬢さんのような方がどのようなご用件でこちらに?」


「あの、これ、リエラ学院長からの紹介状です!」


「ふむ。少々失礼」


 いっぱいいっぱいな様子のティファから手紙を受け取り、洗練された仕草でペーパーナイフを使って封を開けて中身を確かめるバーテンダー。封筒に入っていた手紙をざっと読み、なるほどと一つ頷く。


「お嬢さんは、ティファ・ベイカーさんでよろしいですかな?」


「はい!」


「事情については聞いております。さすがに今日来るとは思っておりませんでしたが、支援の準備はさせていただいております」


「あ、ありがとうございます!」


「なに。今の政府のやり方には、我々も思う所がございますからな。ですが、残念ながら見てのとおり、この時間は皆出払っておりまして、お仕事ができるのは明日から、ということになります」


「はい。先生からも、今日この時間から出発するのは危険だと言われています。ですので、明日からよろしくお願いします!」


 ティファとバーテンダーのやり取りをハラハラしながら聞いていた男とコルトが、落ち着くところに落ち着いたらしいと小さく安堵のため息をつく。


 言葉遣いその他を見る限り、ティファは年よりかなりしっかりしているが、それだけにどうにも危なっかしさが増幅されている印象がぬぐいきれないのだ。


「とりあえず、落ち着くところに落ち着いたみたいだから、俺は仕事に戻るわ」


「はい、ご苦労様です、コルト君。また夕方にパンの納品お願いしますね」


「分かってるって」


 そう答え、さっさと出ていくコルト。それを見送った後、バーテンダーは男に視線を向ける。


「それで、あなたはどなたでどのようなご用件でしょう?」


「俺はユウ・ブラウン。おそらく察してはいるだろうが、冒険者になりに来た」


「……ふむ。身のこなしから察するに、相当な修羅場を潜り抜けてきたようですが……」


「自慢できるほど、大した修羅場はくぐってないさ。前歴も一応説明したほうがいいか?」


「いいえ、と言いたいところではありますが、さすがにこの酒場に集う誰よりも強い戦士となれば、どうしても気になってしまいますな」


「だろうな。……あなたの場合、口で説明するよりこいつを見せたほうが早いか?」


 要請に従い、前歴を示すドッグタグを取り出して見せる。アイアンウォールのマークとして有名な翼の生えた盾の紋章が刻まれた、見るものが見れば高度な魔法で偽造防止が行われていることがはっきり分かるドッグタグに息を飲み、小さく、だが深くため息をつくバーテンダー。


「なるほど。『翼の盾』とはまた、大物が来たものです」


「前歴がどうであれ、今の俺は単なる冒険者志望の無職だ。そもそも、冒険者になるのにどういった手続きが必要かすら知らないのだから、何も自慢できんさ」


 淡々と妙なことを言い出すユウに対し、意図せず引きつった笑顔を浮かべてしまうバーテンダー。


 お前のような無職がいてたまるか、と言いたくなるものの、現実問題としてこの男が現在無職なのは事実だ。


 そういう突っ込みは、心の中にとどめておくに限る。


「そうですな。とりあえず手続きとしては武装所持許可申請と開業届が必要なぐらいですな。許可申請に関しましては、我々が審査も担当しております故、割と簡単に許可が下ります。開業届もこちらで代行させていただきますが、受理されるまでに少々日数がかかります」


「となると、しばらくは仕事もせずにぶらぶらするしかないか?」


「いえいえ。冒険者に関しましては、弟子入りや我々による審査など特殊な事例がございますので、開業届が受理されていなくても、多少仕事をする程度は問題になりません。もっとも、許されるのは非課税枠である年間百八万トロンまでとなりますが」


「今日来たばかりだからこちらの通貨はピンと来ないんだが、それは食っていける金額なのか?」


「食っていけないからこそ、非課税なのですよ」


「なるほど、道理だな……」


 バーテンダーの人を食ったような言葉に、思わず遠い目をしてしまうユウ。基本天引きだったのであまり気にする機会はなかったが、税金関連は国が変わってもいろいろ世知辛いようだ。


 余談ながら、今回話に上がった年間百八万トロンという金額、アルトの物価でも家賃がなければ辛うじて暮らしていける程度の収入である。ただし貯蓄などに回すには厳しく、服の買い直しなどが入ればほぼ詰む家計ではあるが。


「とりあえず、手続きをさせていただきますが、文字は書けますかな?」


「エルファルド東部共通語とベルファール語なら書けるが、それではまずいんだろうなあ……」


「一応エルファルド共通語は大丈夫ですが、あまり心証はよくないかと」


 一刻も早く無職からは脱出すべきだろう。その考えが一致したのか、さっさと手続きに入ろうとして文字の壁にぶち当たるユウとバーテンダー。


 いかに世界的に教育が義務化されつつあるようになってきているとはいえ、文字が書けない人間はまだまだ珍しくもないので、代筆サービスくらいは普通に行ってはいる。だが、別の言語なら普通に書ける人間に有料の代筆サービスを勧めるのはなんとなく気が咎めてしまう。


 特に今回の場合、普通なら問題なく使える文字を書けるのだから、余計にだ。


 政権交代がなければこのままエルファルド共通語で書いてもっていったところだが、入国手続きはともかく開業届をトライオン語以外で書いて届けるとなると、現政権は何かと面倒くさい。


「あ、あの、わたしでよければ代筆させてください」


 悩んでいる様子の大人二人を見て、思わずそう申し出るティファ。その言葉に驚いたように二人がティファを見る。


「……確かに、魔法学校の生徒さんなら、開業届に必要な内容ぐらいは書けますか」


「そうなのか?」


「ええ。必要なのは名前と住所、生年月日及び年齢、開業する仕事、あと国外から来た方は出身地が追加されるくらいです」


「名前と出身地は俺が書いても問題なさそうだな。単語はともかく文字はエルファルド共通語と同じらしいから、固有名詞のつづりなんて変わらんだろう」


「そうですな。ただ、開業する仕事と生年月日はトライオン語で書く必要がありますし、住所が当面どこになるにしても、地名はご存じないでしょうから結局代筆になりますな」


「仕事と現住所は分かるが、生年月日は共通数字ではだめなのか?」


「今の政権になってからは、トライオン語で書く必要がございます。年齢は共通数字でも問題ないのですが」


「そうか……」


 面倒なことを言われ、うんざりした様子を見せるユウ。正直な話をするなら、バーテンダーもこのあたりの手続きの変更は非常に面倒くさい上に、意味を感じなくてまいっている。


