第5話 無限回廊・春 1
「さて、いよいよ今回で素材が揃う予定なのだが……」
「今までのことを考えると、素材ではないところで手間取りそうよね……主にティファちゃんがモデルやらされる方向で」
「ああ、そうだな」
春休み。ティファ達も無事に進級できることが決まり、発動体作りのために最後の無限回廊攻略に来ていた。
なお、今回も深紅の百合とアルベルト達は参加を見合わせているが、前回と違って今回はバシュラム達が頭を下げて遠慮してもらったのだ。
その際、『詳細は言わないが、知らないほうが身のためだって種類の危険物ができる可能性があるから』という一言で他の冒険者達もいろいろ察したらしく、むしろ生贄に捧げられた人間に向けられるような同情のこもった視線を向けられたのはここだけの話である。
「にしても、ミルキーの嬢ちゃんは、今回は叫ばねえんだな」
「さすがに、三度目にもなるとそうそう叫ぶようなことはないわよ。それに、ないはずの巨大な湖があったり、それが消えてスキー場に化けたりするのに比べれば、今回はインパクトがなかったし」
「確かに、単に湖の周りの樹にピンク色の花が咲いてるだけだからなあ」
「まあ、花は奇麗だから思わず感動はしたけど、叫ぶようなことではなかったし」
バシュラムにいじられ、苦笑しながら切り返すミルキー。
実のところ、湖を囲むように植えられている花の木は、夏には影も形も存在していなかった。
が、それを言い出せば冬には湖自体が消えてなくなるし、そもそも夏と冬に一度ずつしか来ていないミルキーは、そんな細かいところを覚えていない。
仮に覚えていたとしても、本人の言葉にあるように、湖が出たり消えたりするインパクトに比べれば大したものではない。
ミルキーに突っ込ませたいのであれば、ここら一帯が巨大で風光明媚な渓谷になる、くらいダイナミックな真似が必要である。
「それともバシュラムさん。春はこれ以外にも何かびっくりするような変化があるの?」
「残念ながら、春と秋は基本こんな感じだ。せいぜい、常緑樹のはずなのに秋には一斉に紅葉してるぐらいか」
「その程度じゃ、今さら驚けないわよ」
ミルキーに鼻で笑われ、そりゃそうだと頷くしかないバシュラム。
もっとも、リゾートブロックはあくまでリゾート地だ。
インパクトがあればいい、というものでもない。
「それにしても、もう一年か~」
すでに春休みだという事実に、ロイドがしみじみと言う。
特に時間の流れの速さを感じるのが、ティファの成長である。
初めて会ったときはほんの少しとはいえ明確にミルキーより背が低かったティファ。
それが、今ではしっかりと逆転している。
「ティファが入ってきたときには、ミルキーより子供っぽい見た目に驚いて、実年齢が一桁だったことにさらに驚かされたけど、育ったよなあ……」
「私を比較基準に持ってくる点についてはあとでじっくり話し合いをするとして、それ以外については同感ね」
「わたし、そんなに大きくなりました?」
「ええ。……かなり羨ましいくらいにね……」
「さすがにまだ子供って範囲からは抜けてないけど、来年には身長がカレンさんに追いつくんじゃないか?」
「そんなに大きくなるのでしょうか?」
「来年はどうか分からないけど、いずれは追い抜くんじゃない? カレンさんは胸はともかく身長はそこまで高いほうじゃないし」
「実はカレンさん、不便だからって理由だけど、意外と今の身長を気にしてるんだよな。たまに本人が、荷物の上げ下ろしとかに不便だからもうちょっと背が欲しい、って言ってるし」
「そうなんですか?」
「ええ。平均とまではいわないから、せめてあと三センチ、だったかしら?」
ティファの成長度合いから、カレンの体格に話がスライドするミルキー達。
アルトの女性の平均身長が約百六十四センチなのに対し、カレンは最近ようやく百五十六センチを超えたところである。
食器棚や調理機器は、割と身長百六十センチ以上を基準に作られているものが多いため、カレンの体格では少し不便なのだ。
もうそろそろ身長の伸びも止まりつつあるため、かなわぬ望みになりそうなところが、カレンの最近の一番の悩みだったりする。
それでもミルキーと違い、仮に胸がなくとも子供扱いされるほど背が低いわけではないので、本人の深刻さはミルキーほどではないのだが。
「そういや、ティファはもう十歳になったんだっけ?」
「はい、先月誕生日でした」
「ロイド君は、パーティの時にいなかったものね」
「俺が古硬貨亭にいなかった日って言うと、ちょうど本家に呼び出されてた日か。間が悪いなあ、本気で……」
いつの話かを特定して、思わずため息交じりにぼやくロイド。
本家からの呼び出しは毎年あるが、今年はいろいろ激動の一年だったため、例年だったら春休み前でよかったのが一カ月近く前倒しにされたのだ。
しかも、今回の素材集めと発動体の完成を見届けたら、そのあたりの報告にもう一度本家に顔を出さなければならない。
祖母が本家の直系でリエラの妹になるミルキーと違い、所詮は実家が分家の分家でしかないロイドは、とかくこういう雑用を押し付けられがちなのである。
「ふむ。ロイドはティファの誕生日を知らなかったのか?」
「えーっと……」
「私はちゃんと教えたわよ。どうせ、本家のおっさん達に好き勝手いじられて忘れちゃってただけでしょ?」
「正直、あの時期のことは、本家絡みの出来事以外、記憶が曖昧なんだよなあ……」
ユウの疑問に対し、ミルキーが呆れながら推測を口にする。
その推測にロイドは、死んだ目で実際どうだったかをぼやいた。
「あの、それで、ユウさん。今回もご飯を食べたらダンジョンですか?」
「少し迷っているところだ。何しろ、かなり間が開いているからな。前回同様、まだ特殊ダンジョンのままかが分からん」
「そういえば、忘れてました……」
ユウの迷いを聞いて、非常に困ったという表情を浮かべてしまうティファ。
前回バカンスのあとにダンジョンに入って確認した結果、ユウ達の出入りが完全に特殊ダンジョンに固定されていることが判明している。
そのおかげで冬に集める予定だった素材はすぐに全部集まったのだが、逆に特殊ダンジョンから抜ける方法が分かっていない。
あれから三カ月経っていることもあり、ユウとしても方針を決めかねているのである。
「確認のために一度、一層から入って五層ぐらいで出てくるしかねえんじゃねえか?」
「そうね。現状を確認しないことには、方針の決めようもないでしょうし」
ユウの迷いに対し、そう助言をするバシュラムとベルティルデ。
二人からの助言を少し考え、一つ頷いて腹をくくる。
「そうだな。細かい方針を決めるのは、ダンジョンに入って確認してからにするか」
ユウが決めた方針に、表情を引き締めて全員が頷く。
こうして、今年度最後となる無限回廊での素材集めは幕を開けたのであった。