「とりあえず、俺が書いても問題ない場所は書いてしまうか。それ以外は、代筆をお願いしよう」


「そうですな。そう言えば、お住まいは決まっておられるのでしょうか?」


「いや。ここが宿もやっているのであれば、しばらくはここを拠点にさせてもらいたいのだが」


「承りました。部屋に空きはございますので、後程そちらも手続きしましょう」


 必要と思われることを確認しながら、次々に署名をさせていくバーテンダー。それを書き終えたところで、代筆が必要なものをティファに渡していく。


「では、頼む」


「はい。えっと、ブラウンさんの生年月日は……」


「ユウでいい。共通歴千百三十四年八月六日だ」


「だったらえっと、共和歴二百三年八月六日、っと」


「なるほど、暦の変換が必要なのか……」


 あっさりと自国の暦に置き換えて書き込んでいくティファに、ユウが感心したようにつぶやく。


「そういえば、今気づいたんですが、ユウさんってトライオン語は話せるんですね」


「そっちは勉強してきたからな。残念ながら、引き継ぎの関係で読み書きまでは手が回らなかったが」


「そうだったんですね」


 といいつつ、ついでにこの宿の住所と冒険者という職業を必要な書類に片っ端から書き込んでいくティファ。年齢を考えると、間違いなく非常に優秀な少女である。


「終わりました」


「助かる。主人、代筆の相場はどのぐらいだ?」


「本来なら、この量ですと千トロンといったところですな。ですが、代筆などで収入を得るには、最低でも読み書きができることを証明する資格が必要でしてな」


「ということは、お嬢ちゃんに現金で払うとまずい、と」


「別に黙っていれば問題ありませんが、避けたほうが無難ではありますな」


 バーテンダーの言葉に、少々思案するユウ。ティファを再度観察し、店に置いてある大きな掛け時計に目をやり、結論を出す。


「主人、ここで昼を食べることはできるか?」


「ええ、もちろん」


「ならば、この子と俺の分でおすすめの料理を二人前、頼む」


「承りました」


 報酬代わりに一食奢る、という結論に達したユウに、それが妥当だと言わんばかりにさっさと準備に入るバーテンダー。


 いろんな意味で置き去りにされたまま話が進んでいくことに対し、ティファが大慌てで割り込む。


「あ、あの! わたしそんなつもりじゃ……!」


「必要な資格を持ってなかろうが、善意で助けてくれたことであろうが、頼んだ仕事に正当な報酬を支払うのは当たり前のことだ」


「で、でも、わたし……!?」


「行きずりの男に対して警戒するのはいいが、こういう時に子供が飯を遠慮するもんじゃない。そもそも、いい加減空腹が限界なのだろう?」


「だ……」


 ――――ぐぅううううう。


 ユウの言葉に何か言い返す前に、ティファのお腹が正直な音を立てる。


「とりあえず、細かい話は食ってからにするぞ」


「……うう」


 まるで催促したような状態になり、心底恥ずかしそうにうつむくティファ。


 そのティファにどう声をかけたものかと、周囲に気付かれないように小さくため息をつくユウ。

「ただいまー!」


 なんとなくお見合いのような雰囲気になりかけたところで、十代半ばから後半と思われる明るい女性の声が、軽やかに店内に飛び込んでくる。


「おや、おかえり」


「あれ? こんなお昼前にお客さん? 珍しいね」


「ええ。今日到着したばかりの冒険者志願の方と、例の学院の依頼関連のお客様です」


「あ~、そういうことか~、うんうん」


 そう言いながらユウ達のほうに視線を向け、二度三度頷いて店の奥に引っ込む女性、というより少女。服装と年齢から察するに、どうやら学生らしい。


 栗色の髪と瞳の、この地域で一番ぐらいは言い切っても大丈夫そうな整った顔立ちの美少女だ。とにかく明るく元気なのに、どことなく上品な感じがするところや、顔だちの随所にバーテンダーとの共通点がある辺り、恐らく血縁であろう。


「主人のお孫さんか?」


「お恥ずかしながら、一番下の娘です。こちらに完全に移住する少し前に生まれましてな」


「そうだったのか。俺の前の職場を知っていることを踏まえると、主人もエルファルド出身か?」


「はい。十年ほど前に家督を一番上の息子に譲り、妻と先ほどの娘と共にこちらに移住してまいりました」


 手際よく料理を続けながら、ユウの質問に答えるバーテンダー。その言葉が終わるのを見計らったように、制服の上にエプロンをつけたバーテンダーの娘が戻ってくる。

「お父さん、これはもう上がり?」


「ええ。お願いします」


 具だくさんのオムレツとソーセージのチーズ焼きが盛られた皿を手に、ユウとティファがお見合いをしているテーブルへと踊るような足取りで近づいてくる。


「はい、お昼のメインプレート。カトラリーと他の料理もすぐ持ってくるから、ちょっと待ってね~」


「ありがとう」


 礼を言うユウににっこり微笑んで、カウンターの裏側に回る少女。そのままてきぱきと籠にパンを盛りつけ、カップにスープを注ぎ、お盆にカトラリーと一緒に乗せて運んでくる。


「後はサラダがあるから、足りなかったら適当に注文してね」


「ああ。さ、お嬢ちゃんも追加注文していいから、遠慮せずに腹いっぱい食え」


「た……多分、これで十分足りると思います」


 容赦なく冒険者基準での一人前が盛り付けられた皿に、恐れ多いとばかりにそう言い返すティファ。いくら最近飢えていると言っても、八歳児の胃袋にはなかなかハードなボリュームだ。


「カレン、あなたもお昼になさい」


「はーい。ねえ、お兄さんにお嬢ちゃん、せっかくのお食事だし、テーブルご一緒してもいいかな?」


「ああ!」


「わたしも、一緒がいいです!」


 話題に困っていたこともあり、少女ことカレンの申し出に勢いよく食いつくユウとティファ。


 その様子に思わず吹き出しそうになりながら、三人分のサラダと父が用意してくれた自分の料理をお盆に乗せて、ユウとティファのテーブルに移動する。


「えっと、せっかくだから自己紹介ね。私はカレン、冒険者じゃない恋人募集中の十四歳。一応立派な名字があるんだけど、面倒だから省略するね。お兄さん達は?」


「俺はユウ・ブラウン。今日、ベルファールから渡って来たところだ。前の職場でいろいろあってな、身の丈に合った仕事が選べそうな冒険者になりに来たんだ。ユウと呼んでくれればいい」


「わたしはティファ・ベイカーです。ユウさんもカレンさんも、ティファと呼んでください。多分、事情はご存知かな、と思うのですが、特待生資格を剥奪されてしまいまして……」


「うん、聞いてる。ひどい話だよね、まったく」


 自己紹介からの流れで始まったティファとカレンの会話についていけず、怪訝な顔をしてしまうユウ。それに気がついたカレンが、ユウに説明をすべく口を開く。

「今日来たばっかりだったら知らないと思うんだけど、うちの国、ちょっと前に政権交代があって、これまでの政府と方針がガラッと変わっちゃってね。そのしわ寄せがこんな小さな子にまで及んじゃってるの」


「……詳しく聞いても?」


 最貧国でもあるまいし、明らかに就業が規制されている年齢の子供が、しわ寄せを受けて食い詰めるような事情、というものにピンと来ないユウ。ティファの痩せ方や飢えぶりから結構深刻な印象があり、だがそれだけに何となく初対面の部外者が踏み込んだ話を聞くのもためらわれる雰囲気に、かなりおっかなびっくりという風情で確認を取ってしまう。


 そんな不必要に気を使った聞き方をしてきたユウの態度に、どうしたものかと情けない表情を浮かべるカレン。そんな年上二人の悩みを知ってか知らずか、特に気にした様子も見せずにティファが口を開く。


「わたし、普通の人より魔力が多いらしくて、アルト魔法学院に特待生として入学させてもらったんですけど、どうやっても魔法がちゃんと使えなくて、その資格を剥奪されたんです」


「そういう体質の人間はたまにいるな。大体は、通常の魔力操作では魔力を外に出す出口が作れない、というのが原因だが」


「はい。どうやらわたしもそういう体質だったようで……」


「なるほどな。そう言う人間が魔力を制御しようと思うなら、特殊な訓練が必要になる。普通の魔導士が運営しているような学校では、そういう体質の魔力持ちを指導するのは無理だろう」


「へえー、そうなんだ。っていうかユウさん、よくそんなこと知ってるね」


「俺の古巣は少々特殊でね。そう言う訳アリも頻繁に回されて来てたから、さほど珍しい話でもなかった」


 ユウの言葉に、どんな組織なのかとの突っ込みを飲み込むカレン。


「で、話を戻すが、特待生資格を剥奪されるのはまあ、分からんでもない。が、だったらとっとと魔力封印をかけて、親元に帰すなりなんなりすれば済む話だと思うんだが。それともティファ、経済的に問題があるとか両親がいないとか、そのあたりの理由があるのか?」


「いえ、そんなことはありません。魔法学院の学費や寮費を払えるようなお金はありませんが、わたしを捨てなきゃいけないほどお金に困っていたわけでもないはずです」


「っていうか、そこがさっき言った、政権が代わって政府が好き勝手したしわ寄せの部分なの」


「……なるほどな」


 大人、それもまったく無関係な人間の身勝手に振り回されて飢える子供。実に世知辛い話である。


「で、それとティファがこの店に来たのと、どういう関係があるんだ?」


「街の外で薬草や鉱石を採取する手伝い仕事を、魔法学院からの依頼っていう形で学院生達に提供することになったの。あくまで手伝いだからボランティア価格になっちゃうんだけど、先生達が身銭を切ってこの子達や冒険者に報酬を払うんだから、文句なんか言ったらバチが当たっちゃうよ」


「気になったんだが、その方法でこの子達が稼がせてもらえる金額というのは、上限がいいところ非課税枠の百八万トロンまでだと思うんだが、それで学費その他に足りるのか?」


「いきなり年収計算みたいな話をふってくるなんて、ユウさんって変わってるね~。でも正直、どうなんだろう? 私はあそこに通うほどの魔力なかったから、そのあたり分かんないし」


「というか、子供の就業はどの程度認められてるんだ?」


「ん~~、確か例外はあるけど『基本的に十五歳未満は直接報酬を受け取る形での仕事は禁止』だったかな? 冒険者なら大丈夫みたいだけど」


「……それで、特待生資格を剥奪した子供達にどうやって学費を稼げと?」


「そ、そんなこと私に言われても困るよ……」


「だから今回の抜け道なんですよ。例外的に許されている『学院のフィールドワークによる成果での収入』という手段で、子供達に報酬を払うことにしたんです」


 ユウの質問攻めにタジタジなカレンに代わり、奥で作業をしていたバーテンダーが答える。


 子供に飢え死にしろと言わんばかりの無茶苦茶なやり方をする政府に対して、大人達もなんだかんだで裏技をフルに使い倒して対抗しているらしい。


「で、ユウさん。さっきの話で言ってた『特殊な訓練』っていうので、ティファちゃんをなんとかすることはできないのかな?」


「そりゃまあ、素人を一人前手前にするぐらいならどうにかできるが、古巣の入団資格は十歳以上だぞ? さすがに、ティファみたいな子供の指導をしたことはないから勝手が分からない」


 ユウの返事に、それもそうかと頷くカレン。


 見習いとして衣食住を報酬に雇ってもらえる年齢というのは、一般的に十歳からだ。なぜ十歳かというと、基本的な読み書きと四則演算の教育が終わるのが十歳だというのと、四六時中付きっきりで危険がないか悪さをしないかと見張る必要がなくなってきて教育しやすくなる年齢だから、という二つの理由がある。


「一応念のために聞いておくけど、ティファちゃんって今いくつ?」


「先週、八歳になったところです」


「そっか~……」


 ティファの年齢を聞き、むう、という感じでうなるカレン。


 話してみた感じ、ティファなら普通の十歳よりずっとしっかりしていて落ち着いてはいるが、ユウの古巣がどんなところなのか分からない以上、それだけで問題なく教育できるかと言われると何とも言えないところだ。


「年齢の問題もそうだが、そもそも一般的な訓練方法とは天と地ほどかけ離れているから、結果が出るまでかなり時間がかかる。ティファの今現在の問題を解決する役には立たん」


「そんなに違うんですか?」


「ああ。恐らくだが、やらされていることを見て魔導士の訓練だとは思わないだろうな。もっとも、俺達に言わせれば、一般的な魔導士の訓練はあまりにも座学と魔力の感知、制御に偏りすぎているんだがな」


「えっ? 魔法使うんだったら、それが一番大事なところなんじゃ?」


「魔法を使うだけなら、そうなんだろうが、なあ」


 ユウの言い分に、いろいろ不安になってくるティファとカレン。


 それを察したように、スープを一口飲んでから、ユウがティファに質問をする。


「とりあえず、内容的に相当ハードな訓練になる上に、まず間違いなく一朝一夕で効果が出る類の物じゃない。そもそもの話、俺が教えられるやり方でうまくいく保証もない。それでも、俺に教わりたいか?」


 さらに不安をあおるようなユウの質問に、食事の手を止めて一生懸命考え込むティファ。


 一方、なんとなく話題作りで出した指導の話が、なにやら急激に現実味を帯びはじめ、慌てはじめるカレン。どこでスイッチが入ったのか、やたらとユウがやる気を見せており、言い出しっぺとしてはいろいろと不安になってしまう。


「ユウさんもいろいろやりたいことがあってアルトに来たんでしょ? こんな重大なこと、いきなり決めなくてもいいんじゃないかな? ティファちゃんも、無理にこの場で決めなくても、一度帰ってよく考えて……」


 二人が動じることはなかった。


 カレンの言葉が独り言のように麗しき古硬貨亭に響く。


 そして一分ほど悩んだティファが、真剣な面持ちで一つ頷いた。


「ユウさん、わたしを鍛えてください!!」


「え!? ここで即決!?」


「分かった。なら、いくつか条件を出す。これは絶対守ってもらう」


「条件、ですか?」


「ああ。心配しなくても、金銭の要求はしないし、金銭的な理由で守れそうもないのであれば、その時は援助する」


「あの~、二人とも……」


「そんな! すぐには無理でも、お金は何とか稼いでちゃんと払います!」


「悪いが、金のことを気にしないで済むほうが、訓練する上でやりやすい。そっちの懐事情を気にしながら訓練をするなど、効率が悪いからな」


 ユウにはっきり言い切られ、反論できずに申し訳なさそうにうつむくティファ。そもそも稼げないから問題になっているのに、ティファの懐具合に合わせて訓練などできるわけがないのだ。


「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます。それで、条件というのはどんなことですか?」


「簡単な話だ。内容的にどうしてもハードにやる必要があるから、三食きっちり飯を食うこと。食事内容に関する指示を守ること。それから、やはり俺の教えられるやり方でもどうにもならないと判断した場合、打ち切りになっても文句を言わないこと。訓練中は指示に反することは一切せず、体調その他に対する確認に正直に答え、勝手に訓練をしないこと、の四つだな」


「わ、分かりました」


「もしも~し……」


 ユウの出した条件に少々安心し、大きく頷くティファ。食事内容に対する指示を守れ、というのはよく分からないものの、それ以外は当たり前のことである。


 一方、先ほどから何度も口を挟もうとしているカレンだったが、ユウとティファに隙を与えてもらえず話がどんどん進んでいく。ある意味で、完全に二人の世界ができあがっているようで、カレンの入る余地はないようだ。


「とりあえず、飯に関しては今日からだな。今の状況だと、食える量は減っているはずだ。無理に詰め込んでも逆効果だが、少なくとも満腹を感じる程度にはちゃんと食え」


「はい!」


「後、ティファの現状を把握せねばどこから手を付けていいかも判断できん。さすがに今日はそれをする時間も場所もなさそうだから、明日お前のフィールドワークに付き合って、その後にテストをさせてもらう」


「分かりました!」


 ユウに言われ、明らかに持て余す量の昼食をせっせと胃袋に送り込むティファ。


 もっとも、同じ年頃の普通に大食いに分類される子供でも、恐らく半分から三分の二も食べれば限界を迎えるであろうボリュームだ。


 今のティファでは、三分の一も食べられずにギブアップと相成った。


「少し時間をあけてからでいいから、スープだけは飲み干してくれ。それ以外はさっきのように保存の魔法をかけて、持って帰れるようにしてもらう。できるよな?」


「……え!? あ、はい、任せて!」


 突然飛んできたユウからのパスに、途方にくれていたカレンが反応する。


 いろいろと気を揉んでいたが、結局のところ二人が納得していればいいのだ。そう気持ちを切り替えて、バーテンダーが用意していた箱にティファの食べ残しを手早く詰めるカレン。どうやらバーテンダーは最初から持って帰らせる予定だったようで、ユウ達が食べ始めた時点で持ち帰りのための準備をしていたのだ。


 もっと正確に言うなら、ティファに持ち帰らせるためだけに、あえて一般人なら大人でも持て余す冒険者基準の一人前を用意したのであろう。


「さて、ティファ。まだ時間があるか?」


「はい!」


「だったら、すまんが少々読み書きを教えてくれ。トライオン語は固有名詞ぐらいしか読めん」


「もちろん喜んで教えさせていただきます! ですが、わたしも基礎教育終了までしかちゃんと理解できていませんが、それでもよいですか?」


「当座をしのぐには、それで十分だ」


 ティファの回答に、魔力の問題がなければ特待生にふさわしくものすごい優等生だったのだろうなと、思わず遠い目をするユウ、カレン、バーテンダーの三人。


 読み書きだけとはいえ、本来なら十歳までかけて終える内容を身に着けているのだ。先週八歳になったばかりということは、時期的に考えるなら初等教育開始から約二年で身に着けたことになる。


 はっきり言って、それだけでも十分学費を援助してやるだけの理由になるのに、現実は制度の運用変更に振り回されて崖っぷちとなると、いろいろ思うところもできる。


 そんな大人達の様子に一切気付かず、いつも持ち歩いているメモ用紙とペンをカバンから取り出すティファ。


「それにしても、はたから見てると、何言われるか分かったものじゃないビジュアルだよね、この組み合わせ」


「そう思ったからこそ、きっとコルト君と一緒に入ってきたのですよ」


「ああ、そっか」


 父親の言葉に納得し、ちょっと年上のパン屋の跡取りの、人の好さそうな顔を思い浮かべるカレン。


「もう少し早く帰ってこれてたら、面白いものが見れたのかな?」


「そうですね」


「なんとなくあの二人も気になるし、こっちで宿題やっていいかな?」


「お母さんが戻ってくるまでなら、いいでしょう」


 上目遣いで聞いてきた娘に、大層甘い答えを返すバーテンダー。遅くにできた末っ子だけに、どうしても甘くなりがちなのだ。


 そんな父親の甘さに感謝しつつ、いつでも突っ込みを入れられるようにスタンバイしながらカウンターの裏で宿題を始めるカレン。


「……ベルファール語とエルファルド東部共通語に慣れているせいか、単語のつづりに統一性が見えなくて困る……」


「あ~、確かに、発音にまったくかすりもしない単語、結構ありますよね」


「このトラウト川のつづりなんか、何を思ってこの文字列にしたのかが分からん……」


「それは、川の治水工事に功績があった方のミドルネームを取った、と歴史で習いました」


「……となると、その方のご両親は何を思ってこんな妙なつづりにしたのだろうな?」


「わたしに聞かれても……」


 地名と一般名詞をメインに単語の勉強から始めていたユウとティファが、そんな微妙な着眼点で脱線した会話を始める。


 二十五歳のいかつい男と八歳のまだ幼い美少女の会話としては、高度すぎるのかふさわしいのか分からない内容である。


「二人を見てると、なんかこう、ズレた感じがしてもやもやする~」


「別に会話に加わるのは構いませんが、宿題はちゃんと済ませるように」


「分かってるって、お父さん。それにしても……トラウト川の話って、私九歳の時に習った気がするけど……」


「特待生ですからねえ……」


 基礎教育の範囲とはいえ、妙なところで一般的な同い年の子供より高度な学力を見せるティファに、特待生ってすごい、などと半ばあきれたような感想を抱くバーテンダーとカレン。


 実際のところはいくら特待生と言っても、一年で基礎教育課程を全て終わらせるような子供は数年に一人ぐらいなのだが、そもそもアルト魔法学院の教育レベル自体、あまり知られてはいない。


 バーテンダー親子が勘違いするのも仕方がないところであろう。


「ふむ。エルファルド東部共通語と同じものも割とあるし、一般名詞の大部分は、素直に発音通りで問題なさそうだな。数字と暦、それから動詞が少々厄介そうだな」

「文法は大丈夫ですか?」


「会話で習ったから、ある程度はどうにかなるだろう。もっとも、よほど特殊な書類を書く必要があったり文学作品を読む必要に駆られたりしたら、さすがに今のレベルでは困るだろうが」


「特殊な書類、ですか?」


「古巣で書かされたレポートなんかがそうだな。後、役所に提出する書類は、総じて書かれている内容が遠回しで面倒な表現になっているから、時折解読するのに苦労する」

「そういえば、さっきの書類も確かにそんな感じでした」


 ユウとティファの微妙な会話に、思わず吹き出すバーテンダー親子。いい歳こいた男と八歳児の会話としては、かなり微妙というかピントがずれている。


 その後、ティファが帰る時間になるまでもやもやした会話は続き、図らずも早めに仕事を終えて帰ってきた冒険者達にしっかり顔と名前を売ることに成功する歳の差コンビであった。












 翌日、麗しき古硬貨亭。


「おはようございます!」


「おはよう。気合いが入っているな」


「初仕事ですから!」


 昨日のおとなしさはどこへやら。やけに元気いっぱい挨拶してくるティファに、どことなく困ったような表情を浮かべるユウ。


 昨日が単に緊張して委縮しているだけで、これが素であるのならまだいい。今日のティファはどう見ても昨日より緊張して余計な力が入っており、それがカラ元気という形で表に出てきているとしか思えない。


 こういう種類の緊張は、そのままにしておくと碌なことにならない。今まで山ほどの新米を指導してきた経験からそう判断するも、こんなおとなしい性格の、ましてや八歳の女の子なんて教育したことなど一度もない身の上。


 正直、親子ほど離れている年齢差もあって、どう対処するのが正解かまったくわからない。


「……朝飯はちゃんと食ってきたか?」


「はい!」


「昨晩は?」


「いただいて帰ったものを、お腹いっぱいになるまで食べました! 朝ごはんはその残りで、お昼は昨日買っていただいた保存の魔法がまだ切れていないサンドイッチを持ってきました!」


「そうか、ならいい」


 結局どう声をかけていいか分からず、そんな当たり障りのない、だが今後を考えると重要なことを確認するユウ。


 ティファの特性が予想通りであれば、ちゃんと食べて体力をつけねば魔法がつかえるようにならない。心苦しかろうが何だろうが、周囲の大人にたかってでもしっかり食事をする癖をつけさせねば、それこそ訓練の結果エネルギーを消費しすぎて餓死する、なんてことになりかねない。


 そういう意味では、少なくとも昨日無理やり押し付けたものをちゃんと食べているのは高評価だ。


「では、今日の予定の確認だが、必要としている採取物はベルネット草を二十株、根っこも含む全体を回収。それとグリエル石を十キロにサウッドの枯れ枝を持ち帰られるだけ、でいいのだな?」


「はい!」


「……少し落ち着け。今の段階からそんなに無駄に気合いを入れていると、目的地まで持たん」


「そ、そうですか?」


「ああ。それに、そこまで余計な力が入っていると、どんな事故につながるか分からん」


 あまりにひどく力んでいるティファを見かね、思わずどんな風に言うべきか迷っていた注意事項をストレートに突っ込んでしまうユウ。


 その注意を受け、あからさまに落ち込んだ様子を見せるティファに、やはり言葉がきつかったかと内心で落ち込むユウ。


「子守りも大変だな、新入り」


 出発前からへこんでいるユウとティファに対し、成り行きを見守っていた年配の冒険者が一人、面白がってはやし立てる。


 その言葉を聞いたユウが、思わず苦い表情を浮かべながらため息をつく。


「同じ子守りでも、生意気盛りで反発しまくりな、人のいうことを聞かないタイプなら逆に対処のしようもあるんだがな。ティファはおとなしい上になまじ素直で性根が真っ直ぐなものだから、注意事項一つとってもどう伝えればいいか、その加減が分からん……」


「まあ、それも一つの経験ってやつだろうさ。冒険者なんてやってりゃ、そっちのお嬢ちゃんみたいなおとなしい子供が、必死の形相で助けを求めてくることもある。今のうちに慣れとかにゃ、その都度相手の子供をビビらせる羽目になるぞ」


「ああ」


 年配の冒険者の言葉に、大真面目に頷くユウ。反発も何もなく同意してのけたユウに対し、先ほどまでとは違った意味で面白そうな表情を浮かべる年配冒険者。


 訛りで外国人だと分かるからか、敬語その他がまともにできていなくてえらそうなユウの口調にも、特に気を悪くした様子はない。


 もっともそもそもの話、成立過程の問題で貴族階級が存在しないトライオンに関しては、敬語周りだけ不必要に複雑な言語構造も手伝って、まともに敬語を話せる人間の方が少ない。


 荒事メイン故に荒っぽい人間が多い冒険者の場合、中身はともかく口調が生意気だったり偉そうだったりするぐらいでは誰も気にしないのだ。


「こりゃまた、お前さんは珍しい性格だな。そのぐらいの年で立派な前歴を持ってるようなやつが、こんなおっさんのいうことを素直に聞くとは思わなかったぞ」


「前歴がどうであれ、俺は冒険者としては少々戦闘能力があるだけの単なる素人に過ぎん。それに、前の職場が割と隔離された環境でな。正直、世間知らずの自覚はある。むしろ、あなたのような大先輩には、それこそティファと二人付きっ切りでいろいろご教授願いたいぐらいだ」


「……逆に、昨日今日顔を会せたばかりのおっさんにそこまで言うほど素直なのも、それはそれで考え物だと思うんだが……」


 素直にもほどがあるユウの反応に、微妙に苦い顔をする年配冒険者。さっきぐらいの挑発にいちいち反応して反発するようでは長生きできないが、ここまで素直なのも、逆の意味で長生きできそうもない。


「なあ、若いの。いくら冒険者の酒場でとはいえ、初対面のおっさんを信用しすぎてどうする」


「あなたがそういう種類の人間であれば、その年まで現役を続けられると思えないのだが?」


「何事にも、例外はあるぞ?」


「ということを、この国に来たばかりで右も左も分かっていない新人に大真面目に説教するような人を信用しないのであれば、誰を信用すればいいのかが分からん」


 態度を変えずに大真面目に言い切ったユウに、思わず反論の言葉を失って黙り込む年配冒険者。


「バシュラムさん、あなたの負けですな」


 その様子を見ていたバーテンダーが、笑いをこらえながらそう口を挟む。バーテンダーにまで言われ、ぶぜんとした顔で目をそらす年配の冒険者ことバシュラム。


「まあ、彼はこういう人ですから、こんな小さなお嬢さんを連れて無茶な真似はしますまい。また、このお嬢さんをたぶらかしてよろしくないことをする、などということもあり得ないでしょう。その程度には信用して大丈夫ですよ」


 新入りとベテランのやり取りをそれとなく見守りながら、必要とあれば何も分かっていなさそうな幼い少女を引きはがすべく待機していた冒険者達が、バーテンダーの言葉に頷いて警戒を解く。


 その様子を特に気にすることなく、地図を確認して本日の予定を頭の中で再確認するユウ。


 集める必要がある素材類は、基本的に町の近くで得られるものばかりだ。よほどの異常事態でもない限りは、都市の近くで遭遇するモンスターなどユウの敵ではない。どんなに注意がそれたところで、ティファを守れないなどということはあり得ないだろう。


 が、それはあくまで、通常遭遇するモンスターに限った話だ。魔神を始め、世の中には例外や異常事態などいくらでも存在する。


 そこを踏まえると、保険の一つぐらいはかけておくべきだろう。そう認識して荷物を漁る。


「なあ、主人。悪いが、ここに使い捨ての帰還陣を設置させてもらって構わないか?」


「構いませんが、また唐突ですな。何か思うところでも?」


「いや、なに。土地鑑も何もない現状、もし突発的に魔神にでも遭遇した場合、この子をメッセンジャーとしてこちらに送り返す必要があるかと思ってな。いちいち転移魔法だの転移系のアイテムだのを使う余裕があるとも思えんから、ワンアクションの簡単なトリガーで発動できるよう、下準備をしておきたい」


「……そこで最悪の想定として魔神が出てくるのは、あなたの前歴によるものですかな?」


「ああ。古巣にいるときに、いやというほど思い知らされた。あいつら、出るときは何の前兆もなく出る。それも、警戒を怠った時に限ってな」


「……そういうものですか? というか、ある意味当たり前の話なのですが、この年まで生きてきて、一度も住んでいる町の近くなどに魔神が出たことはなかったので、どうにもピンと来ないのですが……」


「世界の広さを踏まえた件数ベースで見る分には、誰かが意図的に召喚でもしない限りはめったに遭遇するものでもないから、それも仕方がないだろうとは思う。が、残念ながら、出るときはありとあらゆる伏線を無視してしれっと出てくるのが、魔神というやつだ」


 子供のお使いに保護者として立ち会うという、ある意味において新人にふさわしい微笑ましい仕事を前に、魔神との遭遇を警戒して準備をする新入り。その、あまりにも浮きまくった思考回路に、唖然とした表情を隠し切れない冒険者達。


「……とりあえず、何か問題が発生するかもしれませんし、陣を設置するぐらいはかまいませんが……」


「ありがたい。効果自体は持って三日程度、一度でも使えば消滅するまさしく使い捨てで、その割に準備に手間と魔力コストがかかる代物だが、俺のような勝手の分からぬ新人がそこをけちると、痛い目を見ることになるからな」


 そう言って、インクをつけずに魔力を乗せたペンで、扉にやたらと複雑な魔法陣を書き込むユウ。書き終えた魔法陣は、扉と地面に吸い込まれるようにすっと消える。


 その様子を見守りつつ、ティファを含むその場にいた人間全員が、『お前のような新米冒険者がいてたまるか』という意見で一致する。


 何が腹が立つと言って、ユウが自分のことを新米冒険者だと言っているのが、当てつけでも何でもなく本心からそう思っていることであろう。


「これでよし」


 魔法陣の定着を確認したユウが、満足そうに頷く。


 その様子を、実に羨ましそうに見上げるティファ。


 いかに学力的には優秀な元特待生とはいえ、ティファは所詮まだ八歳の子供でしかない。ユウが設置した帰還陣がどれほどのものかなど、難易度が高すぎて理解がまったく及んでいない。


 が、その事実が、目の前の『おじさん』がティファなど足元にも及ばない魔術師であることを端的に示しており、彼女のコンプレックスを刺激しまくっているのだ。


「では、準備も整ったことだし、そろそろ行くか」


「はい」


 ユウに促され、籠を背負いなおして採取道具の入ったポシェットを肩から提げ、ユウの後をトコトコとついていくティファ。


 こうして、いろんな意味で実にアンバランスなデコボココンビが、ついに初仕事に向かって出発するのであった。






      ☆






「教えられた群生地はこのあたりのようだな」


「はい。いくつか見覚えのある薬草が生えています」


 麗しき古硬貨亭を出て約四十五分。門を通りアルトの外へ出てから十分少々。


 ユウとティファは、ようやく目的地に到着していた。


 大人の足なら二十分もあれば余裕の距離でも、ティファにはかなり長い道のりだったらしい。


 まだ到着したばかりだというのに、すでにどことなく元気がない。


「念のために周囲のモンスターを間引いておくから、ティファはそこの石にでも腰かけて休憩しておいてくれ」


「は、はい」


 ユウに言われ、おとなしくちょこんと石の上に座るティファ。意外と座り心地がよく、なんとなく小さなため息が漏れる。


「ふう……」


 昨日今日とお腹いっぱい食べているので少しはましだが、一年間食事を限界まで削らざるを得なかった影響が出ているらしく、とにかく体力の消耗が激しい。


 こんな調子では、明日からの、どころか今日これからの採取作業すら先が思いやられる。


「……あれ?」


「どうした?」


「いえ。モンスターを間引くと言っていたのに、ユウさんが全然動かないのでどうしてかな、って」


「ちゃんと間引いているぞ?」


 そう言いながら、ティファにも見えるように小石を拾い上げ、どこかに向けて指ではじくユウ。


 音もなく石が飛んで行き、わずかに草がガサリと揺れて終わる。


「そろそろ頃合いか。回収してくるから、体力的に問題なさそうなら採取作業を始めてくれ」


「は、はい!」


 ユウに言われ、大慌てで立ち上がろうとしてへたり込むティファ。体力不足は、本人が思っているよりかなり深刻なようだ。


 もっとも、ユウのほうはそれを見て馬鹿にするでも心配するでもなく、淡々と始末したモンスターの死骸を回収しては解体し、素材と討伐証明部位を回収していく。


 聞いていた食生活その他から、ティファがこの距離を歩いてすぐに採取作業などできるわけがないことなど、最初から分かっていたようだ。


 とはいえ、こんな街の周辺に出てくるようなモンスターは、基本的にどれもこれも小型のものばかりだ。一番の大物でも長さ六十センチほどの蛇とあっては、解体作業もそんなに時間はかからない。


 十五分後。すべての処理が終わっても、ティファはまだへたり込んだまま、どことなくうつらうつらしていた。


「ティファ」


「はい」


「これを飲んでおけ。薬ではないから即効性はないが、少しは疲れがましになるはずだ」


「はい」


 解体を終えたユウが渡してきた水筒を受け取り、不思議そうに首をかしげつつ口をつけるティファ。その瞬間、ほんのりはちみつのような甘さが口の中に広がり、その後にほんのわずかな塩味と酸味。飲み込んだ直後から、まるで体の隅々まで水分が行き渡るような感覚を覚え、本能のまま水筒を傾ける。


 自分でも分からなかったことだが、実のところ相当喉が渇いていたようだ。気がつけばティファは、水筒の中身を一気に飲み干していた。


「さて、ティファ。本来はルール違反だが、今日のところはお前の問題点の把握に専念したい。なので、必要な薬草は俺が全部集めておく」


「す、すみません……」


「いや、お前が悪いわけではない。というより、聞いていた食生活では、大人の補助なしにこんな仕事をこなすことなど、最初から不可能だと分かっている」


「あう……」


 ユウのある意味無情な一言に、ガクッとへこむティファ。


 最近疲れやすい気がしていたが、自覚していた以上に体が弱っているのが何とも悲しいやら情けないやらで不安である。


「さて、必要な薬草は……」


 そんなティファの様子に頓着する気も見せず、さっさと薬草を集め始めるユウ。混ざらないようにかつ傷まないようにと丁寧に仕分けしながらも、瞬く間にティファの籠いっぱいに薬草を採取する。


 グリエル石十キロに関しては、子供が他のものと一緒に持ち運べるような重さではないので、ユウの籠に詰めていく。集められるだけ回収と指定されている木の枝に関しては、最初から付き添いの冒険者が持って帰ってくる前提となっているのはここだけの話だ。


「ユウさん、手際、いいんですね……」


「古巣の見習いの、重要な仕事だからな」


 ユウの返事を聞き、彼の古巣というのがどんなところなのか、ますます分からなくなるティファ。


 ちらっと聞いた話では私設騎士団とのことだが、普通騎士と名がつく職業の人間が、薬草や石ころといったものの採取などはしないのではないか。そんなイメージが強い。

「まあ、俺の古巣に関しては、機会があればおいおい話してやる。昼飯の前に軽く確認したいから、少しばかり魔力を動かしてくれ」


「はい」


 ユウに指示され、素直に体内の魔力を動かすティファ。とはいえ、ティファはそもそも、魔力を動かすこと自体が苦手だ。一応動くには動くものの、静止している魔力を亀の歩み寄りも遅い速度で循環させるのが精一杯である。


「……ふむ、なるほどな」


「何か、分かりましたか?」


「ティファには悪いが、今まで習った制御法はすっぱり忘れて、一から徹底的に訓練をやり直さねばどうにもならん」


「ああ、やっぱり……」


 ユウに断言され、さほど落ち込んだ様子も見せずに頷くティファ。


 そもそも、今のやり方の発展形でどうにかできるのであれば、特待生資格が剥奪されることなどなかったのだから当然だろう。


「まあ、自覚はあるか」


「はい。正直に言って、初めて魔力を動かすのに成功したときから、上手くいく未来が全然想像できませんでした」


「だろうな。はっきり言って、ここまで絶望的に不向きなのによく魔力循環まで成功させたものだと驚いている。そういう意味では、お前には間違いなく天賦の才が与えられている」


「才能があってこれ、っていうのが絶望的すぎて喜べないです……」


 ユウの太鼓判に、実に情けなさそうにティファがこぼす。その表情に思わず苦笑を浮かべつつ、とりあえず弁当を取り出すユウ。


「なんにせよ、まずは飯だ。今後どういう訓練をするかは、その後だな」


「はい」


 素直に頷いて、ユウから弁当を受け取って中を見るティファ。


 弁当の中身は、栄養バランスに配慮したカラフルな具材がサンドされたサンドイッチと、綺麗にカットされた果物であった。


「うまそうだな」


「はい」


「そういえば、ティファは料理はできるのか?」


「オムレツとゆで卵とスクランブルエッグとサラダは作れます。それ以上の料理は教わる暇がなかったので、レシピを見ても作り方がよく分かりません」


「なるほどな。しかし、卵料理が作れるとは、思ったより裕福な育ちに見えるが」


「農村なので、卵はタダ同然で手に入るんですよ。実家でも鶏を飼ってましたし」


「そういうことか」


 ティファの生い立ちを聞き、納得して頷くユウ。


 アルトのような都会の場合、鶏卵に限らず卵は高級品とまでは言わないが、子供が料理の練習に使えるほど安い食材でもない。庶民でも毎日一個くらいは食べられるが、食費が切迫してくると肉類の次に削減されるぐらいのポジションである。


 子供が卵料理を覚えているなど、ティファのような事情でもなければまずありえない話なのだ。


「ユウさんは、お料理できるんですか?」


「マスターのようにうまい飯となると無理だが、普通に食えるものは作れるな。経歴上当たり前の話だが、一番得意なのはこういう状況で作るような野外料理だな」


「野外料理ですか」


 ある種イメージ通りのユウの返事に、納得して何度も頷くティファ。そんなティファを眺めながら、一つ目のサンドイッチをゆっくりよく噛んで食べ終えるユウ。


 そのまま、会話の流れ的には不自然ではなく、だが唐突といえば唐突な話を口にする。


「とりあえず、今後のこともある。いずれティファには、料理を覚えてもらいたい」


「えっ!?」


「心配せずとも、基本的なことは俺が教える。何だったら、昨日のように落ち着いている時間帯に、マスターに教えてもらうというのもありだろう」


「あの、料理を教えていただくのはとてもありがたいのですが、今後のこととは……?」


「今後、お前の体づくりを考えると、いつまでも買い食いというわけにもいかんからな。自分で食う分は自分で作れるようにならないと、どうしても困る時期が来る」


 『体づくり』という不穏な単語に、ティファは思わずおっかなびっくりといった風情でユウの様子をうかがう。


 その小動物のような態度に、少々困ったという風情で二つ目のサンドイッチの攻略に入るユウ。


 そんなユウの様子から、どうやら現時点ではこれ以上の情報は出てこないらしいと諦め、小さな口で一生懸命、だが子供の頃に教えられた通りよく噛んでサンドイッチを食べるティファ。


 まだ八歳の少女なのだから仕方がない部分はあるが、どこまでも小動物的である。


 そのまま、しばらくお互い何も言わず、せっせとサンドイッチを食べ続ける。


 先に食べ終わったのは、当然のようにユウだった。


「このあたりは、いい風が吹くな」


 ティファが食べ終えるのを待ちながら、のんびり気持ちよさそうに風を満喫するユウ。そんなユウを横目に、相変わらず小動物のような一生懸命さで、カットフルーツの攻略に取り掛かるティファ。


 ティファが最後のリンゴを食べ終えたのは、それから二分後くらいであった。


「さて、今後のことだが……」


「はい」


「まずは、体力作りをしてもらう」


「えっ?」


「今のティファには、足りていないものが多すぎる。が、それを補うにも、今の体力ではどうにもならない」


 ユウにそう断言され、思わずうつむくティファ。言われるまでもなく、今日ここに来るだけで自覚なくばててしまう体力のなさは、何をするにも大問題なのは分かる。


「そもそもの話、俺がこれからティファに教える制御方法は、基礎体力がなければものにできん類の物だ。それに、後衛の魔術師だからといって、体力がなくて許されるわけではない」


「はい」


「何かあった時に、最後に生死を分けるのは基礎体力だ。今後、魔法を使えるようになったティファがどんな道を歩むかまでは分からんが、魔術師を自称できる程度の魔法能力を身に着けたとなると、戦場に駆り出される確率は上がる」


「……そうですね。正直戦場に駆り出されるほど上手に魔法が使えるようになる気が全然していませんが、それ自体は、なんとなく覚悟はしてます」


「まあ、現時点では実感などは湧かんだろうがな。が、戦場に出る可能性がある以上、少々の攻撃なら一発二発食らっても行動できる程度のタフさがなければ、いざというときあっさり死ぬことになる。そう言う意味でも、生き残るために基礎体力を鍛えておくのは重要だ」


 いきなり物騒な極論を言い出すユウに、どう反応すればいいのか困るティファ。


 ティファとてそう簡単に死にたくはないが、後衛である魔術師が一撃貰うような状況で生き残っても、どのみち後がないのではないかという気がしなくもない。


「なんにせよ、当面……。そうだな、大体一カ月ぐらいは、体力作りと日頃の学業以外、余計なことは一切考えなくていい」


「一カ月、ですか?」


「栄養失調でそこまで体が衰えている以上、最低ラインに届くまでそれぐらいはかかるだろう」


「はあ……」


「それから、今後魔力の制御と魔法の発動が形になるまで、魔法学院の実技は休ませてもらえ。根本的に別系統の技術を叩き込む以上、変な癖がつかぬよう余計な訓練は避けるに限る」


「はい」


 最後のユウの指示には、迷いなくしっかり頷くティファ。これに関しても言われるまでもなく、最初からそのつもりだ。応用の部分はともかく、基礎に関してはすでに見切りをつけているので、出ても出なくてもあまり変わらない。


「そのあたりに関しては、一度ティファの学校の校長と担当の先生に会って、ちゃんと話をしておきたい。どこかで時間がもらえるように、頼んでおいてもらえないか?」


「でしたら、この後納品の際に一緒に来てください。先生方からも、挨拶をしたいので可能ならお世話になった冒険者を連れてきてほしい、と頼まれていますし」


「そうか。なら、そうさせてもらおう」


「お願いします。それで、わたしはこの後、どうすればいいんでしょうか」


「三日ほどは、食って勉強して寝て、調子を見ながら三十分程度の散歩というところだな。あまり何もしないのもあれだが、かといって今の栄養状態で無理をしても、何も身につかん」


「分かりました」


 ユウの指示に、素直に頷くティファ。体力に関しては自分でも不安しかないので、逆らったり疑問を呈したりする気も起こらない。


「体力作りからになるから長丁場になるが、よろしく頼む」


「はい!」


 ユウに頭を下げられ、声だけは元気に応じるティファ。


 こうして、後にアルト全域に名をとどろかせる、いろんな意味でどこかずれた師弟が誕生するのであった。

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